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第97話 男たち、聖女の山から戻る

 聖女の山で呪術具らしい石を見つけたシモンズ、ダリル、アーロン、ワーグナーたちが街へ戻ったのは、陽もしっかりと暮れてからだった。

 念のためにと聖女の山の麓を少し回ってみたところ、いくつか、同じような呪術具を見つけたのだ。そのため、ひとまず自分たちだけでも探せる範囲で山の周りを探すことにして、街へ戻ることにした。

原因が呪術具であるならば、侯爵に報告後、しかるべき人員と対策の手配をしてから行うべきである。しかしながら、やはりここに踏み入る住民がいないとも限らない。いくつか回収できた呪術具はいずれも解呪できているようだったが、できる限り、危険を取り除いておきたかったのである。



 魔法陣らしきものが刻まれた艶のある手の平ほどの大きさの真っ赤な石。

 それらは山の麓をぐるりと取り囲むように、背丈の低い草の茂みの中にいくつも置かれていた。

 あからさまに目立つようにではなく、ちょっと覗けば目について、珍しさに思わず手に取ってみたくなるような綺麗な赤い石、というのが悪質である。

 聖石の欠片を使ってみたところ、恐らくそれらは発動してはいないものだと思われたが、素手では触らないよう、シモンズが研究の際に使用するため持ち歩いている、魔力を通さないよう加工をされた皮の手袋を使用してマジックバックに入れることにした。


 思ったより時間がかかることが予想されていたため、貸馬車の翁には一旦は街に戻ってもらっていた。

 なんと翁は途中で人数分の食べ物や飲み物を買ってきてくれるなど気を利かせてくれて、大変に助かった。もちろん、代金は支払った。

 その後、夕暮れ時となり、迎えを頼んでいた翁が貸馬車で来たので街に戻ったのだ。



 行き先を「公館」へと伝え馬車を走り出した後、御者石の小窓から翁が話しかけてきた。


「そういえば、侯爵様は今日は街においでにならんかもしれませんぞ」


「そうなのですか?」


「祭りの時は街におられるものかと思っていました」


「そうですぞ。 この祭りはローベの街をあげて行う祭りですからな、侯爵様もいつもは必ずおられるのです。た だ、今日は侯爵様の馬車が朝公館を出て行くのを見ましたのじゃ」


 なるほど、侯爵家の紋章入りの馬車が出て行ったのであれば、侯爵は不在なのかもしれないが。


「でも、外出されたのは夫人という可能性もありますよね? さすがに祭りの日に侯爵閣下がおられないとは…」


「ああそうですな。た だ、夫人は街においでになりますぞ。 さっき街で大騒ぎになっとりましたからな」


「え?」


「侯爵夫人が、公館前の広場で事故に巻き込まれて大変だったのだそうですぞ」


「ええ? 侯爵夫人が事故ですか!?」


「ああ、心配はご無用ですぞ。 治癒師も来て怪我もすっかり治っているそうですからな。 どうぞご安心なされよ」


 4人とも侯爵夫人には面識がなかったが、この街の領主夫人が事故に巻き込まれたと聞けば驚く。

 領主夫妻ともなれば安全には最大の注意が払われているはずだし、もちろん、だからと言って決して事故に合わないなどということはないが、単なる事故なのか、場合によっては何かしらの陰謀に巻き込まれて…ということだってある。

 それに、事故があったと聞けば、巻き込まれた人の状態は気になってしまうものだ。


「そうなのですか…それは、被害もあまり大きくなかったのですね。それは何よりでした」


「いやそれがですな。 わしも噂で聞いた程度ではっきりとはわからんのですがな、そこそこ大きな事故だったようで、馬車はかなりの損壊と聞いておりますわい。 侯爵夫人も一時は命が危ぶまれたようなのですじゃ。ですが、幸いに治癒院がすぐ近くですからな。治癒師がすぐに駆けつけて治癒に当たったためか、一命を取り留められ、結局ご自分で公館まで歩いて帰られたそうですぞ。 おかげで街は大騒ぎになり、すっかりお祭り騒ぎになっておりましたな。 ああいやいや、今日は元から祭りでしたな! ふぉっふぉっふぉっ」


 翁の様子から察するに、本当に特に問題は起きていないようだ。侯爵夫人の怪我なども心配なさそうだし、街も賑わっているようだし、特に問題はなかったのだろうと4人はそれぞれに推察した。


「それでは、一応公館へ寄ってみて、閣下がおいでになれば今日お話をして、難しければ明日出直すことにしましょうか」


「そうですね」



 そうして公館へ向かったが、翁の言う通り侯爵は不在で、翌日に出直すことになったのである。

 シモンズとダリルはアーロンたちと別れて夜のローベの街をやどり木亭へ向かう。


 祭りということもあり、街は連日大変な賑わいを見せているが、二人の目には、昨日と一昨日の様子と比べても、ひときわ賑やかなように見える。

 通りに連なる出店の前では大勢の大人たちが、酒瓶やジョッキを片手にお互いに打ち鳴らして乾杯を繰り返したり、大声で歌ったり、肩を組んだり、踊ったり、と思い思いに騒いでいる。

 とある一角では大きな樽の上で、即席の腕相撲大会が始まっているらしく、野太い歓声が響いていた。



「なんだか今夜の賑わいはすごいな? 祭りの最終日だからなのか?」


「ああなるほど、そうだね。 昨日までとは熱気が違う気がする」


「事故があったけど、領主夫人が無事だったからか? さすがに領主夫人が怪我をしたとなれば、祭りも中止になったかもしれないしな」


「確かに。 もし、天の庭に昇ることでもあれば、処罰される人も出てしまっただろうし…それがなかったのであれば、いつもよりも盛り上がってもおかしくないかもしれない」


「なるほどな」


「…明日、マリーちゃんを誘って山に行く予定だったんだけど、行けなくなっちゃったよね」


「あーー、そうだな。明日は侯爵様に報告しなきゃいけないしな。 それに、さすがにまだ呪術具が残っているかもしれない山には行かないほうだいいだろ………まあ、あの子には、ちょっと色々と聞いてみたい話もあったんだけどな…」


「…ダリル…」


「だって、あの“山”に入れるんだぞ? そんなやつ、俺はお前しか知らないし。 それに、あの薬草園はなんだよ!!! 一体なんだよ!! どうなってる?……あり得ないだろう……」


「そうだよね。…僕もちょっと確かめたいことがあって」


「あの子にか?」


「ああ。ちょっと気になってるんだ…」


「なんだよ? 俺には言えないことか?」


「いや、そんなことはないんだけど、僕、自分でも自分がちょっと信じられないっていうか、確信が持てないうか…。ああ、いやでも、状況的に考えれば、あり得なくはないかもしれないんだ。状況的に考えれば…」


「ふーん?」


「ただ、ちょっと…こんなことになるって想定していなかったし、想像もしていなかったことだし、にわかには信じがたいっていうか…やっぱり確信が持てないっていうか…。いや、ただ単に僕に確信を持つだけの覚悟が足りていないのかもしれないんだけど…」


 シモンズは、数日前に自身の目で見た信じられない光景を思い出していた。

 マリーが、薬草全体にキラキラと輝く金色の光を振り撒いた、あの光景だ。


(あれはやはり、聖女の金色の雨だった…?)


 光属性でも他の属性でもどのような魔法でも、これまでに金色のキラキラ輝く光の粒子が舞う魔法など聞いたことはなかった。あれから何度も繰り返し考えたが、やはりそれ以外には考えようがないのだ。


(あれが聖女の金色の雨だとするなら、…マリーちゃんは、聖女の力を持っているのか?)


 果たして、そんな奇跡のようなことがあるのだろうか?

 王都で崇められている代々の聖女は、ただの形式的な聖女に過ぎない。

 なぜなら、聖女の力は、本物の聖女は200年も前に途絶えているからだ。


(でも、マリーちゃんは聖女の山にも入れた。さらに、そこから採取してきた薬草を自分で育てている。希少な薬草までもだ。それだけでも、普通ならあり得ないことなのに、それに加えて、金色の雨だなんて…)


 すでに聖なる力が失われて、本物の聖女が生まれなくなって200年だ。

 それが、こんなところに、こんなところで、思いがけずに聖女の力を目にしたかもしれなくて、もしかするとそれが本物の聖女かもしれないだなんて、にわかには信じられない。そんな都合のいいことがあるだろうか?


(でも、あの金色の光は、どう考えても…)


 これまでのシモンズの経験と知識を総動員させて考えても、あの時見たあれは、聖女だけが使える聖なる力が見せる 「聖女の金色の雨」 に違いない、とシモンズ自身に訴えるのだった。




「お、おう?」


 突然、何やらごにょごにょと呟き始めたシモンズに、ダリルは動揺した。


(なっ、なんだ?!…も、もしかして、シモンズのやつ、マリーちゃんに懸想したとか?! いや、マリーちゃんのことは気に入ってたみたいだし、女嫌いでトラウマ持ちのこいつがそんな気持ちになるなら大歓迎だけどな?! でも、まだマリーちゃん12歳だしな?! いや、年齢より随分落ち着いた感じだけどな?! 確かに、シモンズにまとわりついてくる女たちとは違ってほんわかしているし性格良さそうだしな?! 顔もめちゃくちゃ可愛い子だけどな?! 貴族なら12歳で婚約とかしてたって別に普通だしな?!…んん、今は12歳だけど、まあ歳の差とかも、6つくらいなら、大人になったらナンテコトナイけどな?! )


 シモンズが、「マリーが聖女かもしれない」と考えを巡らせているとは知らず、心の中で大慌てのダリルだった。

 しかし、シモンズが抵抗を感じずに会話ができる女性など大変貴重な存在だと、ダリルは知っている。嫌な経験も辛い経験も乗り越えて、もし仮にシモンズが12歳のマリーに懸想していたとしても、そうだ、そうだったとしてもそれもいいではないか!と拳を握る。



(俺はお前を応援するぜ!シモンズ!!)



 と決意するダリルは、友を想う、親友の鏡かもしれない。


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