6話 6つ目の食材は食べられねぇが料理をする上で大事な愛情ってヤツだ
「ってか、あれがモンスター……」
俺の名前は山形次郎、41歳。至って思い込みの激しい貴族令嬢だ。いや、貴族令嬢だった。
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地下牢の入り口は直ぐに発見出来た。まぁ、魚の切り身を、チルミルだかチルチルとミチルだかの気分になって、追い掛けて行ったら着いた感じだ。
いやヘンゼルとグレーテルだったか?
だがやっぱりどうしても気になるのは魚の切り身が落ちてる点だ……。切り身だせ?日本のスーパーに普通に売ってるような切り身が点々と落ちてるんだ。
まさか、切り身の形をした魚がいるなんて事はないと思うし、そもそも見た事のある切り身しか落ちていなかったんだよな……。
まったくもって不思議な感じだぜ。
落ちてる切り身は鮭に鱈、鰤やホッケもあった。そもそも海魚はいないって言ってたにも拘わらず……だ。
おっさんが真剣な表情で嘘を付いてたとは思わないが、切り身が落ちてる謎は深まるばかりだ。
「まま、ダンジョンあったよ。あそこが入り口。入ろ入ろ?」
「なんだ、地下牢って言うくらいだから、もっとガッチガチの牢屋みたいなの想像してたんだが、普通の洞窟……だよな?」
「ダンジョンは地下牢じゃないよ?ダンジョンはダンジョンだよ?」
「なんだ、英語じゃないのか……。だが、やっぱりここにも切り身が落ちてるから……切り身をこのまま追い掛けて行けば、おっさん達と合流出来るって事だな。よし、行くぞ、豚骨」
「うんッ!」
ダンジョンは意外と広かった。これじゃ、地下牢獄と言うよりは地下迷宮が的確だと思うが、この世界に英語の表現の正しさを言った所で意味は無いだろう。
だから敢えて呟く事もない。心の内に秘めるだけで充分だ。
それに俺は物分かりがいいからな、そーゆーモノだと思えば、わざわざ間違ってるから直せなんて言わない。
郷の入れ歯は郷でしか外せないとかって言うだろ?そんなモンだ。え?間違ってるって?大丈夫だ、問題無い。考えるな、感じる事で物分かりが良くなればいいのさ!
でもまぁ……そんな事よりも、このダンジョンは迷宮さながらで分岐が多く、切り身を頼りにするのは心許なくなっていたのは確かだった。
「なぁ豚骨、このまま真っ直ぐ行けば、おっさん達がいると思うか?」
「おっさん?」
「あぁそっか……。おっさんって言っても分からないよな?」
「その、「おっさん」の臭いが分かれば追い掛けられるよ?」
臭いフェチかよコイツ?幼女なのに臭いフェチとかどんな趣味してんだよ……とか俺なら思いそうだろ?でも、そうじゃない。
豚は鼻がいいとも言うから犬のように臭いを辿れると俺は知ってた。なんせ、トリュフ豚については調べていたからな。
俺はおっさんの部屋から勝手に拝借した剣を豚骨に嗅がせてみた。ちなみに、俺はダンジョンに乗り込む為に、部屋に飾ってあったおっさんの剣を拝借して、キラキラ光ってて硬そうだった豚の頭みたいなのを胸当てにして、後は硬い木で出来たお盆を腰当てにした。
なっ、完璧だろ?どっからどう見ても、おとぎ話に出て来る勇者みたいだろ?えっ?おとぎ話に勇者っていないの?
で、でも飽くまでも拝借しただけだから、泥棒じゃない。だから、窃盗罪には問われない筈だ。無断拝借罪ってのがあれば仕方無ぇが……な。しかし、そんなの無いよな?聞いた事無ぇもん!
「まま、こっちから「おっさん」の臭いがする。付いて来て」
「流石、豚骨だ。でも、走って転んだら大変だから、ゆっくり行こうな?」
「はーい、良い子だからちゃんと、ままの言う事聞く!」
こうして俺達はおっさん達が進んだと思われる方へ向かっていった。
なんとなくだが、「おっさんの臭い」って言われると加齢臭っポイ感じがするけど、それは言葉のアヤってヤツだ。気にしたら負け……だからな。
ダンジョンを進む途中途中で、切り身がやっぱりポツポツと落ちてたから、おっさん達がこっちにいるのが正解って事で間違いはなさそうだった。
そして暫く進むと叫び声やら雄叫びやら黄色い歓声やらが聞こえて来ていたので、俺の足取りは少しだけ早くなって行った。
「きゃーッ!あなたーッ!カッコいいーッ!痺れちゃうーッ!フレーッ、フレーッ、あッ・なッ・たッ!」
「でぇやあぁぁぁッ!」
——あ、あのさ……正直な話しなんだが、小学校の運動会みたいな黄色い歓声に俺は頭が痛くなったね。テレビとかでよくあるじゃん?子供を応援する事に必死になるあまり、脚立まで持ち込んで高い場所から必死に応援してる親とかさ……。
なんて言うか、そんな感じだった。
要するにな、母豚が宙に浮かんで黄色い声援を送っていやがったんだよ!まぁ、宙に浮いてる豚だから、母豚がただの豚じゃない事は証明されたけど、それにしてもあんな歓声に意味があるのかね?
そして、おっさんや兵士が黄色い声援を浴びながら真面目な顔して闘っている事のシュールさが分かる?いや、流石にこれは見ないと分からねぇよな?
だって、それを見ちゃったばっかりに俺は言葉を失ったんだもの。
「ってか、あれがモンスター……なのか?意外と茶目っ気がある姿なんだな?」
「まま、闘う?ままが闘うなら、うちも闘うよ?」
「おいおい、豚骨闘えるのか?武器を何も持ってないだろ?それに危ないから豚骨は見てるだけでいいよ」
「まま、うちも闘えるよ?武器は、これでいい」
豚骨は戦闘民族さながらの戦意を目に宿していた。そしてその手にはそこら辺で拾ったと思われる、ただの木の棒が握られていた。
豚骨初期装備のお下がりの服と、拾ったばかりの「ひのきじゃない棒」で闘えるモンなのか?
俺には戦闘力ってヤツは分からねぇが、見た目だけ見れば弱そうなのは確かだな。
ガアァァァァ
「後ろから?」
気付けばいつの間にか俺達は囲まれていた。おっさん達とは距離があるし、切り身が落ちてた方から来たから平気だと思って油断してたのも事実だ。
まぁでも、テレビで見たチャンバラ技術がある俺だから、楽勝な筈だし……と、俺は当たり前のようにそう思っていた。
びゅおんッ
「うわぁ、ちょっと待った。まだ俺は剣を抜いてないんだからッ」
「まま、大丈夫?うち、こいつら倒していい?」
茶目っ気のあるモンスターはその外見に似合わず、凶悪な殺意を向けて俺に攻撃を繰り出して来た。俺はチャンバラ技術でそれを躱したが焦った事も重なって剣を上手く抜けなかったんだよね。
まぁ、初陣の武者震いってヤツを経験した訳だ。
逆に豚骨は目を輝かせながら、ワクワクした表情で闘いたがってる様子だった。倫理的にアウトかもしれないけど、囲まれて多勢に無勢でボコられて、俺はそんなんで死にたくないから豚骨にはGOサインを送るしかなかった。
生命が掛かってるんだから、倫理よりは生命……だよな?
「よし、抜けた。これで俺も……って、あれ?な、なんだこれ?身体が……勝手に……?」
ざしゅざしゅざしゅッ
しゅぱぱぱぱッ
しゅばんッ
それはあっという間の出来事だった。俺は見事な剣捌きで俺達を取り囲んでいたモンスター達を斬り伏せていったんだ。これぞチャンバラ技術ってヤツだな。
それにやっぱり俺は出来る子だったらしい!ほらほら、もっと褒めてもいいんだぜ?
ちなみに闘う気マンマンだった豚骨はその様子に、目を白黒とさせて呆然としていたよ。ま、当然だよね。カッコいい俺の姿に見惚れてたのかもしれない。
「まま、強い。流石、ままだね。そうだ、見てみて。モンスターが魚になったよ?」
「確かに、やっぱりこの切り身は、コイツらががががががが……えっ?えっ?えっ?ちょっと、なんで身体が勝手に?そっちじゃない。俺は切り身をぉぉぉぉぉぉぉ。ちょッ、なんでどうなってんだよぉぉぉぉぉ」
ま、意味が分からないと思うから説明するとだな、俺は豚骨が教えてくれたから、出来たてホヤホヤの切り身をその手に取ってみようと思ったのさ。だけど、俺の身体はそれを勝手に俺の意思に反して拒絶しやがった。
そして、それだけじゃない。
俺は剣を握り締めたまま、黄色い歓声が上がってる戦場——要するにモンスター達の群れに向かって、猛然とダッシュさせられたんだ。そこに俺の意思は反映されてないから、意味不明でしかない。
こんな変な感じにダッシュしたら、明日は筋肉痛かもしれねぇが、身体が止まってくれねぇんだから、本当に仕方がねぇな……。
「クレア!?どうしてここに?」
「おパパさ…ん、どいてどいてどいてえぇぇぇぇ。違ッ!俺を止めて止めて止めてぇぇぇぇぇぇ!!」
こうして俺は一人でモンスターの群れに乗り込み、そこから俺の無双劇が始まった訳さ。なんなのかね、コレ?
本当によく分からない身体だよな、コイツの身体……。
で、結局どうなったかと言うと、俺はその場にいたモンスターを一人で殲滅しちまった。
そして殲滅し終わると壊れたロボットみたいに脱力してその場にぶっ倒れたんだ。そして、俺の意識もそこで失われたのさ……。
ぱちっ
「おぉクレア、目が覚めたかい?大丈夫、パパが分かるかい?」
「おパパさん、俺、一体どうなって……?」
「それにしてもクレア、なんで一人で危険なダンジョンにやって来たんだ!危ないじゃないか!クレアの身に何かあったら、パパは……パパは……うっうっうっ……」
「パパさん……ごめん。でも、俺は一人で来た訳じゃないぜ?」
「まま、この人から「おっさん」の臭いするよ?この人が「おっさん」だよ、まま!うちはちゃんと見付けられたよ?偉い?ねぇ偉い?」
「ま、ま、ま、ママぁ?!く、く、く、クレア!い、いつ子供を産んだんだね?そそそ、それに相手はどこの誰だ?どこのケンタウロスの骨……いや、オークの骨だ?パパの大事なクレアをキズモノにした報いを、ちゃあんと取らせないいけないから、全部白状するんだッ!」
正直、おっさんの目は怖かった。むしろ、狂気すら感じた。サイコパスの目だって言えるかもしれねぇ。世の中の父親ってのは皆こんな感じなのか?だったら俺の娘が突然妊娠したら、俺もこんな感じになっちまうのか?
その前に良く分からねぇ骨で子供が出来るのか?この世界、凄げぇな!
俺はそんなこんなで色々と考える内に、妻が娘を連れて旅立ってくれた事には感謝しかねぇと思ったよ。娘の成長が分からなければ、娘が突然妊娠しても気付かねぇから、サイコパスにはならねぇモンな!
「あら?クレアリス、レッドオークに名付けをした……の?——あなた、冷静になって。その子はクレアが産んだ訳じゃないわ」
「なぁんだ、心配しちゃったよ。でもレッドオークなんて……あぁ、あの!」
「あなた?なんでクレアリスがレッドオークに名付けをしたのか知っているのね?それなら後で、じっくりとお話しをしなきゃいけないわね?ぶひひッ」
おっさんの次に目の色が変わったのは母豚だ。だが、母豚が話した内容で、俺はなんとなく豚骨が急成長した理由をなんとなくだが察したよ。
確かにあの夜、部屋に子豚だった豚骨を連れてった時の事だ……。眠くなった俺はベッドの下で寝掛けてた子豚に「豚骨こっちに来て一緒に寝るか?」って言ったんだよ。
まぁ、「豚骨」って名前に深い意味は無ぇ。気にしちゃ駄目だ。考えるな、察しろってヤツだな。
だってさ……「おい、こっちに来て一緒に寝るか?」じゃ、なんか可怪しいし偉そうだろ?それにペットなら名前の1つくらい付けたくなるモンなんじゃないか?それとも可怪しいのは俺の方なのか?
「と、ところでクレア。さっきのは何をしたんだい?クレアがあんなに強かったなんて、パパは知らなかったよ」
「それは、俺の方が知りてぇよ。この剣を抜いたら、突然、勝手に身体が言う事を利かなくなったんだ」