第85話 男たち、聖女の山へ行く
ローベの祭り2日目の今日、アーロンは、ワーグナーと、昨日ローベで合流したばかりのシモンズとダリルと共に、“薬草の聖地”…聖女の山へ向かっていた。
聖女の山への移動は貸し馬車だ。アーロンが、ローベの滞在中に縁があって利用していた貸馬車の翁は、偶然にもシモンズがローベに来る時にいつも利用している貸馬車の翁と同じ人物だった。
「ご主人がおっしゃっていた定期的に聖女の山へ行かれる方とは、シモンズ様のことでしたか!」
アーロンは合点がいったとばかりに手を打つ。世界は広いようで意外と狭いのだ。
祭りの期間中、街の中心部は祭りで大変賑やかだが、その逆に、郊外の方は静かだ。聖女の山への道中は、途中で辻馬車1台とすれ違っただけ。穏やかな陽気の中、四人を乗せた馬車はテルティア山の麓に到着した。
アーロンが先日訪れた時と同じ、小さな丘のような、ちょっと大きめの森のような、こんもりと木々の生い茂る山である。
馬車を降り、麓から山へ向かって歩いていると、やがて、大きな白い門柱のところまで到着する。
「我々が、先日来た時はこの場所まででした」
「私も以前来た時はそうでしたよ」
アーロンの言葉にダリルも答える。
ダリルは治癒薬院で働き始めてしばらくした頃、シモンズと一緒に聖女の山を訪れたことがあるらしく、その時『入れたらラッキー』と考えて入山を試みたのだ。もちろん、入ることはできなかったらしい。普通は入れないのだ。入れる方がよほど貴重で珍しいので、入れなくても何も問題はない。いや、貴重な薬草の採取ができないという問題はあるが。
「私は光属性がないからだと思うのですが、今日はどうでしょうね?」
ダリルがそう言いながら門を通りかけ、立ち止まると肩を竦めた。やはり今日も入れないようだ。
「我々も試してみましょう」
アーロンも、ワーグナーと一緒に門を通るが、やはり前には進むことができない。目には何も見えないのに、やはりそこには見えない何かがあり、その先には進めない。見えない何かが侵入を妨げているのである。
「シモンズ様はやはり通れるのでしょうか?」
「どうでしょうね?」
そう言いながらシモンズが門を通ってみれば、そこには見た通り遮るものは何もないようで、すんなりと先まで進んでいく。
「「「入れた…」」」
その様子を見て、タイミングを合わせたかのようにそう言葉が溢れる三人である。
“山が人を選ぶ”など、にわかには信じられないことで、おとぎ話の世界のお話のようなことだと頭のどこかで思っている部分があった。しかし確かに、自分達は入れない。そして、今まさに入れる人物がいたのだ。頭ではわかってはいても、その様子をリアルに目の前で見ると、何か不思議な世界を垣間見ているような気持ちになる。
「シモンズ様、こちらは見えますか? 私の声は聞こえますか?」
少し先で立ち止まり、こちらを振り返っているシモンズに、アーロンが呼びかける。
「ええ、見えますし聞こえますよ」
「なるほど、見えるし、会話はできるのですね…」
未知の世界に一歩近づいたようで、少し興奮気味のアーロンたちである。何せ今日は入れる人が一緒なのだ。
「では、一旦私がそちらに戻りますね。皆で一緒に試してみましょうか」
「はい、お願いします!」
今日は、シモンズがいつも通り入れるなら、せっかくなのでどうにか入る方法がないかと、色々と試してみることにしているのだ。これからは実験の時間である。
「では、シモンズ様が先頭で、縦一列になり、シモンズ様の後ろを続いて進んでみましょう」
「…………ダメでしたね……」
シモンズは普通に通れるが、他の三人が通れないことは変わらない。
「では次は、一人ずつシモンズと手をつないで通ってみよう」
ダリルが最初に試してみるが通れない、そのあと順に試すが、やはりダメだった。
「…………ダメでしたね……」
「じゃあ次は、ーーーー」
次々、思いつく方法で試してみる。
皆で手をつないで横一列になってみたり、シモンズが一人ずつ負ぶってみたり、反対に、一人ずつシモンズを負ぶってみたり、お互いに魔力を放出しながら通ってみたり、シモンズの光魔法で治癒魔法をかけながら同時に通ってみたり…。
しかし結局、シモンズ以外は門から先には進めなかった。
唯一、シモンズの光魔法で治癒魔法をかけながらであれば、門の中までは進むことができた。しかし、治癒魔法を解くと、シモンズ以外は門の場所まで飛ばされてしまう。
「やはり光魔法なのか…」
「よし、次は、光魔法で治癒をかけ続けながら、どこまで進めるか試してみましょう」
そうやって試してみたものの、門を通ってしばらく進んでいるところで、シモンズ以外は門まで飛ばされてしまう。結局、群生地まではたどり着けなかった。
「やはりダメでしたね……残念です」
「しかし、光魔法を使って工夫すれば、なんとかいけるかもしれないと可能性も見えましたね!」
「ええ、今日はそれだけでも良しとしましょう」
「ということで、シモンズ様、残念ながら我々はやはり入れそうにありませんので、どうぞ先へ行かれてください。我々はこの周辺におりますので。お時間はお気になさらずに」
「申し訳ありません。では、行ってまいりますね」
シモンズはそう言うと門から先へ進み、そのまま薬草の群生地へ向かった。
残ったダリルとアーロン、ワーグナーは門から麓の付近を散策だ。
「ダリル様、薬草は奥にある群生地だけですか? この辺りには薬草はないのでしょうか?」
アーロンから尋ねられたダリルは、「どうだったかな…」と言いながら周辺を歩きながら薬草を探してみる。
「えー…と、ありますね。これは薬草で……こうやって葉を揉み込んで切り傷などに充てると消毒の代わりになる薬草です。ちょっとした切り傷とかの応急処置程度のものですが。 …それから…ああこっちは、毒消しですね。 毒消しと言っても食べ物で当たった時とかに胃腸の働きを助けるという毒消しの実です。…なるほど、この辺りも探せばそれなりに色々ありそうですね」
「それではせっかくですので、我々もここで薬草を採取してみますか。麓とはいえ、せっかくの聖女の山ですから」
「そうしましょう」
意気投合した三人は、早速採取を開始する。と言っても、アーロンとワーグナーは薬草の知識はほぼゼロなので、ダリルの説明を聞き、気になるものがあればダリルに確認をしながらである。
「この細長い葉で、葉裏がオレンジ色になっているものも薬草です。これは解熱剤にも使われているんですよ」
「この花の蜜は、他の薬草と一緒に煎じて飲むと、喉が痛みに効きます」
「この釣鐘のような形の実は怪我をした時に血止めとして使われることがありますね」
ダリルは薬草を見つけると二人に説明をしていく。 あたりをじっくり見てみると、聖女の山は薬草の宝庫だった。もちろん、簡単な応急処置などに使えるくらいのものばかりだが。
「結構な種類の薬草があるのですねえ」
「やってみると宝探しのようで楽しいものですね」
アーロンとワーグナーにとっては初めての採取だが、摘んだものが何かの役に立つのだと思えば一層楽しく感じるものだと思っていた。
「あれ? これは何でしょう?」
茂みを覗き込んで薬草を探していたアーロンの視線の先に、手のひらに収まるほどの大きさで、つるりとした平たい赤い石のようなものが見える。草木の中に赤い色なのでよく目につくのだ。
「どうしました?」と、ダリルもアーロンのそばに来て覗き込む。
「何でしょうね? 宝石ではなさそうですし、石にしてはよく磨かれているようですね…」
「何かありましたか?」
アーロンとダリルが茂みを覗きながら話していると、ワーグナーもやってきた。
アーロンはそのままごそごそと茂みを押し分け屈み、赤い石を取ろうと手を伸ばす。すると突然、アーロンを止めようとワーグナーが大きな声を上げた。
「っ!! それは触ってはいけないっ!!!」
しかし、すでにその時、アーロンの手には赤い石らしきものが握られていた。




