第93話 事情聴取2
ひとしきり恥ずかしさに悶絶したマリーだったが、侯爵夫人や治癒師たちが部屋に入ってきてからは、夫人の身体の調子が気になったり、今度は警邏担当者の聞き取りが始まるとそんな気持ちもあっという間に吹き飛んだ。
侯爵夫人と治癒師の話を聞いているうちに事故現場の状況を思い出して、ドキドキしてきてしまう。
(大丈夫。大丈夫。もう全部終わったことだもん。それに侯爵夫人だって、こうしてお元気なんだし)
そう自分に言い聞かせて落ち着かせる。
(それに、よくよく思い返してみたら、さっきのことってめちゃくちゃ凄いことだったんじゃない? はっ! もしやわたしって、ものすごい現場の目撃者…!!)
…おかげで、ほんの少し前まで悶絶していた恥ずかしさも、事故の状況を思い出してどきどきしかけた気持ちも、あっという間に消え去った。相変わらず切り替え上手のマリーである。
そしてマリーは、警邏担当者の質問と侯爵夫人や治癒師の話しを聞きながら、不意に思い至ったのだ。
(……はっ! も、もしかして……これって事情聴取?! わわわわわ! じ、事・情・聴・取………!!!)
なぜか心の中で無意味にその言葉を噛み締め、謎のテンションが上がるマリー、12歳である。
マリーにとっては前世からを通しても初の事情聴取だ。
前世で平凡OLだったマリーは事情聴取などとは無縁な、平凡で平和な人生だった。もちろん、人生の全てを覚えているわけではないけれど。
とはいえ、マリーが意味不明にテンションを上げていられるのも、侯爵夫人がすっかり元気になった様子を見て安心したのと、先ほどの事故では怪我人もすでに治癒されているし、馬車の破損以外に大きな被害が出ていないことがわかっている上に、自分が犯罪者ではないからなのだが。
“初めての事情聴取”に謎のテンションの、実は聖女(無自覚だが)なマリー。
ちょっぴり…ほんのちょっぴり、残念である。
そんなマリーの頭に思い浮かんでいるのは、前世のテレビドラマや映画の事情聴取シーンだ。
(ここは、カ、カツ丼!……いや待って。あれは取り調べだったね! これは事情聴取……ってことは、わたしは事故現場に偶然遭遇した“通行人A”とか、そんな感じかな?! そうだ、ここはやっぱりこの場の雰囲気に合わせて、深刻そうな…うん、ちょっとキリっとした表情をすべきだよね!)
実際のところは“通行人A”どころではなく“主人公”である。
なにせマリーは、瀕死の人間をまばゆい光を放ちながら完全に回復させた上、無自覚とはいえ、名実ともに聖女なのだから。
しかし、マリーは気づいていなかった。
マリーの願いが聖なる力となり侯爵夫人の命を救ったことも、自分自身が黄金の粒子を纏い、光を放っていたことも。
侯爵夫人が助かったのは、治癒師の治癒魔法と、いつものパワスポ効果だと信じて疑わないのである。
(よーし、キリッとね! わたしが質問される番になったら、キリっと質問に答えるからね!!)
ふんす! と、謎のテンションで意味不明にやる気を溢れさせながら、ついつい頬がむにむにするのを抑えられないマリーだ。
そうして、続けられていた事情聴取の話は、突然の光に包まれた侯爵夫人が完全に治癒されて奇跡的な回復を見せた場面の話に差し掛かっていた。
「…ええ、そうなのです…あれは……。ええ、あれは……そう、奇跡が………奇跡が起きたのです」
治癒師の話を聞きながら大きく頷くマリーである。
(シモンズさんに“薬草の聖地”を教えてもらって、ラベンダーを採取しておいてほんとに良かったー!! 今日侯爵夫人が助かったのって、治癒魔法とラベンダーのパワスポ効果のおかげだよね!! それにしても、パワスポ効果ってほんとに凄い! 前世なら、ラベンダーは光らないし、人の命は救えないもんね! ほんとに、神様ありがとうだよ! )
「あれはまさに、奇跡としか言いようのないことでした」
続く治癒師の言葉に再び大きく頷くマリーである。
(うんうん、ほんとにあれはすごかったよね! だってあの時、ほんとにもうダメだって思ったもん。やっぱり、“薬草の聖地”って凄いよ! パワスポ効果も凄いし!! いやそもそも、治癒魔法だって十分凄いよね! それに、瀕死の人を回復させるって、治癒魔法とパワスポ効果って最強だよ!! はあ〜、ファンタジーの世界ってほんと凄いよね!)
治癒師の言葉に何度も大きく頷いていたマリーは、ふと、それまで聞こえていた声が聞こえなくなったことに気づいて顔を上げる。
すると、どうしたことか、治癒師と侯爵夫人とメリナ、そしてその場の全員が黙ってマリーを見つめていたのだった。
(え?? みんなどうしたの??)
「……は……ふぇ?」
思いがけない皆の視線に驚いたマリーの口からは思わずおかしな声が漏れ……訳がわからず、コテンと首を傾げてしまう。
しかし、マリーの様子に突っ込む者はおらず、誰もが何か強い思いを抱いたような瞳でマリーを見つめているではないか。
すると治癒師が、意を決したようにマリーに尋ねた。
「マリーさん、…あなたは…あなたの持つ力は、一体何の力なのですか? あれは本当に…まるで奇跡のような出来事でした。 我々治癒師には到底不可能なことです」
「へ?」
治癒師の言葉に続いて、侯爵夫人も話し出す。
「マリーちゃん、わたくしの命を救ってくれたのは、あなたの力でしょう?」
「ええ??!!」
侯爵夫人と治癒師からの思いがけない発言に、マリーは思わず大きな声をあげてしまう。
(あれ? なに?? え! もしかして勘違いされてる?!)
「ええ、わたくしも、朦朧としながらも、もう自分が助からないことは感じていたの。先生がわたくしの痛みを和らげてくれていることにも気づいていたけれど、身体中から全ての力がみるみる抜けて行くのを感じて、命が消えるってこういう感じなのかと思ったわ。 …そうしたら、そのうちとても良い香りに包まれて、身体が優しく癒されるのを感じたの。 始めはそれを、ついに天に召されるのだと思ったのだけれど、それが次第に、暖かくて優しくて、そして力強い何かがわたくしの身体の隅々にまで行き渡って……それでわたくしは、今ここにいることができているのよ」
「ええええ!! あ、あの、ち、違います!! わたしは何もしていません!!」
しかし、侯爵夫人はマリーの手を優しく握る。
「マリーちゃん、あなたのおかげだわ。あなたに、心からの感謝を。何度言っても伝え切れないけれど、本当にどうもありがとう」
(あ、あれ? ど、どうしよう!? なんだかものすごく勘違いされてるよ!! 侯爵夫人が助かったのは、治癒魔法とパワスポ効果のおかげなのに!)
どうやら、夫人が助かったのはマリーの力だと誤解されているようだと気づき、あわあわと慌て始めるマリーである。
(ここはきっちり誤解を解いておかないと! 後になって、これが治癒魔法とパワスポ効果の力だとわかった時、“侯爵夫人を救ったと騙った罪”とかに問われたら大変だもん!)
危機回避能力を無駄に作動させる前世大人なマリー、12歳である。
「…ええと…その…申し訳ありません…たぶん何か勘違いされているのだと思うんです。 わたしは何もしていませんよ?」
せっかく、「キリッとした表情で事情聴取に!」と漲っていたやる気はしゅわしゅわと消えてしまい、ひたすらにあわあわしてしまうマリーだ。
しかし、侯爵夫人だけでなく、あの場にいた治癒師とメリナまで自分を見つめて大きく頷いてくるのだ。
なぜならば、マリー以外のあの場にいた3人は知っているからである。
マリーがあの事故の現場で夫人のために神に願った瞬間、ぶわりとマリーの周りに風が起こり、マリーの身体がキラキラと黄金の粒子を纏って光りを放ったかと思うと、ラベンダー水と美容液が金色に光を帯びて輝き出し、そして夫人の身体が一瞬光に包まれて治癒したその瞬間のことを。
「マリーちゃん、そんなことないわ! あなたのおかげですもの! (マリーちゃんの手から温かい力が流れ込んできて、わたくしはその力に助けられたのだもの)」
「ええ、マリーさん、あなたの力ですよ! (あの時夫人を包み込んだ力はマリーさんから出ていましたし、マリーさん自身が黄金の光を纏って、光を放っていましたしね)」
「マリーちゃん! あれはマリーちゃんだよ!(マリーちゃん、キラキラ光ってて綺麗だったし!)」
確信を持つ力強い3つの視線とその他の視線に見つめられ、とにかく誤解を解かなければいけない、そうでなければ大変なことになりそうだと、さらに慌てるマリーだ。
(ええええ??! ど、どうしよう!! みんなの勘違いがすごい!! だってあれはパワスポ効果だよ!! なんでこんなことに…あっ!!! あの時、ラベンダー水と美容液が光ったからかな? だから、みんな勘違いしちゃったのかも!)
あわあわしながらその時の状況を思い返していたマリーは、その答えを見つけたとばかりに、ぽん!と手を打った。
「ああ、そうでした! まだお話ししていませんでしたが、ラベンダー水と美容液を使ったんですよ! わたし、あの時びっくりして固まっちゃってて…そしたらメリナちゃんがラベンダーを使おうって言ってくれて、メリナちゃんが使ってくれたんです! そしたらラベンダーと治癒魔法が反応して光って、夫人が回復したんです! わたしはただ、夫人の手を握っていただけなんですよ!」
(そうだよ!実際にラベンダー水と美容液をかけたのはメリナちゃんだったし、治癒魔法は治癒師の先生だしね! わたしは手を握ってただけだもん!)
「まあ、そうだったのね! メリナさんにも心から感謝しているわ。メリナさん、本当にどうもありがとう」
「いえ!! とんでもないです! わたしはただ、ラベンダー水と美容液を使っただけですから!!」
夫人がメリナに向かってそう頭を下げると、侯爵夫人に感謝の言葉を伝えられたメリナが慌ててそう答えた。
(よ…良かったーーー! ちょっとは誤解解けたかな…)
ひとまずホッとするマリーに、治癒師が尋ねた。
「マリーさん、先ほどお話しされたラベンダー水と美容液ですか? その…それは一体どのようなものなのでしょう?」
そう聞かれて、マリーはハッとした。
(そういえば、ラベンダー水と美容液にパワスポ効果があるってみんな知らないんだったよ! それは確かに、勘違いされちゃうよね!!)
「はい! ふふふ。ラベンダー水と美容液はすごいんですよ! 実はこれは、」
そう説明しかけて、マリーはふと思い出す。
(はっ!! そ、そうだった! シモンズさんに、“薬草の聖地”のことを他の人に伝えて良いかどうか確認しなきゃいけなかったのに、すっかり忘れてたよ〜! ああっ! これじゃあ、ここで説明できないよ〜〜!! むうう……んーでも、誤解を解くなら話せる範囲ででも説明するしかないよね…)
「…あのー…えっと、これはですね? とある方に教えていただいて、ちょっと特別なところで採れた特別な薬草なんです」
「特別な?」
「はい! 特別な!」
マリーは治癒師が興味を持ってくれた様子に、「しめしめ、これは上手く誤解を解けそうだね!」と、説明を続ける。キリッとすることも忘れない。
「わたしも詳しくはわからないんですけど、特別っていうかちょっと特殊みたいなんです…なので、きっと治癒師の先生の治癒魔法に反応して、ええっと相乗効果? そう、相乗効果です! それで凄い効果が出たんだと思います!! あ、そうだ! メリナちゃん、まだ残ってたかな?」
「あ、全部使っちゃったんだけど…。でも、瓶ならあるよ!」
そう言って、メリナが化粧水と美容液の空になった瓶を治癒師に手渡した。
「これが…」
治癒師は瓶を開けて香りを嗅いだり、底の方に僅かに残った数滴を光にかざしてみたり、手に取ってみたりとじっくりと検分を始めた。するとやがて、何かに気づいたように驚愕の表情を浮かべたのである。




