9話 さきっちょだけ!一回だけ!そんな隠し味
「だ、誰も見てないから……」
うちの名前はとんこっつ。ままに拾われたレッドオークの幼体だよ。でも最近は、ままよりもあっちこっち大きくなっちゃったから、お腹がグーグーって直ぐに鳴っちゃうの。
ダンジョンの中にいても直ぐにグーグーだから、ままから貰った、たくさんのお弁当食べて頑張ってるの。
でも、なんでお腹ってグーグー鳴るのかなぁ?お腹の中に食いしん坊の虫さんがいるのかなぁ?それとも……ううん、な、なんでもない!なんでもないよッ!
-・-・-・-・-・-・-
うちが一人でダンジョンに入るようになってから、もう3ヶ月くらい経ったよ。モンスターとの闘い方はなんとなくだけど分かるから、モンスターが動かなくなるまでずっとグーで殴ってたの!
最初は硬そうな木の棒使ってたけど、直ぐに壊れちゃうからやっぱりグーが一番だねッ。
でも、5階にいた、大っきなモンスターを倒したら、大っきな金槌を拾ったの!その金槌で、うちがモンスターを叩いても金槌は壊れないから、凄っごく便利なんだ。
それでそれで、今日はこれから15階の一番奥まで行こうと思ってるの……。モンスターも強くなって来てるから、ちょっとだけ心配なの……でもッ!ダンジョンに入れない、ままの分まで、とんこっつが頑張らないと
「やぁ、とんこっつちゃん。またお遣いかい?そうだ!珍しいのを拾ったからあげるよ。この結晶集めてるんだろ?」
「ありがとう、おねぇちゃん。わぁ、確かに今まで見たこと無い切り身だぁ。これ、どこで拾ったの?」
「それは、23階で拾ったんだ。20階から先はモンスターも強くなるから、とんこっつちゃんも注意して行くんだよ」
うちが一人でダンジョンに入ってるのを心配してくれる人が、うちに色々と話し掛けてくれる。
男の人は、うちのおっぱいばっかり見てくるから嫌い。女の人は、さっきみたいにモンスターの話しや、切り身をくれるから好き。
でも、ままが一番凄っごく凄っごぉぉぉく好きなの。
このダンジョンは、ままのおっさん達が頑張ったおかげで、街に被害が出る前に、王都っていう場所から騎士って人がたくさん来て、モンスターが外に出ないようにしてくれたんだって。
そのお陰で、冒険者っていう人達が街にやって来て、ここのダンジョンを攻略しようとしてるみたい。
多分、お宝が欲しいんじゃないかな?さっきの切り身のおねぇちゃんも装備がこの前より変わってたから、絶対にそうだよ!
だから、うちも頑張って、おねぇちゃんに負けないように、ままの為にいっぱい切り身を集めるんだ。
ぐーぎゅるるるる~
「あぁ、お腹空いたぁ。今日はこれから、もうちょっとで一番奥のお宝部屋だから、ここでお弁当食ぁべよっと」
ままが作ってくれた、焼き魚だけ弁当。蓋を開けると香ばしい匂いがしてくるの。
ちょっと、色は黒くて歯応えもバッチリだけど……これのおかげで、うちは今日も頑張れる。お腹が空くと力が出ないモンね!
あとちょっとで15階の一番奥だし、「腹が減ったら、い草がどうのこうの」って、ままに教えてもらったからお弁当食べて頑張る。でも、い草って何なんだろうね?食べられるのかな?お腹が空いたら、い草を食べて頑張れって事だよね?食べられる草なんだよね、多分!
ままが言ったんだから間違い無いよ!
「でぇやあぁぁぁぁぁぁ」
ぶぉん
「うぅりゃあぁぁぁぁぁ」
ばこん
きゅ~
「やったぁ!成敗完了!ぶぃV」
えっ?なんか変?ままに、大っきなモンスターを倒したら、言えって言われてたんだけど……変かな?
ところで、お待ちかねのお宝タイムだよ。えっと……今回のお宝は……あはッ。にへへ。やったぁ!やったよ!思わずニヤニヤしちゃったよ。
あっ!でもでも、ニヤニヤした顔なんて、ままにも見せた事ないから黙っててくれると……凄く嬉しいな。
「だ、誰も見てないから、いいよね?ままには……誰か来るかもしれない場所で脱いじゃダメって言われてるけど、おっさんから貰ったこの胸当てが苦しいから、ここで着替えていいよね?」
がちゃ
ぽいッ
かちゃかちゃ
しゃきーん
じゃーん。えへへ、似合う?今回のお宝はハーフメイルだったよ!ここで着替えちゃったけど、誰も来なかったから大丈夫だよね?
でもでもこれ、凄く軽くて凄くいい感じだよ。これで窮屈なおっさん胸当てともお別れだから、うちは凄く嬉しい!
ふわ~
くんッ?!
くんくんッ!!
「あれ?何か、美味しそうな匂いがする……。この部屋の中からかなぁ?ちょっと行ってみよっと」
うちは、今までのお宝部屋では感じなかった匂いを感じたの。でも凄っごく不思議。下に降りる階段の方じゃなくて、何も無い壁から匂ってるんだよ。
壁に美味しそうな何かが埋められてるなんて事は……ないよね?
「あっ、何これ?この壁、壁じゃない。ここから先に通路がある」
くんくんッ
「この先に美味しそうな匂いのするのがあるみたい。美味しそうな匂いだから、ままへのお土産にしよっと」
うちは実を言うとちょっとだけ怖かったけど、勇気を出して行ってみたの。ままから褒めて貰えると思ったら、勇気100倍だよ!勇気の鈴がリンリン鳴っちゃうの。
でも、勇気の鈴ってなんだろうね?
「あ、あれ……卵?この卵からいい匂いがするんだ!ちょっと大きくて、ままから貰ったリュックに入らないから、手で持って帰る事になるけど……そうしたら、切り身をこれ以上集められないなぁ……困ったなぁ……」
うちは切り身を集めるのと、卵を持って帰るのをどっちにしようか迷ったの。でも、切り身はいつでも手に入るし、卵はいつでも手に入らないから、切り身を諦めたよ。
それに、はやくお宝をままに見せたかったってのもあるから、今日のダンジョンは終わりにして帰る事にしたんだ。
ままへのお土産たくさんあるから、喜んでくれるといいな。
「なぁ、パパさん……コイツなんだか分かるか?」
「ん?それはッ!?コカトリスの幼体じゃないか!そんな物騒なのをどこで拾って来たと言うんだい?まさか、あれほど駄目だと言ったのに、またダンジョンに行ったのかい?」
「俺はダンジョンどころか、家から出られねぇんだから……って、もうちょっとは信用してくれよ?」
じとー
「はぁ……。コイツは昨日、豚骨が持って帰って来た卵から、今朝孵ったんだけど……コイツ、俺を母親だと思ってるみたいなんだよな……」
「あぁ、刷り込みってヤツだね?卵から孵った直後に見た動く物を母親と認識するって言われてるアレかぁ……それで、クレアが最初に見られた……と?」
「ところでさ、そのヤバそうな葉っぱのハイボールみたいなのはなんなの?」
「ハイボール?それはいったいなんだい?たまにクレアはよく分からない事を言うね。コカトリスの事が知りたいのかい?」
「そうそう、そのヤバそうなハイボールはコカトリスだっけ?それのどこが物騒なんだ?ただの鶏にしか見えないんだけど?」
「ニワトリ?それがパパには分からないけど、コカトリスは毒を吐くらしいから、気を付けないと大変な事になるんだ」
「毒を吐く?ふぅん、それだけ?」
「それだけって、いや、クレア……毒を吐かれたら大変だよ?」
「毒舌なだけなら、問題無いじゃん!そんなの俺は昔っからよく吐かれてたから、へっちゃらさッ!」
「まぁ、クレアがそう言うんなら、母親だと思ってるようだし止めないけど、名付けはしたらダメだよ?クレアが卑猥な行為をしてるとは思ってないけど、そう言う噂はスグに広がってしまうし、そんな噂が女王陛下の耳に入りでもしたら、婚約を破棄されてしまうかもしれないからね?」
「え?俺、女王陛下と婚約してるの?」
「え?クレア……何を言っているんだい?クレアが10歳の時、女王陛下の三男・ケイルファート王子と婚約したのを忘れたのかい?この婚約の結果、二人が晴れて夫婦になれば、クレアの王位継承権は“6”まで上がるんだから、絶対に結婚しなきゃダメだよ?」
「えっ……そ、そうだったのか……」
「だからクレア。くれぐれも名付けをしたらダメだからね?分かっているよね?」
「あはははは、うん、分かってる分かってる。よし、じゃあ部屋に戻るぞ白湯」
「こけッ」
「く……く……クレア?今……なんて?」
「あぁごめん、パパさん。さっき、パパさんに言われてやっと、名付けしちゃダメってのを思い出せたんだけど、その前にもう名前付けちゃったんだよね。あはは。じゃ、じゃあ、俺は部屋に戻ってるから~」
「クレアーーーーーッ!」
-・-・-・-・-・-・-
昨日、豚骨が持って帰って来てくれた「お土産」を見た俺は正直驚いた。
先ずは冒険者のネーチャンに貰ったって言ってた切り身だけど、それはこれまで見た事もない青魚だった。
豚骨が持って帰って来るのは白身魚ばっかりだったから、気分的には新鮮だったんだが……持って帰ってきた青魚は新鮮じゃなかったらしく、腐ってやがった。
あぁ、ちなみに鮭は身が白くないけど、白身魚でいいんだよな?桃身魚とか橙身魚なんて、聞いた事ねぇよ……な?
結局、何の青魚だったのかは分からなかったが、階層が深くなれば、手に入る切り身の種類も増えるってのが分かってホッとしたよ。
そして次に、卵だ。この世界に来てから初めて見た卵だってのもあるけど、問題はその大きさだ。
人の頭よりも二回りくらい大きいし、殻は意外と硬そうだった。冷蔵庫なんて無ぇ世界だから食べるにしても直ぐに使い切らないと腐っちまうだろうし、それよりも何よりも、卵を孵化させてソイツが育って定期的に産卵してくれれば、究極のラーメンスープに合う味付け玉子か出来ると考えたのさ。
な?俺って頭いいだろ?
で、そんな事を考えながら寝て、朝はいつも通りに豚骨の激しい攻めでイカされながら起きたんだけど、お腹いっぱいになった豚骨が着替えてたら焦った様子で俺に「部屋の中から変な音がする」って言って来たんだよ。
ぴしッぴししッ
「確かに何か音がするな?」
「まま、うち……怖い」
「大丈夫だ、問題無い。怖いなら、俺の後ろに隠れてろ」
モンスターとかは怖くないのに、「心霊現象的なのが怖いなんて随分と可愛らしい所もあるじゃねぇか」なんて俺は思いながら音の出処を探したんだが、そしたらな……。
ぴしッ
ぱきッ
ぴししッ
ぱきぱきッ
「コケッ」
「コケ?まさかッ!」
そこで漸く俺は気付いた訳さ。だから俺は部屋の机の上に置いておいた卵を見に行った訳だが……ま、そしたらそこには鶏がいたんだな。
卵から産まれるのはヒヨコだと思ってたんだが、実際に産まれたのは鶏だった訳で、多分……「鶏が先か卵が先か?」ってのは、こーゆー事なんだろうなって思ったね。
だって、そうじゃなきゃ、「ヒヨコが先か卵が先か?」になっちまうからな!
俺は目の前にいる鶏と目が合っていた。目の前の鶏は、つぶらな瞳で俺を見詰めてる。
こうして俺は、鶏の母親になった訳だ。これが、おっさんが言ってた刷り込みってヤツが完了した瞬間だったんだろうな。
「鶏の卵だったのか?そしたら、色々と作れるかもしれねぇな。豚骨スープは諦めたけど、鶏ならトリパイタンだっけか?いや、トリチンタンだっけ?いや、そもそもパイもチンも鶏に付いてんのか?」
「まま?チンってなぁに?それに、パイって、おっぱいの事?」
「豚骨……それは気にしなくていいぞ。いや、むしろ、気にしたらダメなヤツだからな!」
「はぁい!とんこっつに、おっぱいは付いてるから忘れられないけど良い子だから、チンは忘れるね!」
いやぁ、危なかった。ヒヤヒヤしたよ!幼女に変な言葉を教えて、それをあっちこっちで言いふらされたら、俺の頭ん中を疑われっちまう。
流石に電子レンジがありゃ、言い訳は聞くが……この世界にそんなモンは無ぇから、もしそうなったら言い訳のしようがねぇよ。子供ってのは、そういう単語が好きな生き物だから、教えないのが一番だよな?
「鶏ガラスーブを取って出汁を混ぜるのもいいかも……ってあれ?トリパイタンってどうやって作るんだっけ?ま、いっか!やってみりゃなんとかなんだろ」
「コケ?」
「じゃあ、宜しくな!白湯」
「コケーーーッ」
やっぱりさ、「パイたん」じゃ変だし……なんかそれだと、俺がおっぱい星人みたいだよな?豚骨ホルスタインの件もあるし、なんかさ……色々と期待しちゃってる感があるもんな?
でもさ……流石に「チンたん」はアウトだろ?コイツが雄ならそれもありかもしんねぇけど、豚骨に「チンは忘れろ」と言っちまった手前、採用出来る訳はねぇよ……。