第82話 ローベのお祭りと看板娘
「お…終わった…!終わったーーー!!」
ようやく終えたローベのお祭り1日目の達成感…というよりは、ようやくピンクのメイド服制服から解放される喜びに包まれるマリー、聖女(無自覚)、12歳である。
ジェニーの“秘策”という名の、「ピンクのメイド服制服を着て、呼び込みをする!」 計画に嵌められて、ピンクのメイド服制服に身を包んだマリーは、精神をゴリゴリ削られながらローベの街で呼び込みをして回るという苦行をやり抜き、日が沈み始めたこの時間、ついに、販売見込みで立てた目標数を達成した。
顔見知りに会う度に、誰かに声をかけられる度に、今日一日だけで、何度恥ずか死んだかわからない。
しかし、そもそも、やどり木亭の食堂の制服にメイド服を考えたのは自分である。
もちろん、こんなファンシーなピンク色ではなく、白と黒のストライプでもう少し落ち着いた感じだし、小洒落た感じだし、スカートだって安心の膝丈だが。
(くっ…!メイド服を制服にしたわたしのバカ!)
マリーは恥ずか死ぬ度に、メイド服制服を導入した自分を恨んだ。
マリーは、小さな顔の中に程よい大きさの目鼻立ちで、見るからにパッと華やかな子供らしい愛らしさとは異なる。しかし、一見地味ながら十分に整った顔立ちだ。
嘆かわしいことに、言動が美少女のイメージからは少し遠いところが玉に瑕なのだが、黙っていればピンクであろうがフリフリであろうが違和感なく着こなせる容姿なのである。
しかし、マリーにとっては、華やかな美男美女である両親が基準となってしまっているため、それと比較して、自分の顔が“普通”だと思いこんで育った、その環境には同情の余地があるかもしれない。
しかしハタから見れば十分に美少女なので、本人がどれだけ嫌がろうと、似合わない! と恥ずかしがろうと、ピンクのメイド服制服も、恥ずかしそうに嫌がる姿も、ただただただただ、もじもじしていて、余計に可愛らしく見えるだけなのである。
「マリーちゃん、おつかれさま! さすが、看板娘だわぁ!」
「………ジェニーさん…おつかれさまです……」
マリーはじとりと、ジェニーを見返す。
「やぁねえ、そんな顔して! 評判、ものすごくよかったじゃない! さすがだわあ!」
「そうですよ、マリーさん! とってもかわいいんですから! 私の友達もめちゃくちゃ褒めてましたよ! それに、二人で回った呼び込みも楽しかったですよね! また明日もよろしくお願いしますね!」
メリナちゃんが安定のいい子である。
「メリナちゃん…! こちらこそ、明日もよろしくお願いします!」
「マリーさん! 目標達成、やりましたね。 お疲れ様でした!」
「うう…支配人〜〜! 達成できてよかったです…! ありがとうございました!」
マリーとメリナによるメイド服制服での祭り会場での呼び込みは、マリーにとっては大変遺憾なことだが、宣伝効果は抜群で大成功だった。
「おやおやまあまあ! かわいいお二人さんだね! どこの店だい?」
「おや! かわいい売り子さんだね! どこの店かな?」
「あらぁ! 可愛い二人組ね!! どこですって? やどり木亭? 後で行くわ!」
「ちょっと、あんた! 見てごらんよ! かわいい娘たちがこんなかわいい格好して! あんたたち、どこの店なんだい?」
「おおお、マリーちゃんじゃないか!! 今日はいつもとだいぶ印象が違うな。とても似合っててかわいいぞ!! この間はどうもありがとう!」
「お! その制服は、もしかしてやどり木亭か? 今日はいつもと違う色だね! お! もしかして、そっちのピンクちゃんは噂の天使ちゃん?」
「え? やどり木亭の聖女サマってあのピンクの子? いや、聖女って言うか、天使じゃね?」
「おおお! 神よ、感謝します…!」
若干、「噂の天使」 とか 「聖女」 とか聞き捨てならない不穏な言葉が聞こえてきたが、この際、マリーは何も考えないことにした。このピンクのメイド服制服とともに、マリーの黒歴史として葬り去るつもりである。
と、こんな感じで、広場までの道のりを何往復かする度に、わらわらわらわらっとかなりの頻度で取り囲まれ、様々な言葉をかけられつつ、しっかり宣伝した。
おまけに何度かは、カルガモ親子の隊列のように、ずらりとお客様を先導してやどり木亭に戻ったりもした。
想像以上に有益な集客活動となってしまった結果、「こんな制服着て呼び込みしたって効果が無いから、もうやめましょう!」 と言えなくなってしまったマリーである。
おまけに、出店の様子を見に来たセルジュには、
「マリー!! 僕の天使!! な、なんて可愛いんだ!!! 神よ! 今日の素晴らしい日に感謝します!!! ああ、マリー! 本当にかわいいよ!! やはり聖女…いや、今日は断然天使か…」
などとしつこく感激され、
「マリー! ああ、ちょっと待って! 今パパが天使の肖像画を…!」
としつこく絡まれ、
「おや? ちょっと待って? マリー、スカート丈が少し短いんじゃないかい? なっ…メリナちゃんより短いじゃないか!! ダメだろう!? …いや、しかし、これでこそマリーの溌剌とした可愛らしさがよく表現されている!…くっ…神よ…これが試練なのですか…っ!!」
としつこく絡まれた。
やめて欲しい。「試練なのはこっちだよ!」 と喉まで出かかったマリーである。
と、まあしかしながら、何度かは確実に恥ずか死んだとはいえ、無事に1日目の目標を達成することができたのは事実だった。
(……まあ……とにかく目標達成できたことだし、よしとしなきゃね…)
マリーにとっての優先順位は、自分の羞恥より宿の売り上げだ。
マリーはプライオリティを正しく判断できる12歳なのである。
「あれ、マリーちゃん?」
マリーがげっそりと、これまでにない疲れを感じながら出店の片付けをしていたところに声がかけられた。
(し、しまった! 先に着替えとくんだったーー!)
ピンクのメイド服制服から解放される安堵感から、つい油断してしまっていたマリーだったが、今更逃げ出す訳にもいかず、恐る恐る振り返ってみると、そこにいたのは、シモンズとダリルだ。
引きつりそうになる顔を必死に笑顔にして挨拶である。
「シ、シモンズさん、ダリルさん! こんばんは!」
「お! 今日は随分かわいい格好してるな?」
「うん。本当に! マリーちゃん、とってもかわいいよ!」
超絶美形とそこそこのイケメンから満面の笑みで素直に褒められて、再び恥ずか死ぬマリーだが、二人は微笑ましいものを見るようにニコニコとこちらを見ている。
(ううっ…恥ずかしい…ムリ……)
いたたまれないマリーは急いで話題を変えることにした。
「き、今日はどうなさってたんですか?」
「祭りの会場を回ってきたんだ」
「祭り、凄いな! 聞いてたけど、想像以上に凄い人だったよ」
「そうですよね! わたしもお祭りは今年が初めてで、驚きました! この辺りも賑わったんですよ!」
「出店はどうだったの?」
「おかげさまで、本日の想定目標は達成しました! だってわたし、呼び込み頑張ったので!」
自分の今の姿も忘れて、ふんす! とドヤるマリーである。
「ふふふっ。確かにかわいいもんね。さすが、看板娘だね!」
超絶美形にそう微笑まれ、自分の姿を思い出し、マリーは慌てて話題を変える。
「お二人は、何か良いものを見つけられましたか?」
「ええ、面白いものを」
ゴソゴソとシモンズが取り出したのは、高級そうなケースに入れられた、これまた高級そうな黒い艶のあるペンと、カードの束である。
「これはね、“手で持たなくても声に反応して文字が書ける代筆ペン”と“特定の人に向けて書いた文字が相手以外に見えなくなるメッセージカード”なんだ」
「へええ?」
「こうやって、ーーー」
シモンズがその用途を説明しながら、実際に使ってみせてくれる。
すると、誰も手に持っていないのに、ペンが一人で宙に浮き、シモンズの言葉に合わせて、動いて文字を綴っていくではないか。
「ふぁぁぁぁぁ! ペンが! ペンが、一人で動いてる!」
「ふふふ。面白いよね!』
「はい! 面白いし、すごいです!!!」
ついさっきまでの恥ずかしさも吹き飛び、大興奮のマリーである。
「え! なんでなんで? これってどうなってるんですか?!」
「登録者の魔力か魔石かで動くんだよ」
「わぁ、魔力で?! ファ、ファンタジー…!!!」
「ふふふ。それでこっちは、メッセージカードなんだけど、」
“特定の人に向けて書いた文字が相手以外に見えなくなるメッセージカード”である。
「これはさっきダリルの魔力を登録したカードなんだ。登録した相手にしか文字が見えなくなるんだよ」
早速シモンズが、一人で文字が書ける代筆ペンでメッセージカードに文字を書いていくと、書いた数秒後には文字が順に消えていく。
「ふぁぁぁぁぁ! 文字が消えてる…!! え、どうやって?!」
「で、これを俺が持って魔力を通すと…ほら」
ダリルがカードを持つと、それまで消えていたカードに書かれた文字が再び現れる。
「うわぁぁぁぁぁ! 文字がまた現れた!!! すごい〜〜〜〜〜〜!!!」
「でもね、このカード、書いた本人にも見えなくなっちゃうから、書き直しとかできないんだよね。書いた内容も見直せないし」
「え? それはちょっと不便なんじゃ…」
「だよね。それに、読む相手の事前登録も必要だし、魔力も必要だから、あまり使い勝手が良くなかったみたいで、売れなかったみたいだよ。 それで、ペンを購入したおまけに、お店の人がくれたんだ」
「な、なるほど…?」
どうやら、在庫処分アイテムだったらしい。
そんな売れないアイテムをおまけにだなんて、失礼にならないのだろうか? それとも、こういう魔道具を購入するような人は、遊び心も理解できる寛容な人だから特に問題ないのか、ちょっぴり考えてしまうマリーだった。
「他にもいろんな魔道具があったよ? 店のお仕事もあるだろうけど、マリーちゃんも呼び込みの時に覗いてみたら?」
「はっ! そうですね。近くまで行けたら覗いてみます!」
マリーの身の回りには、前世の家電的な魔道具あるものの、マリーの中にある、「いかにも魔法らしい」イメージの魔道具にはなかなか出会えていない。シモンズのマジックバック以来だ。
おかげで、久しぶりのファンタジー要素の高さに大満足のマリーだった。




