3話 3つ目の食材は味を調える為のモノ……即ち調味料ってヤツだ。でも、豚骨は調味料じゃねぇよな?
「はぁ……。信じらんねぇよ」
俺の名前は山形次郎、41歳。至って思い込みの激しい日本人だ。いや、日本人だった。
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「はぁ、飲んだ飲んだ。それにしても水ってこんなに旨かったんだな。ってか、美味しいラーメンを作るには美味しい水が欠かせないって言ってたし、あれって本当だな。日本でこんなに旨い水は自販機くらいじゃねぇかな?でも、自販機の水でラーメン作ると高くつくよな……はぁ」
俺は腹一杯になるまで小川の水を飲んでいた。いや、飲み耽っていた。そして、腹一杯になった事でさっき見た衝撃的な光景はとっくに忘れちまってた。
人間、腹一杯になるとどうでもいい事は、本当にどうでもよくなるモンだろ?
「あ、そうだ!忘れてた。ツバメの巣を早く取りに行かねぇと」
こうして俺は再び走り出していった。あの断崖絶壁に向かって……。
「はぁ……はぁ……はぁ……無ぇ。走っても走っても、見える所に海が無ぇ。あるのは木ばっかりだ。誰かの家も第二村人もいねぇ。遠くの方に山は見えるが、山に目的のツバメの巣があるなんて調べた時には載ってなかった。くそぉ!どうすりゃいいんだよぉ」
俺は走り続けたが、やっぱり直ぐに限界を迎えていた。腹減りは水だけじゃどうにもならなかったからだ。俺は木陰で休んで周りを見渡していたが、視界に映るのは遠くにある山と近くの森だけだった。
「こうなったら、普通のツバメの巣を使って代用するしか……」
「クレア!やっと見付けたぞ。まったくこんな所まで……。母さんも心配してるから、早く家に帰るぞッ!」
木陰で休んでた俺はまた同じおっさんにナンパされた。まだこのおっさんはシチューの素の話しをナンパのネタにしてるらしい。
ネタは新鮮じゃなきゃ飽きられるって知らねぇのかな?それに、おっさんをおっさんがナンパするってどうなのよ?そういう趣味の人?それとも金目当てか?
くっくっく、残念だったな。今の俺は金も持ってないし、そっち系の趣味でもケツのガードはバッチリだぜ!
だがそれにしても、家?今、家って言ったか?いやいや、知らないおっさんが、日本にある俺の家を知ってるとかなんでよ?可怪しくない?
まさか、コイツ!俺の妻の間男かッ!実はまさか、俺の娘だと思ってた子供も俺の子供じゃなくて、コイツの子供だったりするのか?
確かに外国人しかいない、このアンダマン諸島で日本語話せるのも可怪しいと思ってたんだ。コイツ、最初から俺の事を監視してたんだな?そうに違いない!いや、絶対にそうだ!
俺は急に頭に来た。脳ミソが沸騰するんじゃねぇかって程に頭に血が昇っていった。前に職場の若い連中がこんな時には、「ビッグバンテラおこサンシャインヴィーナスバベルキレキレマスター」とか言うとか言わないとか話してたのを思い出しちまったぜ。俺は厨二じゃねぇから知らんけど。
でも、そのお陰で少しは冷静になったから、殴り掛かるような事はしなくて済んだぜ。俺ってば、偉いだろ?
それにしても……だ。俺が汗水垂らして「ひーこら」言いながら苦労して仕事してる間に、コイツは俺の妻とキャッキャウフフして、俺の事を嘲笑っていたのだと思ったら、一度はひいた熱が再び込み上げて来て、急に頭が再沸騰していった。
だけど今度も俺は、直ぐに殴り掛かるような事はしねぇ。いくら頭が沸いてても、殴り掛かれば相手の正当防衛を成立させてしまい、裁判で俺が不利になる事を知ってるからだ。
「おっさん……なんで俺んち知ってんだ?俺の妻が緑色の紙に化けたのも、おっさんの入れ知恵か?」
俺は冷静を装って、言質を取る事にした。これで相手が口を滑らせて言質が取れれば、俺の勝利が確定するからだ。これぞ冷静と情熱の間にある言質ってヤツだな。
って、前にテレビで見た気がするから間違いはねぇよ。……多分。
「おいおい、クレア……。一体、何を言ってるんだ?お前に妻はいないだろ?お前は女の子なんだから……。何か変な物でも食べたのか?それとも転んでどこかに頭でもぶつけたのか?」
おいおい、このおっさん……なんか変な事を言い出したぜ?俺は41歳の男だ。そして国籍は日本で、戸籍上は妻と子供もいる身の上だ。
いや、妻は緑色の紙に化けたから、もういない……のか?
ん?んん?んんん?ってか待てよ?女の子……女のコ……女の娘?!俺は思い込みの激しさの結果、脳が勝手に忘れ去る事を選んだ‒‒朝に見たムスコがいない光景と、‒‒さっきの小川で見た俺の顔が俺じゃなくなってる事と、‒‒昨日の手が揉んで、俺の身体が感じ取ったその感触を……漸く全部思い出しちまったのさ。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!俺、やっぱり女じゃねぇかッ。おいおい、本当かよッ!この胸のおっぱいも、失くなったムスコも本当だったのか!おいおいおい待ってくれよ、なんでこんな事になってんだよ?俺は日本人で41歳の、山形次郎だ。このアンダマン諸島に、俺が考える最高に旨いラーメンを作る為の食材を取りに来て、なんで女の子になってんだよッ!こんな事って有り得んのかよッ!」
俺は早口で取り乱していた。叫びながら自分の胸に付いてる大きめの双丘を揉みしだき、ムスコが失くなった股間をまさぐっていた。
更には手の感触だけじゃ、とうとう信じられなくなっちまった処理能力の低い脳ミソは、服を全部脱いで直接その目で確認する事を選んだ。だがそうしようとして、服に手を掛けた時点で慌てたおっさんに止められたのさ……。
まぁ、おっさんのその目は凄く冷ややかで、なんか生温かい目だったんだが、それはなんて言うか……うん、何も言いたくない。
「クレア……1回、お医者様に診てもらおうな?馬車をすぐ近くに待たせてあるから、家に帰ろう?それにな……家で母さんが待ってる……パパも一緒に謝ってあげるから、家にちゃんと帰ろうな?」
俺は、苦渋の決断の結果、この知らないおっさんに付いて行く事にした。なんでかって?いや、普通は知らない人……とくに知らないおっさんに付いていっちゃ駄目だろ?
でもな、俺の変態行為としか言えない胸の揉みしだきや、股間のまさぐりを黙って見てた、このおっさんの悲しげな目が……痛々しかったんだ。
だって、変態なおっさんは、若い女の子が服を脱ぎ出したら普通は眺めてるモンだろ?止めはしないだろ?こっちを見ないでって言われても見続けるだろ?イヤって言えば言う程萌えるんだろ?それにあわよくば、気持ち良くなりたいモンだろ?
それなのに俺が服を脱ごうとしてるのを慌てて止めるなんて……そんなサービスシーンを、ラッキースケベを止めるなんて……さ、自分が犯罪者と思われたくなかったか、この身体の事を第一に考えてた証拠じゃねぇか?
だから、俺はこのおっさんに付いて行く事にした。俺は子供の頃に、親父からよく叱られて殴られてた経験がある。
でもそれは俺が憎くて親父が殴ってた訳じゃなくて、俺の事を思って叱ってくれてたってのを親父が死んでから思い知らされた。
だから親父と同じ目をした、このおっさんが悪いヤツじゃないって感じたんだよ……。
でもってそれとこれとは話しが別なのは、俺はツバメの巣を諦めた訳じゃねぇし、プロヴァンス行きの飛行機とか、パスポートとかそれら全部を潔く諦めた訳じゃないって事だ。
要するにな、このおっさんに付いていって、情報を聞き出そうと思った訳だ。なんせ、馬車だぜ?馬車があれば走ってあの断崖絶壁に行くより速いじゃんか!な?俺って頭いいだろ?
「なぁ、おっさん!俺、ツバメの巣が欲しいんだ!ツバメの巣がある断崖絶壁って、こっからだと遠いのか?」
「クレア、そのツバメの巣ってのは一体なんだ?それに、父親の事をいつまでも、おっさん呼ばわりするもんじゃないよ。昨日の朝まで、ちゃんとパパって可愛らしく呼んでくれていたじゃないか。ほら、言ってごらん。パパだよ」
「なぁ、おっさん……ここはアンダマン諸島の島だよな?」
「はぁ……クレア、一体どうしたと言うんだい?それに、そのツバメの巣といい、アマンダンとかいう島なんて、パパは知らない」
このおっさん、本当に真剣な目で話してた。さっきまでの生温かい目とか冷ややかな憐れむ目じゃなくて、真剣な目で俺を見据えて話してやがった。
だから俺も真剣に、このおっさんに向き合ってみる事にしたんだ……。
「はぁ……。サッパリ信じらんねぇよ。俺がクレアリス・レ・アーレン・クライス・クリステル・ミルゼハインなんて長ったらしい名前で、そのミルゼハイン公爵家の令嬢だなんて言われて、信じられるワケねぇだろうがよッ!」
ちなみにこれは俺の心の叫びだぜ?流石に馬車の中で叫んじまったらうるせぇだろ?俺でもそれくらいの空気は読めるさ。
だけどよ……俺が馬車に揺られながら、おっさんから聞いた話しは俄には信じられなかった。
この平々凡々な日本のサラリーマンだった男が、15歳の貴族令嬢だぜ?日本で言ったら義務教育期間中だ。中身おっさんなのに身体は15歳とか犯罪でしかないよな?
それにもう、この身体のおっぱいとか揉みしだいちゃったし、あっちこっち大事な所とか敏感な所とかも、まさぐっちゃった後だから……もう立派な犯罪者に違いねぇんだが……。
でも捕まるのは流石にヤだな。ラーメン作れなくなっちまうし。
まぁ最近はテレビでバラエティばっかだったから本なんて読んでなかったけど、職場の若い連中が貴族令嬢云々かんぬんのマンガやら小説やらアニメの話しで盛り上がってた時に、参加しとけば良かったなって思っちまったくらいだ。そうすれば少しは予備知識が頭にも手の中にもに入ってたかも知れねぇ。後悔は先に立たずってこういう事を言うんだな……。
でもそれにしても公爵家ってさ、なんかとってもヤバそうな響きだよな?
「なぁ、おっさん、日本って知ってるか?」
「ニホン?なんだそれは?それよりも、クレア……パパだよ?」
「なぁ、おっさん、ラーメンって知ってるか?」
「ラ・メン?それは隣国で食を司る女神とされる者の事かい?それよりも……」
「あぁもう、はいはい。パパさんね。で、パパさん、そしたら塩とか、醤油とか、味噌とか、豚骨とかって手に入るのか?」
「シオ?ショユ?ミソ?トンコッツ?なんだいそれは?」
「塩と醤油と味噌は調味料で、豚骨は食材……かな。で、それらは手に入るのか?」
「調味料や食材ならば、街に行けばあるかもしれないな。なんせ、この国は美食の国・ウィスタデヴォンなんだからね。王都程ではないが領内の街にも食材は流通してる。だが、クレア……本当に一体どうしたと言うんだい?クレアは食べるばっかりで作る事には今まで見向きもしなかったじゃないか?」
そんなこんなで、色々な会話をしながら馬車に揺られて夕方前には家に着いた訳だが、その広さを見てびっくり。
そして、おっさん……じゃなかったパパさんの奥さん……要するにこの身体の母親に会って二度目のびっくりだった。
ちなみに、このおっさ……いやパパさんが公爵じゃないってのは分かってるよな?なんせプリンセスだからな?おっさんがプリンセスだったら、そりゃ気持ち悪りぃよな……。
「クレアリス!一体どこに行っていたの?拐かされたのではないかと思って心配したのよ。貴女は紛いなりにも王位継承権があるのですから、気を付けて貰わないと、母は泣いてしまいますよ。ぶひッ」
「いや、泣くってそうじゃねぇよな?ってかさ……これが、俺の母親……なの?」