第83話 ローベのお祭りと看板娘2
チュンチュン チュン チュンチュン
小鳥も賑やかにさえずる、お祭り二日目のローベの街は、本日も晴天である。
祭り期間中は街の朝も早い。
夜が明けて朝日が白み始める、いつもはまだ静かなこの時間も、すでに通りからは挨拶を交わす人々の声が聞こえてきた。
「……来た…今日も朝が来たよ……」
マリーはいつものようにアパルトマン3階の自室の窓から、今日も力強くなりそうな日の光と空を恨めしく眺めた。
マリーが泣いてもわめいても、今日は祭り二日目である。
雨でも降っていれば、ピンクのメイド服制服は着たとしても、せめて呼び込み行脚は免れるのでは…と密かに期待していたマリーだったが、どうやら、思い通りには行かなさそうである。この分なら呼び込みは必須だろう。
ごそごそとベットから起き出しリビングに行くと、すでにマリアンヌが朝食準備を始めている。
「あら! マリーちゃん、おはよう。 今朝は早いのね」
「ママ、おはよう!」
料理の手を止めてやってきたマリアンヌにぎゅーっと抱きしめられ、同じように抱きしめ返す。いつもの朝の挨拶だ。
「昨日は慣れない1日だったでしょう? マリーちゃん、疲れは出てない?」
「うん、大丈夫。元気だよ」
「本当に? ほら、お顔を見せて?」
時々、ちょっと天然かも? と思うこともあるマリアンヌだが、こういうところはしっかりと母親である。
「うん、顔色はいいし、目も充血してないし、それに、うちのマリーは今日もとっても可愛いわ!」
「えへへへ」
元大人であるマリーだが、やっぱり母親に褒められるのは無条件に嬉しい。つい反射で喜んでしまう自分がちょっと恥ずかしくて、いつものように「えへへへ」とデレてしまうのだ。
(あっ! 体調が悪いって言っとけば、呼び込みしなくてすんだかも…!)
しかし、そう思ったところで、もはや後の祭りである。案外、往生際の悪いマリーなのだった。
(あーあー…貴重なチャンスだったのにぃ!アホだよわたし!……もう、こうなったら仕方ないよね。身近な幸せ探しでもするしかないか…)
マリーは気を取り直してマリアンヌに尋ねた。
「ママ、今日の朝ごはんはなあに?」
「うふふ。今日はマリーの好きなパンケーキと、サラダとスープよ!」
「嬉しい! パンケーキ大好き! わたし、バターと蜂蜜たっぷりのがいい!」
「わかってるわよ! さあ、顔を洗っていらっしゃい」
この世界にはパンケーキはなかったようで、マリーがマリアンヌにリクエストして作ってもらって以来、マリーの家での定番の朝食メニューの1つとなっている。
前世でのパンケーキといえば、スタンダードなものから、ふわふわパンケーキ、お料理系のパンケーキなどいろいろなバリエーションがあったが、マリーは前世から、パンケーキは“甘い派”である。それも、王道の“バターと蜂蜜”一択だ。
それに、できればバターも蜂蜜も、たっぷり、たっぷり、たっぷり派である。
ちなみに、セルジュは薄めに焼いたパンケーキに、目玉焼きとカリカリに焼いたベーコンを添えて食べるのが好みだ。前世でもカフェなどでもよく見かけた人気でお洒落な食べ方だが、やっぱり、マリーは段然“甘い派”である。誰がなんと言おうと、“甘い派”である。
(そういえば、前世ではよくカフェとかにあったけど、パンケーキを何枚も重ねて生クリームをたっぷり盛ったスイーツ、食堂で出してもいいかも? 作り置きしてマジックバックにストックしておけば、すぐ出せるよね! お祭りが終わったら、トーマス料理長に相談してみよ!)
そんなことを考えながら顔を洗っていたマリーは、不意に大切なことを思い出す。
(はっ! そういえば、マジックバックってシモンズさんにお返ししないといけないんじゃない? 自由に使っていいって言われてたから、勝手に借りっぱなしにしてたけど、高価な魔道具なんだもんね!! やば! 会ったら聞いてみないと! あ! それに、“薬草の聖地”の件も確認しておかないといけないんだった!)
顔を洗ってリビングに戻ると、セルジュも起きてきている。
「マリー!!」
ダダっと、効果音がつきそうな勢いで、マリーを抱きしめてくる。
「おはよう! 僕のマリー! 僕の天使の今日のご機嫌はいかがかな?」
「パパ、おはよう…今日も元気だね」
「なんだい? マリーは、ちょっと元気がないのか? それならパパが、」
今朝もご機嫌なセルジュだが、マリーは確かめておかなければいけないことがある。
「パパ、あのね? 昨日、お祭りの会場を回ってた時に、“噂の天使ちゃん”とか、やどり木亭の聖女サマ”って言ってる人がいたの…。パパ、マリーとの約束、破ったりしてないよね? この間の領主様まで巻き込んだ騒ぎになったら困るし、恥ずかしいから、お外では言わないでってお願いしたこと、忘れたりしてないよね?」
しゅん…と悲しげな顔でそう尋ねると、セルジュは 「うっ」 と言葉を詰まらせ、視線を泳がせる。
「も、もちろんだよ…パパがマリーを悲しませるようなことをするわけないだろう? …でも、不可抗力っていうことはあるかもしれないけど…」
後半の方は、何やら口の中でごにょごにょと言っていてよく聞こえない。
「本当? それなら良かった! パパのことを“パパ”って呼べなくなったら悲しいもん」
領主様を巻き込んだ “聖女を騙ったために王都に連行されると侯爵様が勘違いした件”の後、セルジュに約束させたお仕置き案件…『今度こんなことがあったら、もうパパって呼ばないで“おじさん”って呼ぶからね!!』 である。
セルジュは再び 「うっ」 と言葉を詰まらせると、視線を泳がせながら、目に見えて慌て出した。
「マリー、だ、大丈夫だよ! わかってる! でも、パパはこれからも永遠にマリーのパパだからね!!!」
(本当に分かってるのかな…これは、一度くらい “おじさん”って呼ぶべきか…)
マリーを大切に可愛がってくれるのは有り難いけれど、またあんな騒動が起きる前に、懲りない親馬鹿には、きつめのお灸も必要かもしれない。と思うマリーである。
朝食を済ませたマリーは庭に出て、日課の薬草のチェックと水やりだ。
いつものように薬草に触れたりしながらチェックを始めた時、マリーはふと違和感に気付いく。
(ん? あれ?? ん???)
マリーは首を傾げながら薬草から手を離し、目をパチパチさせた後、まじまじと手のひらを見る。
そして、もう一度、今度は別の薬草を触ってみた。
(んーー?? あれーーーーーー?? ……え? ちょ、ちょっと…)
マリーは慌てて薬草から手を離すと、目の前を見ながら目をパチパチさせ、もう一度、まじまじと手のひらを見る。
そして、やはりもう一度、今度は別の薬草を触ってみた。
(ええっ! やっぱり…なんか…なんか見えてる…!! な、なんで? これ、なにーーーー?!)
薬草を触ると、マリーの目の前の空中に、マリーが触った薬草の名前や効能が、うっすらと表示されるではないか。
そう、マリーはよく知らないが、乙女ゲームとかの異世界転生ものでよく出てくる、ステータスウィンドウのようなアレである。
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ラベンダー(特)
薬草/花、葉
鎮静鎮痛、安眠、抗うつ、鎮痙、抗菌、抗感染、抗炎症、細胞促進、バランス、虫除け
万能
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「なんか、み…見えてる…えっと、こっちのは?」
マリーは他の薬草を触ってみる。
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レモングラス(特)
薬草/葉や茎
強壮、鎮静鎮痛、抗炎症、血行促進、抗菌、抗真菌、消臭、虫除け
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「……やっぱり、み、見えてる!!」
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ローズマリー(特)
薬草/先端部の花や葉
活性、鎮痛、血行促進、細胞促進、抗菌、抗感染、虫除け
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他の薬草を触っても、同様である。
触った薬草の名前と効能が、うっすらと書かれているのが見えるのだ。
「な、な、な、………」
驚きのあまり言葉が続かない。
(一体どういうこと?!)
何が起きているのか理解できずに一瞬呆然となるマリーだが、次の瞬間、一つの回答に思い至る。
「こ、これは、もしかして…パワスポ効果のバージョンアップ…?」
マリーが考えつくといえば、これしかない。
(毎日、聖地特典のパワスポ効果でお水をあげてたから? 毎日の積み重なってバージョンアップしたのかな?)
誰も正解を教えてくれる人はいないけれど、それは、半分くらいは正解で、半分くらいは不正解である。
バージョンアップしたのは、聖地の特典でもパワスポ効果でもなく、無自覚なままにも関わらず、毎日の聖女の力による水やりの積み重ねで、ちょっぴりアップしてしまったマリーの聖女の力だ。
しかし、残念ながら、マリーはまだ、自分が聖女だなどと1ミクロンも知らない。正解に至らずとも致し方がないのである。
(パワスポ効果って、ほんと高性能…。なんか魔法度っていうか、ファンタジー度が一気に上がったよ! 空中に文字が浮かんでるなんて、映画みたいでなんかかっこいいし!)
「ふぁ、ファンタジーー…っ!」
慣れてみれば、目の前にうっすらと、スイッと浮き出るように表示される文字が面白くて、次から次に薬草を触って試す。
(しかも、触ったら名前と効能がわかるって超便利! 前世のハーブの名前とか効能とかうろ覚えだったし…前世のものが、この世界の薬草と全く同じ効果って訳でもないだろうし!)
「欲を言えば、もう少し濃く見えると見やすいんだけど…」とぶつぶつ言いながら、次々に薬草を触りながらどんどん試す。
これ、なんだったっけ?という薬草も、香りだけハーブっぽかったから摘んできてとりあえず植えていた薬草も、どれを触っても、名前と効能が確認できる。
(うわぁ、これ、ほんとにめちゃくちゃ優秀なんだけど!!! バージョンアップ万歳!! 神様、ありがとうございます!! …あ…祈っちゃった!)
最近は、オリバー支配人とジェニーから、「薬草にどんな影響が出るかわからないから簡単に祈らないように」と言われていたので、神様へ祈るのを控えていたのだな、テンションが上がった勢いのままに、うっかりと祈ってしまった。
まずい! と思ったマリーだが、現れたのはいつもと同じ、キラキラと霧雨のような金色の光が輝きながら薬草に舞い落ちる。
「あれ?『えいっ!!』 じゃなくて、お祈りでも水やりできるのかな?ふむふむ?」
そうやってテンションが上がったり、考え込んだりと大忙しだったマリーは、自分のことを、物陰からじっと見つめている人影には、ついぞ気づくことは無かったのである。




