第69話 侯爵夫妻のご来店
「うむ。どれも美味いな。私は特に、この甘くないクッキーが気に入った。これは何が入っているのかい?」
「あら! こちらのケーキ、シンプルだけどとても美味しいわ! それに爽やかな香りがいいわね。これが薬草の香りなの?」
祭りがあと4日後に迫った今日、やどり木亭の食堂には先日の宣言通りに侯爵が夫人を伴って訪れていた。
マリーも、セルジュとオリバー支配人、マリアンヌとともに出迎えだけをして失礼したのだが、なぜか現在、夫妻のテーブルに一緒に座っているマリーである。
(うう…何故にわたしが同席?! き、貴族って怖い…)
ニコルとマリーが新しく作ったハーブを使った新作スイーツは、やどり木亭の従業員による試食でも大好評だった。
子供や女性には甘いもの、レモングラスのパウンドケーキ、レモングラスのクッキー、ラベンダーとローズマリーのクッキーが人気で、甘いものが苦手な人や男性にはローズマリーとバジルのクッキーと、チーズとバジルのクッキーが好評だ。
商会の仕事で各国の美味しいものを知っているオリバー支配人からも 「これなら貴族にお出ししても問題ありませんね!どれも、とても美味しいです」 とお墨付きである。
早速、宿泊や食堂利用のお客様には、クッキーを新作の試食やお土産としてお渡ししている。
前世のスーパーの試食販売のように、新しいものは何でも実際に試してもらうのが一番の宣伝だと思っているマリーだ。
肝心の侯爵様には、セルジュに頼んで侯爵家へお礼として持って行ってもらおうと思っていたところ、侯爵が前回の言葉通り、夫人を伴って食堂を訪れるという連絡が入ったのだ。
「ということで、ニコルさん、お仕事です! この日、侯爵ご夫妻がご来店されますので、新作スイーツを全種類用意してもらえますか?」
「侯爵?! そそそれって、領主様ってことか?!」
「そうですよ。 えーーっと、お土産用には、パウンドケーキのアイシング有りと無しのものをそれぞれ5本ずつでしょ? クッキーは、全種類を小袋に10袋ずつお願いします! 」
侯爵様にはどれくらいの量を差し上げれば良いか迷うものの、パウンドケーキはすぐ傷むものでもないし、クッキーは日持ちもする。それに、使用人に下げ渡したり、騎士団に差し入れたりもできるだろうし、あれば誰かが食べてくれるに違いないと、ちょっと多めに用意することにする。“大は小を兼ねる”、である。
それに、薬草入りのスイーツは珍しい。貴族には、新しいもの、珍しいものは話題にもなって良いので、侯爵夫妻が社交の際に使えるかもしれないからと、オリバー支配人が教えてくれたのだ。
「それから、余力があれば、もっとたくさん作ってくださいね! 宿のお客様とか、食堂のお客様への試食は続けたいので」
「おっしゃーーー! マリーちゃん、任せとけえええ!!! うおーーーー!」
ニコルは領主である侯爵夫妻に自分の作ったスイーツをお出しすると聞いて大興奮だ。随分と気合いが入っているようなので、任せておけば問題ないだろう。
そうして、準備も万端にお出迎えした本日である。
“普段通りの営業で特別なことは何もしなくて良い、メニューも通常の営業のもので良い”という事前連絡があったので、本当に特別な準備は何もせず、いつも通りのやどり木亭の食堂だ。
侯爵夫妻は食堂で看板メニューであるカスレを召し上がり、ただ今は食後のスイーツタイムだ。
本日、侯爵夫妻の来店はセルジュかオリバー支配人が付いて対応することになっていた。
ところが、どうしたことか、「ラベンダー水と美容液、料理に使っている薬草などについて話を聞きたい」という侯爵夫妻の要望を受けたメイド服給仕のヘレナが、セルジュとオリバーではなくマリーを呼んでしまったのだ。
マリーは 「あれ〜?」 と思いつつ食堂へ来て、問われるままに答えたり、補足で説明をしていたのだが、なぜなのか、本当に何故なのか不思議なことに、ハッと気づいた時には夫妻のテーブルに一緒に座っていたのである。
恐らく、話に夢中になり、促されるままに座ってしまったのだろう。
(うぅ…恐るべき話術! き、貴族って怖い…)
怖いのは、促されるままに座ってしまう、マリーの無意識である。
「先ほどいただいたお料理もとても美味しかったわ! こういう風にお食事を楽しむのも新鮮で良いわね!」
「うむ。カスレは気に入った。うちの料理人にも作らせたいものだ。それに薬草の入ったスイーツも、どれも美味いな。私は特に、この甘くないクッキーが気に入った。これは何が入っているのかい?」
隣で微笑みながらそう言う侯爵夫人も大変満足そうだ。
お酒好きな侯爵様には、甘さ控えめで塩加減も絶妙な、ローズマリーとバジルのクッキーとチーズとバジルのクッキーがお気に召したようである。
「あら! 今いただいたケーキも、シンプルだけどとても美味しいわ! それに爽やかな香りがいいわね。これが薬草の香りなの?」
「はい、これはレモングラスという、レモンのような香りのする薬草を使っています」
「まあ! この香り、レモンが入っているのではないのね!」
「はい、そうなんです。この薬草はこの爽やかな香りで、リラックスやリフレッシュしたり、集中力を高めたり、血行を促進する効果などもあるんですよ」
「美味しくいただけて体にもいいなんて、嬉しいことよね! そうだわ! ねえ、あなた、今度うちの屋敷で開くティーパーティで、このパウンドケーキとクッキーをお出ししてはダメかしら?」
「おお、いいのではないか?」
「そうよね! 皆新しいものには目がないのよ! 美味しくて体にも良いなんて、皆きっと興味を持つと思うわ! マリーちゃん、あとでうちの執事から注文させてもらうわね!」
「ありがとうございます! 一応、今日はこちらにご用意したものは全て、お土産でもご用意していますので、ぜひ皆様でお楽しみください」
「まあ! ありがとう、嬉しいわ! でも、そんなに気を使わなくていいのよ? 次回からこちらに伺う際にはそんな気遣いは無用よ? でないと、来れなくなってしまうもの!」
どうやら、夫人はまた来店してくださるおつもりのようである。高位貴族に対して粗相があっては…!と胃が痛くなりそうな一方、現場で働く従業員は皆、領主夫妻の来店を受けてとても誇らしげなので、また来てもらえると皆が喜ぶかもしれない、と思うマリーだ。
「先日いただいたラベンダー水と美容液も、とても、とてもいいわ! まだ数日しか使っていないのに、詳しくは省くけれどとても効果があったのよ! おかげでお肌が透明感を増したし調子も良いの。私の友人たちにはもう知らせてあるから、きっと、今度のお祭りで、それぞれ出入りの紹介を通して購入するはずよ!」
「ありがとうございます! それに、喜んでいただけて嬉しいです! 実際にご使用いただいた方からそのようなご感想をいただけると安心しますし!」
「あら、まあ! うふふふ。マリーちゃんって、本当にしっかりしてるのね! かわいいわ〜!」
「美容液の方は、騎士団でも使わせてもらってるんだ。昔の傷があるものや、鍛錬でできた傷などに試して、どれくらいの効果があるのかを検証しているところだよ」
「うわあ、そうなんですね! ありがとうございます! もっと、みなさんのお役に立てると良いのですが…」
(オリバー支配人とジェニーさんは精油が効果がありすぎるからって心配してるけど、怪我が治ったり困っている人の役に立つなら、精油も販売したいな…販売が無理なら、騎士団とか、必要なところに寄付するとか、何かできないかな)
パワスポ効果で、ポーション並みに高い効果があると言われている精油だ。せっかくなら皆の役に立つように使って欲しいと思うマリーだ。
…実際は、パワスポ効果ではなく、マリーの聖女の力で非常に高い効果が引き出されているのだが、そんなこと、マリーは知らない。
「まあ! 本当に、なんてかわいらしいのかしら! ねえ、あなた、わたくしマリーちゃんのような孫が欲しいの。 ああ、そうだわ! マリーちゃん、今度よかったら我が家に遊びにいらして? うちの孫は男の子ばかり3人なのよ。あなたと同じ12歳と、少し年下の7歳と5歳の男の子なの。きっと気が合うと思うわ! うちの孫もね、みんなとてもかわいらしいのだけれど、女の子ってやはり少し違うじゃない? うふふふ! ねえ、いかがかしら?」
「おお!それはいい。ぜひ来てくれたまえ! うむ、そうだな。その時は王国では珍しい茶や菓子を準備しよう。マリーちゃんも興味があるかもしれないし、食堂の参考にもなるかもしれないだろう? そうだな、マリーちゃんが来てくれた時に、宿の皆の分も土産に用意させよう!」
満面の笑みの二人から、侯爵家の屋敷へ招かれる。
「わあ! ありがとうございます! 楽しみです!!」
「侯爵家におじゃまするなんてとんでもない!」と即お断りするつもりだったのに、“王国では珍しい茶や菓子”“宿の皆にもお土産”という言葉にあっさりと釣られて、即答で「諾」と回答してしまうマリーであった。
(ハッ! お断りするつもりだったのに、行くって言っちゃったよ〜〜!! くっ…! 貴族って怖い!)
怖いのは、断るつもりのところを即答で“つい承諾”してしまう、マリーのうっかりである…。




