第65話 やどり木亭の危機?2
おじさんたちは、侯爵の一言でいそいそと洋服を整えると居住まいを正す。
先ほどまでのカオスな世界が嘘のように、目の前には、いかにも礼節を重んじる紳士と騎士たちが戻ってきた。とても、12歳の少女の前で、お互いの身体をじっくりと検分し、美容液を塗り合い、大興奮で大感想戦を繰り広げていたおじさまたちとは思えない佇まいだ。ちょっぴり恥ずかしそうに見えるのは気のせいでは無いかもしれない。
(き、気まずい……いや、うん、これは前世でよく聞いた“人生の振り幅”だね! いや、むしろこれは“ギャップ萌え”的な? …わたしは萌えてはいないけど…)
なんだか少し違う気もするけれど、この言葉の正しい使い方については確認できる相手がいないので「ま、いいか」で終わらせるマリーだ。
でも、よく考えてみれば、我を忘れるほど商品に夢中になってもらえるだなんて、開発して販売するものとしては最高の褒め言葉ではないか。そう思ったマリーは、目の前に並ぶおじさんたちに感謝の気持ちを伝えたくなった。
「あの、皆さま、ありがとうございます! ご使用の効果を試して、実感していただけたようで、とても嬉しいです!!」
その言葉を聞いた侯爵たちが軽く目瞠り、次に皆が微笑んだ。
「いやはや、すまないね、我々は皆大人気なく夢中になってしまったようだ」
「いえ! まだできたばかりの商品なのに、こんなに興味を持っていただけるなんて、とても嬉しいです! ありがとうございます!! 開発した研究者にも伝えます!」
すると、改めて皆が口々に感想を伝えてくれる。
「マリー嬢、これは本当に素晴らしいですよ!」
「本当にこれは大変画期的な商品です!」
「えへへへ、ありがとうございます!」
王都からの政務官様と騎士様にも好評のようで、つい、いつものようにデレっと喜んでしまうマリーである。
自社商品を褒められれば、やはりとても嬉しい。
「ええ、本当に素晴らしいです」
「それに、これは多くの人々の救いになるかもしれません」
「救いですか?」
「そうです。今試してみただけでも、数年前の傷跡であれば、程度によっては違いますが、ある程度薄くなることもわかりました。どの程度の怪我や傷跡にどれくらいの効果があるのか、色々と試して見たいと思いますが、この商品は多くの人々の救いになり、人生を変えるかもしれない」
「確かにそうですね。消えない傷跡に心を痛めている人は多いものです。それに、これが、もし、もっと根本的な部分まで治癒させることができるなら、諦めた夢や目標をもう一度掲げることだってできるかもしれない」
ニコラスさんのように怪我がきっかけで騎士をやめる人たちのことだろうか。
この商品が自分の道を閉ざされた人の道を開くきっかけになるなら、ぜひ役に立ちたいと強く思うマリーだ。
そうこうしているうちにオリバー支配人が戻ってきた。
「失礼いたします。ただいまお茶をご用意しておりますので、後ほどお待ちいたします」
「それはありがとう。気を遣わせて申し訳ないね」
「いえ、とんでもないことでございます」
すると、王都から来られた政務官様が尋ねてきた。
「あの、このラベンダーというのは新種の薬草なのですか?」
マリーはオリバー支配人を見る。ここは大人である支配人に対応をお願いしたいところだ。
「実は恥ずかしながら、私どもはそれほど薬草全般には詳しくはございませんので、新種かどうかは分かりかねるのですが…ただ、こちらを開発した研究者は、以前王都での研究に携わっていた者で大変優秀だったと聞いております。その者が女性でして、その、女性の美に対する探究心と情熱はすごいのですね…周りが圧倒される程の勢いで研究に研究を重ねて開発された商品が、こちらでございます」
(支配人いい感じです! 女性の美にかける情熱を全面に出すことで、パワスポ効果を誤魔化そうとしてくれてるんだよね! 実際、ジェニーさんのあの情熱はものすごかったし、あながち間違いじゃないよね!)
オリバー支配人の心の内も知らずに、“イイ感じの説明!”と呑気にうんうんと頷くマリーである。
当然ながらオリバーは、このラベンダーが新種でもなんでもなく、“女神の恵み”と呼ばれる大変貴重なものだと知っている。
しかし、決して同じ物だと知っていてはいけないのだ。
何故なら、それがやどり木亭のマリーの薬草園に植わっているなどと知られては大変なことになってしまうからだ。
その後に起こり得る騒動を考えれば、恐ろしすぎて決して言えるわけがないのだ、こんなこと。
あくまでも、やどり木亭の面々は“女神の恵み”などは知らない。それは、“ラベンダー”なのである。
「なるほど。確かにそうだな。…それに、私はうっかりするところだったよ。今日はこれを必ず購入して帰らなくてはならないだろうね。きっと妻の耳にも近いうちに届くだろう。今日私がここに来たことも含めて」
女性の美に対する凄まじい熱意と聞いて、身近なところに心当たりがあったようである。侯爵の目が一瞬、どこか遠いところを見つめていたようだが、確かに夫人へのお土産は必須かもしれない。
「しかし、ラベンダー水と美容液か…素晴らしい出会いになったな」
「おじさま、マリーが作ったものはすごいでしょう?」
「ああ、セルジュ。これは本当に素晴らしいよ。ポーション並みの効果を持つ美容液など、恐らく前代未聞だろう。女性は黙っていないだろうし、私も、侯爵領の騎士団に常備させたいと考えている。これは間違いなく、国内だけでなく、外国からも注文が殺到するぞ?」
「閣下、それは確実でしょう。私も王都に戻りましたら、王国の騎士団へ進言したいと考えています。もちろん、実際にどれくらいの怪我や傷に効果があるのか、もう少し検証は必要になるかとは思いますが。これがあれば、これまでのように治癒薬院に無理強いてポーションを融通してもらわなくても良くなるかもしれません」
「閣下と小隊長もおっしゃる通り、この評判が各所に広がれば商品確保のために、混乱することもあるかもしれませんね…心配なのは、国内外の貴族からの直接申し入れが入る可能性でしょう」
「そうだな…セルジュ、今後の取り扱いはどのようにするのだ?」
「うちは支配人のオリバーが窓口となり、商会を介して販売をする予定でしたが…」
「うむ、そうだな…それでは、取引についてはカリフィールド家が後見になろう。もしも無理を言ってくる貴族がいれば、うちを通すように言うと良い。 詳しくは改めてうちの者をこちらに寄越すので、支配人殿と話を詰めてもらうのが良いだろう。支配人殿であれば、商売に関しては問題ないだろうからな」
侯爵家が後見についてくれるとは、なんだか話が大きくなってしまったが、確かに、高位貴族から強制されたり、取引を始める商会へ横槍が入ってしまえば、やどり木亭ではとても対処できないだろう。ありがたい話である。
話が落ち着いたところで、タイミングよくノックの音が響く。
「お茶の用意ができたようでございますね」
オリバー支配人が先ほど手配していたお茶の準備ができたようだ。お茶のワゴンを押しながら、メイド服姿のヘレナちゃんとメリナちゃん、執事風男装美女姿のアレク(クレアさん)が入ってきた。
(あぁっ!! まだあったよ! 不敬罪!!)
すっかり気を抜いていたマリーだったが、再び蘇る「メイド服」の可能性に一気に血の気が引いていく。
はわわわわと動揺するマリーをよそに、アレクの指示でティーポットからお茶を淹れたり、茶菓子が置かれたりとテキパキと給仕され、ヘレナちゃんとメリナちゃん、アレク様は部屋を出て行った。
全員に行き渡ったところでセルジュがまず自分のものに口をつけ、皆にすすめた。
「おじさま、毒味はどうされます?」
「いらぬ。それに何かあってもここには聖女がいるだろう?」
(こ、侯爵様、ご冗談が過ぎます!)
わははははと笑い飛ばす侯爵だが、ただでさえ落ち着かないのに、追い打ちをかけないで欲しいマリーである。
もういっそのこと、「メイド服は不敬ですか?」と尋ねてしまえば楽になれるのだが、あいにくと、マリーにそんな勇気はないのである
「そういえば、先程の給仕のものたちが噂の者か?」
侯爵が控える侍従に尋ねた。
(噂!? やっぱり、不敬罪で…?!)
「はい、恐らく。こちらの食堂の給仕は制服姿が大変に好評で人気が高いと聞いております。公館の政務官たちや侯爵家騎士たちも非番の日に訪れることがあると聞いております」
「ほう、そうなのか」
「はい。最近では、先ほどの男装の給仕人も加わったとのことで、メイドや侍女の中にはすっかり夢中になっている者もいるのだとか」
「ほう…先ほどの黒服の給仕人は女性であったか…」
「はい。こちらの給仕人の人気にあやかり、最近では男装の麗人をテーマにしたロマンス小説や歌劇なども貴婦人方の間で人気を博しているようです」
「そういえば、アレもそのような話をしておったな…」
「はい」
「うむ。後学のために私も一度訪れてみることにしよう」
「おじさま! おじさまがいらしては騒ぎになってしまいます!」
「なに、うちの馬車で乗り付けなければ問題ないだろう」
(あ、あれ……不敬罪じゃない?)
まさか、侯爵がわざわざ来ると言うものに不敬罪などないだろう。
「マリーちゃん、今度おじさんが食堂にお邪魔しても良いかな?」
「は、はい! もちろんです!! お好みに合うかどうかわかりませんが、お待ちしております!!」
(よかった!!不敬罪じゃなかった!!)
マリーにとって、最も心配していた懸念事項だった“メイド服”がようやく解消された瞬間だった。
「どれ、マリー嬢から許可ももらったことだ。近いうちに改めてお邪魔することにするよ。セルジュ」
ジト目でこちらを見てくるセルジュとは対照的に、心配事から解放されて満面の笑みを見せるマリーだった。




