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第73話 シモンズ、ローベの街へ

「くあ〜〜〜〜〜〜〜〜! 着いたな! おい、シモンズ、外はいい天気だぞ」


「ああ、着いたね」


 穏やかに流れる運河を、少しずつ沈んでいく夕日が赤く照らす中、二人は定期船の甲板に出て大きく背伸びをする。


 王都の治癒薬院から、東部に向かう馬車に紛れて出発した二人は、途中で何度か馬車を乗り換え、南部へ下り、その後定期船に乗ってローベ入りするという、王都から直接来るときの倍の日数をかけて、ようやくローベへ到着した。


 運河港の桟橋には、大小様々な大きさの船が係留されている。

 時刻はすでに、最終の定期便が到着する夕暮れ時だ。この中の幾つかの船は、このまま港に停泊するのだろう。



「結構な数の船が停まってんのな。ローベって第2の王都っていうだけあって、賑わってるんだな!」


「あれ、本当だ。随分と船が多いね? いつもはこんなにたくさん船はないんだけど」


「なんだ、兄ちゃんたち知らねえのかい?ローベは明日から年に1度の祭りだからな! そこいら中から人が集まっててすげえぞ!!」


 ちょうど近くで作業をしていた船員が話しかけてくる。


「祭りですか?」


「ああ、ローベの商工会が毎年開催する祭りだよ。外国からの観光客や買い付けに来る商人も多いんだ。事前の下調べで早くに入る商人達も多いからよ。いつも祭りの1週間前にくらいのからこんな状況よ!」


「へえ! それはさぞ賑やかなんでしょうね」


「そりゃあすごいさ! 通りの店先や広場にたくさん出店も出てるし、美味いもんもあるし、掘り出し物もあるからよ! いつまでいるんだい?」


「1週間くらいの予定です」


「ははっ! そりゃいい! 楽しんできな!」


「ありがとうございます!」


「なあ、シモンズ」


 シモンズが船員と話し終わると、ダリルが声をかけてくる。


「なんだい?ダリル」


「…いや、お前さ、いつも行く宿って、今日泊れんの?」


「っ!!」


 ダリルの質問に、そんなこと考えもしていなかったという驚愕の顔でダリルを見返すシモンズである。


「……わからない…。確かに、前回予約して帰ったのは2ヶ月後の宿泊だ…今日はそれより少し早いから予約できてないし…泊まれない可能性はあるよね…」


 友の落ち込みっぷりが痛々しい。

 ポーション作りのハードワークに、人目を忍んでの遠回りでのローベ入り。

 そして、最も疲弊する原因だった立て続けの聖女からの召喚。それらによる疲労が全く抜けていないシモンズだ。

 いつもの宿は居心地が良く、加えて、食事も美味しく疲れが取れるからと、シモンズが道中、ローベでその宿に泊まることを、密かにひたすら楽しみにしていたことを、ダリルは知っているのだ。


(食事なんてポーションでいいって言ってた奴がな…)


「お、おう、そうだな。まあ、行ってみるしかないだろ…」


早速、悲壮感漂うシモンズである。




 船を降りると、辻馬車や幾つかの貸し馬車が停まっている中、幌一面に大きく絵が描かれた1台の馬車があった。



「あれが宿の馬車なんだ」


 宿に泊まれない可能性に、すっかり気落ちしたしまったシモンズの案内で幌付き馬車に向かう。


「宿まで頼みたいのだが」


「どうぞお乗りください」


「今日、部屋は取れるだろうか…」


「今日ですか…明日からの祭りの関係で、数日前から満室なんです……いや! お、お客様、行ってみないとわかりません! 予約のキャンセルが出ることもありますから!! お手数ですが、フロントで確認していただくのが良いと思います!」


えらく男前な御者が、シモンズの落ち込みぶりに慌ててフォローしてくる。


「…そうだよね…。ありがとう」


 あまりにも沈痛な表情でそう答えるシモンズに御者も大変気の毒そうに見ているが、しかし、満室であれば仕方がない。

 幌馬車は宿へ向かう客を乗せて満席になった。




 日が暮れ出すと後は早い。

 運河港を出る時は夕焼けに赤く染まっていた空も、幌馬車が宿に着く頃にはほとんど日は沈み、あたりは一気に薄暗くなる。

 沈んだ太陽の代わりに魔導灯が辺りを照らし始めるローべの街は、沢山の人で溢れかえっていた。


 そんな中ダリルは、依然として沈痛な面持ちのシモンズを連れて、宿のフロントへ向かった。





「お客様、大変申し訳ございません。あいにく、すでに部屋は満室でして、本日からのご宿泊を承ることができない状況でございます」


「……っ!!」


(やっぱりダメだったか…あれだけ人が溢れてれば、仕方ないよな………しかし、こいつが製薬や研究以外の事で、こんなに何かに執着するなんて、本当に珍しい)


 ショックで打ちひしがれる友を見ながら、どうしたものかと、ため息をつくダリルである。




 *




「ま〜んし〜つ! ま〜んし〜つ! う〜れし〜いな〜♪ いえ〜い!

  ま〜んしっつ! ま〜んしっつ! まんしつっだよ〜! いやっふ〜!」



 マリーは自作の「祝・満室のうた」(?)を歌いながら、フロントの裏手にある執務室で、明日からの祭りの最終確認をしていた。


「やどり木亭をお客様に喜んでもらえる宿にする計画」から早数ヶ月。

 なんと、やどり木亭は、なかなか到達できていなかった宿泊の悲願の満室を、ついに4日前から達成しているのだ。


 ローベの街は祭り前ということで、1週間ほど前から格段に人出が増えた。やどり木亭も、その恩恵を受けている、という訳だ。

 とはいえ、昨年は祭りの時期でも宿泊客は客室の半数を切っていたと聞いた。しかし、今年は満室だ。ということは、祭り効果の棚ぼただろうがなんだろうが、それだけ、宿の魅力が上がっだということだろう。

 すなわち、目標達成には違いないのである。


(ついに満室だよ! 稼働率100%だよ! ああ〜〜、こんな日が来るなんて、感激だよ〜〜〜!!神様、ありがとう〜〜!!!)


「ふふふふ」


 ようやくの満室に、ニヤニヤ笑いが止まらないマリーだ。



「ま〜んし〜つ! ま〜んし〜つ! う〜れし〜いな〜♪ いえ〜い!

 ま〜んしっつ! ま〜んしっつ! まんしつっだよ〜! いやっふ〜!」



「マリーさん、ちょっといいですか?」


 マリーがニマニマしながら「祝・満室のうた」を歌っていると、フロントからオリバー支配人が入ってきた。


「あれ、支配人どうされました?」


「実はですね、本日も満室なのですが、予約無しでお泊まりになりたいというお客様がいらっしゃいまして」


「な、なんと…!」


 なんと、満室なだけでなく、さらに宿泊希望者とは!とマリーのテンションがだだ上がりである。

 が、しかし、次の瞬間ハッとする。


「し、 支配人! 1階のお部屋は時間貸し部屋に改装して、もう泊まれなくしちゃいましたよ! お部屋が無いから、お泊めすることができないのでは…!!」


満室で宿泊をお断りしたければならないという、今までになかった初めての事態に、ひどく動揺するマリーである。


「ええ、そうなのです。お断りする事になってしまいますね。…ただ、そのお客様が、まだお名前は伺っていませんが、恐らく、シモンズ様だと思います」


「え? シモンズさん?! 癒薬師の?!」



「シモンズ」の名前を聞き、もちろん、マリーはすぐにあの人間離れした美形が頭に思い浮かんだ。

 やどり木亭で、前代未聞のお弁当60個という大量注文をされたお客様だ。(最終的に購入したのは100個だった)

 しかもシモンズは、ポーションを食事代わりにしていたという不摂生(?)や、宿に到着した際の顔色の悪さで、マリーの心配が止まらなくなったことをきっかけに、前世ではとうにシモンズの年齢を上回っていたマリーが勝手に「面倒を見てあげなきゃいけない、かわいくて心配が尽きない弟分」に指名してしまったのだ。

 でもって、マリーが“薬草の聖地”のことで再会を望んでいた相手でもある。


 お弁当大量発注事件と、その後、薬草関係のことで事あるごとに、マリーが「シモンズさんに確認」と言っていたから、オリバーも覚えていて、マリーに声をかけたのだろう。


「あれ? でも、シモンズさんの次のご予約は、もう少し先だったような…」


「ええ、その通りです。ご予約いただいているのは少し先のものです。今回、予定外にローベにお越しになられたそうで」


「ええ?!ど、どうしよう…!? えっと…ええっと、と、とりあえず、私も表に行きます!!」


 オリバー支配人と一緒にフロントに向かうと、確かに、そこにはいた。相変わらず、人間離れした美形(シモンズ)が。

そして、大変にわかりやすく項垂れていたのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今後のキーパーソンになりそうで心待ちにしていたシモンズ君の再登場と、宿り木亭の部屋を取り損ねた落胆に激しく共感してしまい、書き込みます。 そうですよね、目当ての宿を取れなかった時って、文…
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