第92話 事情聴取
(は、は、は、は…恥ずかしいぃぃぃっっ…)
ようやく泣き止み、少し落ち着いて我に帰ったマリーは、己のしでかした大泣きを、今度は急激に恥ずかしく感じ始めて悶絶していた。
大泣きした。しかも、誰が見てもギャン泣きだった。「あれじゃまるで子どもだよ!」 と密かに自分に突っ込むマリーだったが、そうだったと思い直す。子どもだった。
(うぅっ…子どもだけど…突然あんなことがあって驚いちゃったけど、でも、でも、あんなに泣いちゃうなんて…恥ずかしいしかないよ…うぅぅぅっ)
散々恥ずか死ぬと思ったピンクのメイド服制服にもようやく諦め…慣れたと思ったところに、再びの羞恥である。
恥ずかしさのあまり、本気で時間を巻き戻したいと、こっそり心の中で思いついた呪文もどきを唱えてみるマリーだ。
(時間よ巻き戻れ! えいっ!………巻き戻るわけないか……さすがにパワスポ効果に時間の巻き戻しなんて、あるわけないよね……そうだよね……)
無い。時間の巻き戻しは、無い。しかも呪文でも無い。
いや、この世界にはそういう魔法もあるのかもしれないけれど、少なくとも、大泣きしたことを恥ずかしがる12歳児を巻き戻すためのものでは無い。
そうしてひとしきり恥ずかしさに悶絶するマリーだが、まあ、仕方が無かったりもするのだ。
実際のところ、マリーはこの世界の洗礼式を終えたとはいえ、まだ12歳で子どもである。しかし、マリーには前世の大人の記憶があり、心の中には、大人成分と子ども成分があり、何故かその割合は自分の意思とは関係なく増減してしまうため、ややこしいのである。もちろん、時には心の大人割合が強くても、無理くり無理やり、子ども意識に全振りして押し切る時もあるのだが……そう、今がまさにそうすべき時なのだ。
そんな感じの不毛な悶絶と葛藤を抱えながら、両手を顔に当てて蹲るようにソファに座るマリーの背中を、メリナが優しくさすり続けてくれていた。
もちろんそれは、マリーの恥ずかしさを紛らわせるためではなく、先ほどまでの“大泣きマリー”を慰めるためである。
「メ、メリナちゃん、もう大丈夫だよ。ありがとう」
「マリーちゃん、よかった!」
メリナが安心したように、ほっと顔を緩ませる。
「ごめんね? …わたし子どもみたいに泣いちゃって…」
(しかもギャン泣きだったし!)
マリーは恥ずかしさにいたたまれないながらも、慰め続けてくれたメリナに感謝を伝える。
しかし周りから見ればただ単に、ピンクのメイド服制服を着たツインテールの美少女が、頬を赤らめながら少し俯き加減に恥ずかしそうにもじもじしていて、ただ可愛らしいだけである。まさか、前世大人の記憶があるにもかかわらず、心の中で「時間よ巻戻れ!」なんてちょっぴり残念な呪文もどきを唱えているなど、誰にもわからないのである。
「ううん! そんなことないよ! あんなことがあったら誰でも驚いちゃうよ! 私だって、マリーちゃんと同じように知り合いが目の前で大変な目にあってたら動揺しちゃったと思うもん。でも、侯爵夫人が無事で、怪我人もいなくて本当に良かったよね! マリーちゃん、すごいよ!!」
「えへへ。うん…メリナちゃん、ほんとにありがとう…」
恥ずかしさを隠しきれずについいつものように「えへへ」とデレてしまいつつ、「あー、メリナちゃんはやっぱり良い子で優しいなあ」と、ちょっぴり恥ずかしさが癒されたマリーは、メリナが言った 「マリーちゃん、すごいよ!!」 の言葉はスルーしてしまうのだった。
「お待たせしたわね」
別室で着替えや、改めて治癒師の診察などを終えた侯爵夫人が、治癒師と警邏担当者と夫人の侍女、そしてマリーも見覚えのある侯爵家の執事とともに、マリーとメリナの待つ部屋にやってきた。
「侯爵夫人、お加減は…」
顔色は良いようには見えるけれども、先ほどの今にも天に召されてしまいそうだった夫人の姿が脳裏に蘇ってしまい、マリーはそう尋ねた。
「ええ、お陰さまで問題ないわ。治癒師の先生にも見ていただいたけれど問題ないと言っていただいたのよ。それに、先ほども言ったけれど、今すぐダンスだって踊れるくらいだわ。…なんだか、今朝よりも調子がいいような気もするのよね…。マリーちゃん、心配してくれてどうもありがとう」
侯爵夫人がにっこりと微笑みながらそう答え、隣では治癒師が大きくうなずくのを見て、どうやら本当に問題がないようだとホッとする。
「お疲れのところ大変申し訳ありませんが、念のため、関係者の皆様にはご事情を伺っておりまして…皆様にもご協力をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか…」
申し訳なさそうにそう告げる警邏担当者に、侯爵夫人、治癒師、マリーとメリナが次々に答える。
「ええ、もちろんよ」
「はい、もちろんです」
「「はい!大丈夫です!」」
「と言っても、わたくしは馬車に乗っていただけなので、外の様子や状況は見ていなくてよくわからないのよ……申し訳ないわ」
「いえ、侯爵夫人の馬車の馭者や他の馬車の馭者にもすでに事情は伺っておりますので、その点は問題ございません。覚えておられることだけで」
「ええ…わたくしは、馬車でこちらに戻っていた時に、突然大きな声がしたと思ったら馬のいななきが聞こえて、次の瞬間には馬車が激しく動いて馬車が倒れて…その瞬間のことは記憶にないの」
「はい」
「気付いたら…意識は朦朧としていたけれど、治癒師の先生がおられて…朦朧としながらも、状況を思い出したの。それでそのまま事故にあったのだろうと思ったわ。幸い、先生のおかげで痛みは感じなかったけれど、体が全く動かなくて身体中の力が抜けていくようだったわ。そのまま天の庭へ旅たつのだと思ったのだけれど…ありがたいことに、今こうしてここにいるのよ」
侯爵夫人がゆっくりとそう話し終えると、一瞬部屋の中が静まり返った。
事故の侯爵夫人の状況を聞いた侯爵家の侍女と執事は驚きに目を見張る。
「…ありがとうございました。先生は、事故の後現場へ駆けつけられたので?」
「はい。私は治癒院へ事故の知らせを受けて駆けつけました。幸い、治癒院は公館のすぐ近くで現場も近かったため、事故直後に駆けつけることができたのです。それで、すぐに夫人が倒れておられる現場へ案内され治癒魔法を施しました」
「なるほど。それで侯爵夫人の傷が癒えたのですね」
「……いえ…その……」
「あら、先生? もし、わたくしへのお気遣いであればお気になさらないで。この通り、今は元気でここに座っておりますから」
治癒師がわずかに言い淀むと、侯爵夫人が気づいたように話を促す。
「…はい…。私が到着した時、夫人の状態は一目見て、その…重篤だと分かるほどでした。魔力を通しながら様子を見ましたが、やはり体内の損傷が酷く、…正直に申し上げますと……手の施しようのない状態で、治癒魔法では治癒することができなかったのです。それでも、せめてもと思い、痛みを和らげるために治癒魔法をかけていたのです。私では、夫人のお命を救うことはできなかった…」
先ほど死にかけた本人を前にしているからだろう。治癒師は言葉を選びながらそう話す。時折気遣うように侯爵夫人を見るが、本人はケロリとしている。
「…なんですって? 治癒魔法が効かなかったと? …いや、しかし…侯爵夫人はこうしてお元気でおられるではありませんか…」
警邏担当者が驚いてそう尋ねると、治癒師が続けた。
「…ええ、そうなのです…あれは……。ええ、あれは……そう、奇跡が………奇跡が起きたのです。あれはまさに、奇跡としか言いようのないことでした」
治癒師がマリーを見ながら、おもむろに、噛み締めるようにそう告げる言葉に合わせて、侯爵夫人とメリナが大きく頷いてマリーを見る。 そして、3人の視線に引きづられるように、その場の全員がマリーの方を見たのである。
侯爵夫人と治癒師の話を聞きながら、事故直後の現場の様子や侯爵夫人の状態を思い出してしまい、固唾を飲んでその話を聞いていたマリーは、その場の皆に見つめられていることに気づき…
「……は……ふぇ?」
コテン…と首を傾げた。




