第90話 歓迎の宴2
「聖女 エリザベータ様、エネループ王国第二王子 ロデリック・オーガスト・エネループ殿下 ご来臨!」
フランネル王国の王都。王宮西にある宮殿“夕星の宮”では、今宵、昨日到着した隣国・エネループ王国の視察団をもてなすための歓迎の宴が催される。
視察団滞在中は昼夜共に何度か会が催されることになっており、今夜の宴はその始まりとなる立食パーティーだ。
入り口で聖女と隣国の第二王子の入場が告げられると人々のざわめきが一瞬消えた。そして、二人の姿が目に入ると同時に、今度は歓声とため息の混ざった大きなざわめきが広がった。
隣国エネループ王は現在は友好国ではあるが、交易以外の交流がほとんどない国だ。しかもこれまで第二王子が姿を現わすことはなく、これまでは「20歳前後の美丈夫らしい」という噂程度の情報しかなかったのだ。
しかし、初めて姿を見せたその第二王子は、金髪碧眼で噂通りの見目麗しい青年だった。その第二王子が、こちらも美しさで言えば第二王子に引けを取らない聖女と共に、にこやかな微笑みを浮かべながら歩いて来る。それは一幅の絵のように美しく人々の心を捉えた。会場に集まった年頃の令嬢の多くは頬を染め、熱のこもった瞳を向けている。
「ロデリック様は随分人気がおありなのね。皆様が注目していてよ」
「おや、これは心外です。この視線は全て聖女様に焦がれる者たちではありませんか。私など、聖女様のおこぼれに預かっているだけですよ」
「お上手ですのね」
「とんでもない。本心ですよ」
そんな二人のそばに、静かにポメロー夫人が歩み寄ると聖女がいつものように声をかける。
「あら夫人」
「聖女エリザベータ様におかれましては今宵もごきげん麗しゅう存じます」
「面倒な挨拶はよくってよ。ロデリック様、こちらは私の話し相手のポメロー夫人ですの」
「ロデリック殿下、今宵は拝顔の栄に浴し、」
「よい。今夜はこのような楽しい席なのだ。堅苦しい挨拶はいらないよ」
社交の場では身分が低い者から高い者に声をかけることはできない。
この国では王族と並ぶ尊い存在として扱われている聖女は当然、王族と同様にこの場の誰よりも高い地位を持つ。そのため、このような場では王族以外、聖女に声をかけることができるものはいない。聖女にも第二王子にも、二人から声をかけない限り、誰も話しかけることはできないのだ。
聖女は、今夜も自分の話し相手のポメロー夫人に最初に声をかけ、あとは夫人に紹介される人物と会話をする。居並ぶ貴族たちに声をかけて回るなど面倒なことはしない。これが聖女の夜会での定番の過ごし方なのである。
3人の周りには、聖女と第二王子から声をかけてもらおうと、たくさんの貴族達が3人を取り囲むように集まって来た。
「殿下、聖女様、恐縮でございます。 まあ、聖女様! 今宵はひときわ美しく輝いておいでですわ! 胸元に煌めきが一際眩しく素晴らしいですわ!!」
ポメロー夫人は恐縮した様子で顔を上げると、継いで大きな感嘆の声を上げた。もちろん、周りに聞こえるようにだ。
「あら、めざといわね。こちらはロデリック様が今宵のためにと贈ってくださったの」
周囲に「おお!!」 と大きなどよめきが広がる。
「まあ! さようでございましたか! 素晴らしいですわ! ということは、もしやそちらのイヤリングも?」
「ええ」
「まあ! まあ! 素晴らしゅうございますわ!!」
ポメロー夫人の歓声に合わせるように、周囲を取り囲む人々にも再び大きなどよめきが広がる。
「さすがロデリック殿下でいらっしゃいますわ! 聖女様のお美しさと慈悲深さを一層引き立てておられますわ!!」
「私の贈り物で聖女様がさらに美しく人々の心に残るのであれば望外の喜びですね」
第二王子はそう言いながら、聖女の右手を取り、恭しく指先に触れない程度の口づけを落とした。
周囲からはどよめきに加え、歓声とも悲鳴とも呼べない声が上がる。
「ロデリック様は本当にお上手ね。それで、夫人、今宵は何か愉快なお話があって?」
「ええ、ええ! 今宵もお美しく慈悲深い聖女様にご挨拶したいという皆様をご案内いたしましたの。せっかくですのでご紹介させていただいても宜しゅうございますか?」
「許すわ」
聖女エリザベータは鷹揚に微笑んだ。
「ありがとう存じます。こちらは、ーー…」
一目聖女にお目もじをと求める者たちで エリザベータの周りは熱気に包まれて居る。夜会では聖女という立場でいつもちやほやされているが、今宵は第二王子もいるため特別だ。久しぶりに人々から向けられる羨望と嫉妬の視線を感じ、優越感に気分がどんどん高揚していくのを感じていた。
(そうよ。こうでなくてはならないわ。わたくしは、皆が敬い傅くべき聖女なのですもの)
そうだ。自分は選ばれた特別な人間なのだとーー。
聖女と第二王子が人々に囲まれて程なくして、フランネル王国の国王ルシャールをはじめとした王族の来臨が告げられる。皇后とフランネル王国の王太子と王太子妃、第二王子とその婚約者も一緒だ。
エリザベータの華やかな外見とは異なり、王太子妃は艶やかな黒髪の美しいたおやかで上品な美しさ、第二王子の婚約者は可憐な雰囲気の令嬢だ。王太子妃はもちろん、第二王子の婚約者もすでにさまざまな公務に携わっている。王太子妃も第二王子の婚約者も聖女よりもよほど慈善活動に精力的に取り組んでいることもあり、国民からの人気も非常に高い。
エリザベータは華やかな外見と聖女という立場で国民に人気があるが、どちらが国に貢献しているかといえば、自分の好きな社交だけしかしない聖女と比べれば一目瞭然だ。…もちろん、国民はそのような事情までは知らないが…。
先ほどまで聖女にすり寄ってきていた人々も、今はすっかり王族に視線を奪われている。自らを至高な存在として認める聖女エリザベータにとっては全くもって面白くないことだ。
(まったく、王太子妃も第二王子の婚約者も多少家柄が良いだけであんな女のどこが良いのかしら…お話にならないわ)
そんなエリザベータの心をよそに、会場の奥の階段を少し登った位置にある王族用の席では国王ルシャールが歓迎の挨拶を始めていた。
「今宵は我らが友好国であるエネループ王国より視察団を迎えての宴である。我が国との交易を発展と友好を深めるために参られた。視察団団長として来られたロデリック・オーガスト・エネループ殿下もご列席くださっておる。皆、今宵は存分に両国の絆を深めて欲しい」
そう名前を挙げると、ロデリック第二王子が右手を胸に当てて恭しく礼をとる。
「それでは両国の発展と友好に杯を交わそうではないか」
「エネループ王国と我がフランネル王国、両国の発展と友好に!!」
「「「「「「両国の発展と友好に!」」」」」」
国王ルシャールの声に合わせ、会場中の人々が口々に両国の友好を高らかに唱えながらグラスを掲げた。
「それで、向こうは何か動きはありましたか?」
会場の角で騎士団総長のバローム・ライハートにそう尋ねるのは、で宰相のウィルフリード・サントスだ。
「いや、王宮への滞在組については、今のところは第二王子は聖女の離宮に入った以外には特に動きはなかった」
「そうですか…しかし、離宮とは一番厄介ですね」
「ああ、まったくだ。離宮に入られたのはやりにくいことの上ない。あそこの出入りはかなり限定さてされているからな」
離宮は、聖女の安全のために、聖女が許可した者を登録し、その者たちしか出入りできないようになっている。
「さすがに離宮内部の護衛を増やすよう要請しているが、まだ聖女側からの返答は来てない」
「そうですね…まったく聖女殿は何をお考えなのか」
「何も考えていないのだろう。とりあえず、離宮の外と離宮に向かうまでの全ての門の監視は強めてある。それから、勝手に市井に散らばった商人たちだが、恐らく滞在先のおおよその目星はついたと思われる。…しかし、足取りを追えていない商人たちがいるのでな。引き続き追っているところだ」
「よろしくお願いします」
「私の方ではこの会場でも、第二王子と接触する者は漏らさず控えておくように指示を出していますので、また報告しますよ」
「それにしても、あのようにあからさまに聖女に擦り寄るとは、一体何が目的なのか?」
「ええ、それがまだわかりませんね…ただ単に外見が好みということは…いえ、判断するには第二王子の情報が少な過ぎます。これまでほとんど外に姿を見せていませんでしたし、情報統制を行なっていたとしてもあちらの国内での噂も少ない」
「やはり警護と監視をしつつ、様子見するしかないか」
「そうなりますね」
二人は周りに気づかれないようにため息を吐きながら、会場の中心で華々しく人々と交流する聖女と第二王子を見やるのだった。
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