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第64話 やどり木亭の危機?

 やどり木亭の一階にある元客室では、護衛騎士が美容液を傷跡に塗っていく様子を、部屋にいる全員が固唾を飲んで見守ること、わずか数秒。


「お、傷跡が薄くーーーー」


 と、誰かが言い終わらないうちに、あっという間に傷跡は綺麗に消えてしまった。



「「「「「「「おお!!!!」」」」」」」



「こ…これはすごい!!」


「あっという間に傷跡が消えたぞ!!」


「このように早くに傷が消えるとは…ポーションでももっと時間がかかるだろう?!」


「…素晴らしい!」



 思わずといった感じで歓声が上がった後は、侯爵と控えていた従者と護衛騎士たちが、傷跡が消えた騎士を囲んでの感想戦である。


(当然だよ! なんてったって“薬草の聖地”のパワスポ効果は絶大だもん!)


 正しくはマリー自身の力なのだが、「ふふふん!」と得意げに頷くマリーは、不敬罪で怯えていたことなどはすっかり頭から消えている。

 一方のセルジュは、すでに通常運転だ。


「そうでしょう? これはマリーが中心になって開発したんです。 僕のマリーは天才ですからね!」


(パパ! だから、そういうのやめてええぇ!!)


 マリーは抗議の気持ちでセルジュを見るが、セルジュは大きく頷きながらにっこりと微笑み返すだけ。お互いに一方通行である。




 そんな様子を前にオリバーは思案していた。


(予定していた商品の品質が…効能が高過ぎる件については、引き続き販売を続けることに決まっている。

 領主様にも、そのうち噂が届くだろうとは思っていたけれど…思いがけない状況ではあったけれど、おかしな噂で伝わるよりは、今こうして侯爵様に直接知っていただけて良かったかもしれない。

 …問題はこの異常な効能の高さだが、どうしたものか…)


 オリバーが悩むのは、マリーに何かしらの“特別な力”があるかもしれないからだ。


 オリバーの実家のグレンジ商会が隣国のアルスター王国で1位、2位を争う大商会であるというのは伊達ではない。

 実際、かなり手広く商売をしていることもあり、それなりに顔も効くし顔も広く多くの情報も入ってくる。

 ラベンダー商品の試作ができて以降、あまりにも常識と異なるマリーの薬草やら薬草園やらについて、オリバーもそれなりに情報を集めてみた。

  この道60年近くになる父親にも、オリバーの兄弟たちにも、商人時代に親しくなった治癒師や薬師、魔術師などなどにもそれとなく話を聞いてみたのだ。

 しかし、誰に何を聞いても、ポーション級の薬草が産地以外で育つなど、決してあり得ないという答えだった。育ち方も、水やりに関しても然りだ。


(ポーションでもないのに傷が治るなんて、そんなことあり得ないからなあ)


 平民でも知っている常識なのだが、画家を目指していたセルジュと、箱入り娘で育ったマリアンヌは知らなかったのだろう。だから、マリーも知らないのだ。


(マリーちゃんは頑なに、この効能の理由については『ぱわすぽ』なんとかっていう『特別なところで育った薬草の特別な仕様』だと思い込んでいるようだけど……仮に特別な場所で育った薬草だとしたって、そんなことあり得ないんだよな)


 最初は、マリーが自分の力を誤魔化すために言っているのかとも思ったが、話しているうちに、どうやら、マリーは本気でそう思っているらしいことがオリバーにもわかった。


(しかも、今回の効能が増えた理由が、『祈ったから』だなんて、どう考えてもあり得ないからな。…まぁ、マリーちゃんってしっかりしているようで、そういうところがちょっと抜けてて、そこもかわいいんだけど)


 オリバーの名誉のために付け加えるならば、この「かわいい」には「娘のような存在として」「年の離れた妹のような」という前提がつく「かわいい」である。誓って、そうである。


(とはいえ、事実として、その効能と効果は出ているわけだろ? なのに、材料の薬草にも、作った工程にも全く問題はなかった訳だ。 不思議としか言いようがないけど、マリーちゃんの言う通り『祈り』が理由だと言われれば、もうそれしかない気もする………でも、もしそんなことがあるとすならば、それはやはり特別な力っていうか、むしろ奇跡みたいな話だぞ? そんな奇跡を起こせるなんて、それこそ本当に、せ…………)


 オリバーはそこで思い至った()()に愕然としてしまう。


(今、俺は何を言おうとした?)


一呼吸置くと、ゴクリと喉がなる。


(ま、まさか…………………も、もしかして、本当に………?)


 思い至った()()のあまりの重大さに、こめかみに冷や汗が伝うのを感じる。


(え?本当に??…だ…ダメだろ……俺は今、きっと冷静じゃない。ここは落ち着いてしっかりと…)


 自分が導き出してしまった考えに追い詰められていくオリバーである。


(ダメだ! ここは一旦部屋を出て、冷静になれ!)


 咄嗟に周囲を確認するが、侯爵も騎士たちも皆、美容液の効果に夢中になっているし、マリーはセルジュに半眼になっているし、セルジュは相変わらずマリーにニコニコしているだけだ。


(今なら出ても大丈夫か。一旦退室して、頭を冷やして…そうだな、お客様にお茶を…)


 オリバーはできるだけ動揺している様子に気づかれないように、セルジュにお茶を準備してくると声をかけて部屋を出た。 しかし、食堂へ向かいながら何度考えても、辿り着く答えは同じなのだ。


(っダメだ…何度考えても、()()が一番辻褄が合う…)


 辻褄が合ってしまうのも無理はない。なんてったって、マリーは聖女なのだから。

 …本人も知らないだけで。


(…しかし、そう考えれば全てに納得がいくか。 マリーちゃんが、聖女様なら……。

 でもマリーちゃんは平民だろう? 平民には魔力すらないのに、聖女が生まれたりするのか? それに王都には聖女様がいるぞ? 聖女が、二人? …そんなことより、本当にマリーちゃんが聖女様だったら、これはもう国家レベルの問題だ…どうすればいいんだ? 俺は…)


 オリバーは自らが導き出してしまった重大すぎる答えに、何度も頭を抱えるのだった。





 マリーの目の前には、カオスな世界が広がっていた。


 上半身裸で、あるいはシャツを(はだけ)させ、お互いの身体をじっくり検分しながら、美容液を塗り合うおじさんたち。

 カオスである。



 護衛騎士の1週間前の傷跡が瞬く間に消えた事実は、いつもは礼節を重んじる紳士と騎士である彼らから、いとも簡単に、マナーとちょっとした理性を脱ぎ捨てさせた。

 ついでに上着も脱ぎ捨て、なんならシャツまで脱ぎ捨て…あるいは(はだけ)させ、お互いの身体の古傷をじっくりと検分し始めたのだ。


 マリーの前では、各自が最初は腕や足に始まり、やがて、背中や腹部に残る古い傷跡を見つけては、自分で美容液を塗り始め、 「おおお!!」 とか 「んん?これは古すぎるか?」 「これはどうだ?!」 などと言っては美容液を塗り塗りしている。

 そしてそのうち、自分では届かない部分の傷跡を見せ合って、 「これは3年前の〜〜〜でついた傷跡だ」 「これは半年前の傷跡だ」 「これはさすがに無理じゃないか?」 などなど言い合いながら、お互いに美容液を塗り合うという、…なんだかちょっぴりイケナイものを見ているような、微妙で独特な光景が繰り広げられているところである。

 その筋の人たちならば、もしかすると大喜びで、心のフィルムにこの光景を焼き付けるかもしれないが、あいにくと、マリーは美少年の方が好きだ。

 …念のために補足しておくと、恋愛的な意味ではなく、“見て楽しむ”的なヤツであるが。

 …誤解を生まないようにもう少し補足しておくと、マリーに前世の大人の記憶があるとは言っても、まだ12歳の少女であるからにして、マリーが仮に美少年好きだとしても全く問題はないのである。



 マリーも、おじさんたちが、腕や足の古傷を探して美容液を塗り始めた時は、


「うんうん、そうだよね! 試したくなっちゃうよね! 気持ちわかるよ!」


 と微笑ましく眺めていた。


 しかし、次第にヒートアップし、シャツを脱ぎ出したり、(はだけ)させたりし始めてからは、「わたしは何も見ていない」ということにするべきかもしれない、と思い始める。

 そして、(マリーの中には大人と子供が混在しているが)ここはやはり、子供割合に全力で全振りするべきだろう。と、マリーなりに考え、子供意識に全振りしつつ、まるで悟りを開いたかのような境地に意識を置くという、高度なテクニックを駆使するマリーである。



「いやあ! これは本当にすごいですな!」


「古傷の痕まで治りますな!」


「はい!私も1年前の太刀傷の痕が!」


「なに?1年前だと?私のは4年前のだぞ?ほら見ろ、だんだん薄くなっていく」


「ううむ。私の20年前の傷跡はさすがに変化が見られませんなぁ」


「いやはや、これは驚きましたね」


「これはポーションに匹敵しますね」


「しかし、ポーションでは古い傷跡は消えませんよ?」


「確かに」


「これは本当に素晴らしいです!」


「これは今までになかった、新種の薬草なのでしょうか?」



 お互いの身体を、じっくりと眺めながら、大感想戦を繰り広げるおじさんたちである。その眼差しは、とても熱い。



「皆、そこまでだ」


 そこで、ようやく、マリーの存在を思い出したらしい侯爵が、皆に声をかけると、おじさんたちは“はっ”とマリーを見て、いそいそと服を着始めたのだった。



(き…気まずい…わたし、どうするべき?! オ、オリバー支配人、早く戻ってきてぇぇぇ!!!)



 大変に、大変に、気まずいマリーであった。


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