第80話 ローベのお祭り3
シモンズとダリルは、無言で、宿の部屋のダイニングに向かい合って座っていた。
先ほど見たばかりの信じられない光景が、頭から離れないからだ。
シモンズは、もう何度も、先ほどの光景を頭の中で思い出していた。
青々と繁る薬草と風に揺れる色とりどりの花、朝日に照らされて美しく輝くそれらに降り注ぐ、金色に煌めく霧のような雨のような光。
あまりの美しさに息をするのも忘れるほどで、シモンズの頭には、聖女に関する書物に記されていた一文が浮かんだのだ。
(「聖女が辺り一面に金色にきらめく雨を降らせる」か。…やっぱりあれは「聖女の金色の雨」だったのか…でも…そんなことがあるわけないのにな…)
すでに200年以上も前のことだ。どれだけ考えても正解を知る者は誰もいない。
一方のダリルもやはり、頭の中で先ほど見た驚きの光景を思い出していた。
大きくのびのびと葉や枝を伸ばした薬草たち、あるいは、鮮やかに美しい花を咲かせ、吹く風にゆるゆると揺れるその様子を。
(あれは一体どういうことなんだ? なんで“女神の恵み”があんなに育ってる?! 他の薬草だってそうだ。元々あった場所以外では決して育つことのない貴重な薬草たちなのに…あり得ないだろう!)
「なぁ、シモンズ」
「ねぇ、ダリル」
お互いに、全く同じタイミングで声をかけたことに思わず苦笑する。
「お前、さっきのあれ、どう思う?」
「薬草のことだろう? …うん…まあ、どう考えてもあり得ないよね…」
“薬草の聖地”で採れる薬草を栽培することはできないか、治癒薬院ではこの200年間、ずっと研究を続けている。しかし、これまでただの一度だって成功したことはない。シモンズにしてもそうである。それなのに…。
あの時、庭でフラつきながら戻ってきたダリルを見て、自分と同じ様に大きな衝撃を受けて混乱しているダリルを見て、とりあえず部屋に戻り、頭を冷やして考えることにしたのだった。
「“女神の恵み”まであったろ?」
「あったよ。“月の雫”もあったし…他にも色々あったよね。育つはずのないものが…僕、“薬草の聖地”以外で植わってるのを見たの、初めてだ…」
「だろうな…一体どういうことなんだ……」
答えは至って簡単である。マリーが聖女だからで、聖女の力を注ぐことができるからだ。
ただ残念なことに、まだ誰もそれを知らないだけなのである。
「…わからない……ダリル、実は、それよりもさ、」
「え、なんだ? まさか、まだ何かあるっていうのか? いや、ちょっと待て? これ以上、もう無理だぞ!!」
「僕、見たかもしれない」
「み、見たって、何を?」
「多分…………“聖女の金色の雨”。聖女の書物に遺されている、“聖女の金色の雨”…」
「……はあああ〜〜〜〜〜????」
シモンズから落とされたその言葉を理解できずに、しばらく呆けるダリル。
そして、本日二度目となるダリの盛大な叫び声が、やどり木亭のアパルトマンに響いたのだった。
※
「おー、賑わってる賑わってる」
「話には聞いていたけど、すごい人だね」
二人がいるのは、ローベの公館とギルドの並ぶ広場…祭りのメイン会場だ。
昨夜運河港に到着して宿に行くまでにも十分に賑わいを感じていたが、一夜明け、いざ祭り初日となると、まったく比にならない程の人出である。
信じ難い光景を目にし、大いに混乱していた二人だったが、「あーーーもーーーー、訳わかんねぇ」 というダリルの言葉にシモンズも激しく同意し、気分転換を兼ねて外出することにしたのだ。
信じられない出来事に出くわした時、自分の理解できるキャパを超えてしまった時は、何も考えないのが一番なのである。
「お、これは出店リストだな」
広場から市街の大通りや路地に至るまで、出店が記載された地図には番号が割り振られ、余白と裏面には出店店舗の名前と商品やジャンルが簡単に紹介されている。
「へえ、これは親切だね」
「それだけ力を入れてるイベントってことだな」
「あ、やどり木亭も載ってるね」
すかさず宿の名前を探すあたり、やはりシモンズは、随分とやどり木亭を気に入っているらしい。
地図のリストには、やどり木亭以外にも、日用品や食べ物から魔道具まで、ありとあらゆるたくさんの商品が掲載されていた。
「なるほど、ここがメイン会場なんだな」
通りの両脇にある出店を覗きながら、ゆっくりと進む。
「魔道具の店が多いみたいだね」
やはりメイン会場には高額な魔道具の販売が集中するらしい。
「こっちの店は生活魔道具か」
広場の出店はほとんどが、屋根だけの広めのテントのような造りになっており、中には、ショーケースや展示台が置かれ、いくつもの魔道具が陳列されていた。
“洋服をかけるだけで自動浄化してシワまで取れる洗濯要らずハンガー”
“いつでも干したてのお陽様の香りに包まれて寝られるベッド”
“靴箱に収納すると自動で靴を磨く靴磨きシュークローゼット”
“手で持たなくても声に反応して文字が書ける代筆ペン”
“門を自動で開く自動式扉”
「へえ!色々あるんだな」
「面白いものが多いね。… “手で持たなくても声に反応して文字が書ける代筆ペン”って、研究しながらメモが取れるってことかな…ダリル、ちょっと見てもいいかい?」
シモンズのお眼鏡にかなったのは、その名の通り、手に持たなくても声に反応して文字が書ける代筆ペンだ。
店員にあれこれ質問をしながら試用品を試している。
「へぇ、自分の魔力でも魔石でも、どちらも動力にできるんだ…魔力の場合は使いながら貯められるのか……継続使用は…7時間? うん、悪くないね」
「これって例えば、数人で話す言葉を書き取ったりする事もできるの?…そう、それは無理……なるほど、最初に登録した声を判別して反応するのか。じゃあ、登録できる人数は?」
シモンズの興味がつきない。
薬草の研究で手が塞がっている状態でも、手を止めずにメモができればと考えたのだろうが、別にそれくらい手を空けてメモを書けばいいのではと考えてしまうダリルである。
(俺ならそうだな… “いつでも干したてのお陽様の香りに包まれて寝られるベッド”だな。自浄作用で布団を常に清潔に保ち掃除いらずで、さらに太陽に干した時と同じ質感と“匂い”をキープって、毎日寝る時最高だろ。…いや、布団から離れられなくなるか…)
結局、シモンズは“手で持たなくても声に反応して文字が書ける代筆ペン”をお買い上げである。
そこそこ高価なもののため店員が大喜びし、おまけにと“特定の人に向けて書いた文字が相手以外に見えなくなるメッセージカード”の束を一冊つけてくれた。
まだ関係を秘密にしなければならない恋人同士の恋文交換のために開発したらしいが、書く方も読む方も魔力が必要なこと、魔力による事前登録が必要なことで使用できる人が限定されてしまうことと、事前登録が不便だからなどの理由であまり流通しなかった品物だそうだ。
「へえ!これ面白いな!」
「ふふふ。試しに魔力を登録してみよう! ほらダリルはこっちの分に! 僕はこっちの分に…魔力の登録方法は…と……よし、できた!」
「俺もだ。じゃあ書いてみるぞ」
「僕も試してみよう。…あ、僕はこのペンを使って…『ダリルへ、いつもありがとう。シモンズより』」
「おお!本当に自動でペンが動いてんな!」
「不思議な感じだよね!あー……このカード、書いたそばから、書いた本人にも見えなくなるのか… 間違えても書き直せないよね?」
「だな。読み返したりもできないな…」
「ダリル、じゃあこれちょっと待ってみて?」
「えーと、手に持って魔力を通すんだな。…おお!見えるぞ!」
「僕には見えないよ。書いた本人には見えない訳か…」
なるほど。流行らなかった理由が、早速、色々とわかるような気がするシモンズとダリルである。
とはいえ、そのカードは単純に面白く、ゲームのようで、シモンズもダリルも大満足で次の店に向かったのだった。




