第67話 新作・スイーツ開発!
「瘴気が消えた? 一体どういうことだ?!」
男は苛立ち隠すこともなく、黒ずくめの装束を纏う男達を怒鳴りつけた。
「計画は順調だと言っていたではないか?!」
「はい。ここまでは魔核の仕込みも問題なく進んでおり、順調に穢れが広がっていました。事実、国民には体調を崩す者も多く出始めています」
「では、なぜ瘴気が消える?」
「それが…黒魔術の使い手が、穢れが浄化されたかもしれないと言い出したのです。それで、仕込んでいた幾つかの魔核を確認したところ、魔核が割れていたと。…原因は不明です」
「クソっ! 役立たずばかりめ。何を寝ぼけたことを! 魔核が割れるなどある訳ないだろう! あれに対抗できるのは聖なる力だけだ」
「それと、少々気になる話です。西部の方で「光の柱」が上がったと目撃情報がありました。その地域には、昔聖女ゆかりの山があったらしいのです」
「光の柱だ? それが穢れが浄化された原因だと?」
「時期的には一致はするかと」
「奴らがこちらに気づいて何か対策をしたか? 何か魔道具でも使ったかのか? …小癪な……まあ、どう足掻いたところで知れている。どうせ今の聖女は“聖無し”のお飾りだ」
「はい」
「それで、潜り込ませている奴らは?」
「問題ありません。順調と」
「なら、仕込みは今までの倍の数だ」
「はい」
やがて黒ずくめの男たちは、夜の闇に散っていった。
*
「おいしい〜〜〜〜!! これ、わたし大好きです!」
「おおーーーーやったぜ!! マリーちゃん、こっちは?」
「おいしいですね!…でも、もう少しだけ香りが強くても良さそうな…」
アパルトマン3階。マリーの家のキッチンでは、ニコルとマリーがハーブを使って新商品となるスイーツの試作と試食中だ。
マリーが薬草園を作って以来、やどり木亭の食堂では、料理やパンには積極的にハーブを使うようになった。
ハーブを取り入れた料理はそれまで以上に味わいに深みが出たり、素材の味を引き立てるだけでなく、「食べると身体の調子が良い気がする」などと大好評だ。
そろそろ料理人たちも薬草の使い方に慣れて来たので、マリーはスイーツ担当のニコルと一緒に、気になっていたスイーツ作りを始めることにしたのだった。ニコルとは何度か打ち合わせを重ね、今日が初めての試作である。
「ん〜〜、おいしい〜〜〜!! ああ〜〜平和だよ平和! やっぱり平穏な日常って尊い…」
平穏な日常の大切さを噛み締めながら、すでに“試食”という言葉の意味を超えるほど、スイーツにパクつくマリーである。
マリーの脳裏に蘇るのは、このローベの地を治める侯爵が突然やどり木亭にやってきて、冷や汗をかいたあの日のことである。
『すわ、メイド服の不敬罪か!?』 と怯えたマリーだったが、それは、父セルジュが迂闊に 「うちのマリーは聖女なんだ!」 などと言い回っていたせいで、セルジュと古くから付き合いのある侯爵が、王都からやってきた政務官様と騎士様が 『聖女の名を騙るなど不敬である!』 とマリーをしょっ引きに来たのだと勘違いしたことが原因で(…本当の原因はセルジュが余計なことを言って回ったからで、侯爵は巻き込まれただけなのだが…)、その誤解を解くためにやどり木亭にやってきたということが判明した。
幸いなことにすんなりと 『ただの親馬鹿発言でした!』 と認められたはいいものの、今度は販売開始したばかりだったラベンダー水と美容液の話になり、その効き目に興奮したおじさま一行は服を脱いで古傷の跡を探し、美容液の塗り合う…否、美容液の「試用」を始めて一時は混沌としてしまったやどり木亭だった。
そして更にはそれが落ち着いたかと思ったところに、メイド服姿の給仕がお茶を持ってやってくるという事態になり(…少し考えれば普通にわかることだが…)、今度こそ不敬罪か?!と血の気が引いたマリーだったが、侯爵の「今度、改めて店に遊びに来るよ!」 という一言で、マリーの心配事も無事に解消し、ようやく安堵したのだった。
侯爵が帰った後、セルジュは安定の通常運転だったが、オリバー支配人が珍しく、魂が抜けたようになっていた姿が強く印象に残っている。(…オリバー支配人が聞いたら『マリーちゃんが原因だよ!』と言いそうだが…)
そんなこんなであったが、結果、侯爵はラベンダー関連の商品の今後の人気を心配して後見についてくれることになったのだ。
早速、翌日には侯爵家の執事がやどり木亭へやってきて、オリバー支配人とセルジュと話をした結果、様々な大人の取り決めをした上で、基本的にはやどり木亭の要望は全て叶えられた上で、貴族の対応や、万が一面倒ごとが起こりそうな時には、全て侯爵家で対応してくれることになったのだ。
やどり木亭からは商品の売り上げの一部を納めることも申し出たが、ローベの発展につながることだとして侯爵はこれを固辞した。
オリバー支配人には、何やら色々気を揉むことがあるようだが (…オリバーが聞いたら『マリーちゃんが原因だよ!』と言いそうだが…)、やどり木亭にとってはありがたいことづくめなのである。
と、それで侯爵様に何かお礼をと考えたマリーだ。
しかし、商品の売り上げの一部も受け取らないと言われているので現金などはダメだし、そもそも、“侯爵家”にお礼する場合の金額など想像がつかないし、そんな大金を払える訳もない。 ラベンダー関連の商品は定期的に献上する予定だけれど、その他に何か気持ちを…と考えた結果、いつか作ろうと考えていたハーブを使ったスイーツを新しく作ることにしたのである。
「おい、マリーちゃん! 平穏って、なに年寄りみたいなこと言ってるんだ?! それより、これ、ちょっと香りを強くしてみたけど、どうかな?」
この間の騒動をよく知らないニコルはそんなことを言うけれど、誰が何と言おうが、平穏は素晴らしいのだ。と思うマリーである。
新作スイーツ作りを頑張るのはニコル、アイデアを出して試食して感想を言う係はマリーだ。
マリーも前世では料理教室やお菓子教室に通っていたので、クッキーやパウンドケーキくらいならばレシピがなくても作れるけれど所詮は素人だ。プロがいるならばプロに任せるのが一番なのである。
今日作っているのは、レモングラスのパウンドケーキ、レモングラスのクッキー、ラベンダーとローズマリーのクッキー、ローズマリーとバジルのクッキー、チーズとバジルのクッキーだ。
甘めのものは、レモングラスのパウンドケーキ、レモングラスのクッキー、ラベンダーとローズマリーのクッキーの3種類。
ローズマリーとバジルのクッキーとチーズとバジルのクッキーの2種類は、甘くなく、お酒のお供にも合いそうなものにしている。
ニコルはさすが、元の専門がパン作りで、子供の頃からお菓子作りも頻繁にしていただけあり、マリーが少しのアイデアや希望を伝えるだけで、想像以上に美味しいスイーツが完成している。 甘さ、ハーブの香り、塩加減などもほぼ完璧で、マリーはほんの少し、要望を伝えたくらいだ。
(ニコル、最高! スイーツ男子万歳だよ!)
「パウンドケーキは、食堂でカットして出すなら、ホイップクリームを添えてもいいよね? それか、上からアイシングをかけたりしてもいいかもです!」
甘いものも大好きなマリーは、がっつりアイシング掛けした焼き菓子も大好物である。
「お、それは良さそうだな!」
「あら、このチーズのクッキー、良いわね! お酒が進みそうだわ」
「ローズマリーとラベンダーのクッキーも大人な感じでなかなか好みよ!」
休憩中だと称して試食に来ているジェニーにも好評だ。
「ジェニーさん、レモングラスのパウンドケーキとクッキーも食べてみてください! 疲労回復や血行促進にもいいんですよ?」
「もちろん、いただくわよ!」
多めに作った試作品は、1階と2階で作業中の内職チームと子供達、それから宿の従業員達にも試食してもらい、感想をもらうことにする。みんなから感想をもらって、何か改善点があればそれを盛り込んで完成だ。
完成したら、侯爵様への贈り物はもちろんだが、この世界では携帯食があまり充実していないので、宿のお客様や侯爵領の騎士団の皆さんにも食べて欲しいと思っている。
「じゃあ、早速試作品を配ってまわりましょう!」
「よし、行くぞ!」
マリーとニコルは大きなカゴにたくさんの試作品を詰めて、キッチンを後にした。




