第66話 お仕置き
カリフィールド侯爵一行を送り出したやどり木亭は、ほっとした空気に包まれていた。
辺りはすでに日も落ち、石畳みの街並を、街路灯…魔導灯のオレンジ色の灯りが柔らかく照らしている。
他の街であれば店仕舞いを終えている時間帯だが、第二の王都であり、商業で栄えるローべの街はまだまだこれからだ。
通りに並ぶ商店も、まだ大半の店は看板を掲げており、夜にだけ営業する食堂やバーも店を開けて、間も無くに迫る祭りを前に人出が増えている街は、いつにも増してに賑やかだった。
見送りにはマリアンヌも加わり、侯爵と親しげに挨拶を交わしていた。
こんな平民の我が家が、領主である侯爵様とご縁があったなんて…商工会などで繋がりはあったとしても、セルジュだけでなくマリアンヌまでが割と気安く言葉を交わす様子に驚きを隠せないマリーだった。
ともあれ、心配ごとが解消した安堵感のあまり、一瞬呆けそうになったマリーだったが、「これだけは言っておかなければ!」と思う。もちろん、セルジュにだ。
「パパ!! あれだけ言わないでって言ってたのに、外で言ってたんだね!!! 大変な騒ぎになっちゃったじゃない!!」
「あら、マリーちゃん、どうしたの?」
「ママ! パパがね、家の外で、あちこちで、私のことを天使だとか聖女様だとか言いふらしてたみたいなの! それで、王都から来たお役人様と騎士様が私を捕まえに来たと侯爵様が勘違いして、侯爵様はそれを取りなすために、今日ここに来てくれたんだよ!」
「まあ!!!」
「聖女様の名前を騙ったって不敬罪になるかもしれなかったんだから!もう!!」
マリアンヌも呆れて空いた口が塞がらない。
「あなた………」
「…だって仕方ないだろう?マリーはこんなに可愛くて、僕の天使で聖女なんだから!」
セルジュは、余りにも堂々と開き直っている。
けれどもまあ、マリーは無自覚なだけで、真実“聖女”であるので、セルジュは正しいと言えば正しいのだが…。
(うぬぬぬ。反省の色が1ミリも見えないよ! もし、本当に不敬罪でしょっ引かれてたらどうするつもりだったの? 宿の営業だってできなくなったかもしれないのに!もう、危機感がないと言うか、まったく…)
オリバー支配人やジェニーから見れば、マリーも十分に危機感がないように見えるのだが…もしかしてこれは遺伝かもしれない。
(ちょっとは反省してもらわないとね! なんて言ったら反省するかな? “もう口を聞かない”だと仕事の話をするときに困るし、“パパのこと嫌いになる”とか?…うん、それだと“今は好きなんだね!”とか言って喜びそう....“家出する!”って言っても、行く所もないしなぁ……あ、そうだ!)
マリーは出来るだけ怒った怖い顔をして、頬を膨らませ、ビシッとセルジュを指差して言う。
「パパ! 今度こんなことがあったら、もうパパって呼ばないで“おじさん”って呼ぶからね!!」
「マ、マリー!!!」
「…あなた、仕方ないわ…自業自得よ…」
「そ、そんな...! 」
マリーのお仕置きに打ちひしがれるセルジュだった。
(よし。これで少しは反省してくれるでしょう!もう天使とか聖女とか、絶対によそで言わないようにしてもらわなきゃ!)
マリーは項垂れるセルジュを見て、「うむ」と頷く。
そして、宿に戻ろうと振り返ったところで、珍しくちょっとぼうっと立っているオリバー支配人に気がついた。
「オリバー支配人、どうされたんですか? 大丈夫ですか?」
その声にハッとした様子でオリバー支配人がマリーを見る。
「失礼しました。なんというかひとまずほっとして、少しぼうっとしてしまったようです。マリーさんは大丈夫ですか?」
「はい!大丈夫です! パパのアレはちょっとアレでしたけど、ラベンダーの商品は皆さんにとても興味を持っていただけた上に喜んでいただけましたし!
それにわたし、侯爵様たちが来たとき、もしかしてメイド服が不敬罪になったのかと思って焦っちゃったんですけど、そうじゃなかったので本当に安心しました! 心配ごとも解消されたので、今はもう気分爽快!って感じです!うふふ」
さすが、切り替えの速さはピカイチのマリーだ。
(マリーちゃんがあんなに慌てていたのは、メイド服の不敬罪を心配していたからだったのか…なんという危機感の無さなんだ…)
仕方がないのである。残念なことに、「もしかしたらマリーが聖女かもしれない」という重大な可能性に思い至ってしまったオリバーとは違い、マリーは心の底から、薬草の効能などの全てはパワスポ効果だと思っているのだから…。
「…それは良かったです」
ニッコリとマリーに微笑みかけながらも、さらにガクリと力が抜けてしまうオリバーだった。
(セルジュさんにも確認しないといけないんだけれど、セルジュさん、マリーちゃんが本当に聖女だとかなったらどうなるかわからないしな…とりあえず、ジェニーなら何か気づいてるかもしれないから相談してみるか…)
「あ!支配人、侯爵様とのラベンダー商品の話し合い、お忙しい中申し訳ありませんが、よろしくお願いします! 」
考え込んでいたオリバーに、マリーが侯爵家が後見につくことになった件について話を振って来た。
(こういうところは、大人並みに気がつくのに、自分のことになると鈍感というかなんというか…まあ、マリーちゃんらしいと言えばそうか)
「もちろんですよ。私の専門分野ですからね。マリーさんは何か希望はありますか?」
「んー…そうですね。やどり木亭のお客様には自由に購入していただきたいのと、これまで宿が大変だったときにも利用してくださっていた商会や商人の方とは、もし先方から申し入れがあった際には、出来るだけ希望通りにお取り引きができればと思います!」
「なるほど」
「あ、あとは、できれば金額は今よりも上げたくないです。出来るだけ沢山の人に使ってもらいたいので!」
「さすがマリーさんですね!そのようにできるようお話しして来ますね。それから、私が心配しているのが、薬草の採取地のことなのですが…」
「オリバー支配人、わたしもそれ、考えていました。シモンズさんに確認していないので、勝手に人に教えて良いかわかりませんし……薬草の聖地って言えないから、秘密の薬草園? 特殊な採取地?……うーん…もういっそのこと、気づいたらうちの庭に生えてたとかってことでダメでしょうか?」
(いやいやいや、ダメに決まってるだろう!)
「ふふふ…せっかくのアイデアですが………そうですね、仕入れ先に関しては、契約上の守秘義務とでもしますか」
「わぁ!支配人、それが良さそうです!」
それにしても、さっきまではこんなことも頭に思い浮かばなかったなんて、自分は思った以上に、マリーが“本当に聖女かもしれない件”で動揺しているらしい、とオリバーは改めて思う。
「ええ、(あなたが聖女かもしれないという)ちょっと特殊なケースだったため私もうっかりしていましたが、商会でも商人でも、取引先や商品の入手先は秘匿することも多いのです。 今回は領主様が相手でしたので明らかにしなくてはいけないかとも思いましたが、まずは秘匿することにして、それ以上に何か答えを求められれば、その時に考えることにしましょうか」
「はい!それが良いです!」
「少し心配ではありますが、今日の様子なら、きっと大丈夫だと思うことにしましょう」
「はい!ありがとうございます! 商売のことは、パパもママもわたしも全然わからないので、オリバー支配人がいてくださって本当に良かったです!よろしくお願いします!」
「わかりました。お任せください」
「あーーー、採取地の件もどうしたら良いかと思っていたのでスッキリしました。支配人、ありがとうございました! それにしても、なんだか今日は朝から色々あって長い一日でしたね。 支配人もお疲れになったのではありませんか? 無理しないで、ゆっくりお休みくださいね!」
「ありがとうございます。マリーさんも、ゆっくり休んでくださいね」
「はい!」
オリバーにとって、目下、最も頭を悩ませている重大案件は目の前の“聖女かもしれない” マリーに関わることなのだが…まったく無自覚のマリーからにこやかに労わられ、なんとも言えない複雑な想いに駆られるオリバーだった。




