第61話 やどり木亭の危機3
なんと、王都からのお客様の訪問目的はラベンダー関連だったようだ。しかし、ラベンダー水と美容液は昨日販売を始めたばかりなのに、あまりの情報の速さに恐ろしさを感じるマリーである。
「…あのう…」
「おや、なんだね? マリーちゃん」
「あの…その…王都のお役人様や騎士様が、何故うちのような小さな宿の商品などをご存知なのですか?」
部屋の皆の視線が一気にマリーに集まり少しドキドキしてしまいながらそう尋ねると、アーロン政務官が優しく微笑みながら答える。
「実は、我々が今日の昼食を取るため立ち寄った店の店主が絶賛していたのですよ。 前夜に火傷をしたけれども、こちらの新商品をつけたら一晩でほぼ傷が消えたと」
なるほど。そういう経緯だったのか。昨日の今日で王都まで報告が行ったのではないとわかり、密かに安心したマリーだった。
だって、もしそうならそんなのちょっと怖い。
(でも、どうしよう…“薬草の聖地”の話はシモンズさんに確認してないのに勝手に話すこともできないし、『パワスポ効果で祈ったら効能が高まっちゃいました』なんて普通に聞いたら怪し過ぎる…いや、魔法のある世界ならそれも普通なのかな?……でも、初対面でどういう人達かもわからないのにパワスポ効果だとか言って怪しまれて、連行されたりしたら怖いし!…わーーん、困ったよおおおおおお)
にわかに持ち上がった“聖女を騙った疑惑”が解消できたかと思えば、次の問題だ。“メイド服不敬罪疑惑”だってまだ解決していないというのに。
12歳ながら胃薬が欲しくなったマリーである。
「ほう? それは初耳ですな」
「ええ…その話を閣下へ詳しく伺おうとしたところ、その…急にやどり木亭へ向かうことになったものですから…申し訳ありません」
歯切れ悪くアーロンが答える。
カリフィールド侯爵は自らの失態を思い出した。
アーロンが『やどり木亭で確かめたいことがある』と話し出すや、“聖女騙り疑惑”のことかと慌て、勘違い対応をしたのだった。
「…そうだったね…いや、申し訳なかったね!」
「いえ、我々としてはこちらまで連れて来ていただき、感謝しております」
「しかし、ここが今年の祭りに初めて参加する話は聞いているとも。マリー嬢が中心になって商品を考えたのだろう? その商品の効果がそれほど高いと?」
「ええ、その噂を耳にしたものですから。 その店主が申しますには、ご夫人の肌には美容効果があり、ご自身の大きめの火傷は一晩でうっすら跡が見えるくらいまで治ったと」
「我々も実際にその跡を見ましたが、本人が言う通り、うっすらと茶色い線が残っているだけでした」
「ほうほう。それはなかなかだね」
「ご当主、こちらを侯爵閣下と皆様へ」
さすがオリバー支配人だ。
侯爵様たちがお話ししている間に、フロントまで取りに行っていたらしい。
確かに、目の前で領主様が実際にうちの商品について話をしているのだから、献上すべきだろう。
「支配人、ありがとう。 おじさま、その商品はこちらのことだと思います。どうぞ」
トレーに並べたラベンダー水、美容液、サシェをテーブルの上に置いて侯爵様たちの方へずずずいっと押しやる。ついでに説明書も並べている。
「ご当主、よろしければ私からご説明を」
オリバー支配人がセルジュに申し出ると、セルジュも頷いて同意を示した。
「こちらは、この度当宿より販売を開始いたしましたもので、左より、ラベンダーなる薬草を使った、ラベンダー水、ラベンダー美容液、ラベンダーのサシェでございます。
瓶の色は4色、形状は2タイプございますが、成分や効能は全て同じです」
「ほう…これがその話に聞いたものか。ふむ。薬草を使った、ラベンダー水、ラベンダー美容液、ラベンダーのサシェか」
「はい。瓶の形状はこちらのシンプルなものと、こちらの優美な形のものとございますが、こちらは異なる購買者層を対象としております。
「ふむ。優美な形状のものは女性向きということかな」
「はい。ご明察の通りでございます。加えて、シンプルな形状の瓶のものは若干お値段も抑え目で、お求めやすい価格でご用意してございます」
「「「なるほど」」」
「加えて、全ての瓶は再利用できるものでして、購入者が空き瓶を持参された場合、その空き瓶を当宿が引き取ることで次に購入される商品の価格の瓶代をお値引きすることになっております」
「ほう」
「それは、購入する者にとっては喜ばれそうですね」
「ええ、確かに。でもどの瓶も見た目がとても美しいですから、集めたがる方もいらっしゃるかもしれませんね」
侯爵様と政務官様と騎士様にも好評なようでマリーも少し緊張がほぐれてくる。
「成分は薬草のみです。効能は用途はこちらの用紙に記載のある通りなのですが、昨日販売を開始いたしましてから、先程の政務官様と騎士様のお話し通り、『大変効果が高い』という喜びの反響をいただき、私とどもも嬉しさと同時に驚きも感じているところでございます」
「ほう、そうなのかね?」
「はい。元々、そんなに高い効能があるとは思っていなかった部分もございまして…」
オリバー支配人の言葉が、少しだけ歯切れが悪くなった。
(“薬草の聖地”の話は、わたしが話してないんだから、説明も困るよね…)
しかし、侯爵たちはオリバー支配人の様子には特に気付く様子もなく、商品の説明書を読みながら商品を見比べているようだ。
「「「なるほど」」」
「店主の話では『小さい瓶の方』と言っていましたから、火傷が治ったのはこちらの美容液の方かもしれませんね」
「そうですね。説明書には、湿疹や肌荒れなどの肌トラブル、肌のシワ、手足のヒビ割れなどに効くと書いてありますから、肌の傷などに効くのでしょうか」
「ほう、なるほど。これがそのような効果を持っておるとはな。ポーションとも異なるようだ」
「そうですね」
侯爵たちがそう話しているところ、オリバー支配人はセルジュとマリーにも説明書を渡してきた。
「ご当主とマリーさんも、どうぞこちらの説明書を」
不思議に思ってオリバー支配人を見ると、マリーの耳元で、オリバー支配人に小声で確認された。
「マリーさん。マリーさんは目立つのと目立たないの、どちらが良いですか?」
(そんなの、満場一致で“目立たない”一択だよ!!)
「目立たない方です」
小声でそう答えると、オリバー支配人が小さく頷いた。
変なことに巻き込まれたりするのはごめんだ。
マリーは前世の経験で、出る杭は打たれることを知っている。前世の身分制度がない時代でもそれなりに大変なこともあったのに、身分制度のあるこの世界で平民のマリーが何か目立ってしまったら、どんな目に合うかわからないではないか。
マリーは、普通であることがいかに難しいことかを知っている。
そうこうしていると、侯爵がすぐ後ろに立っている護衛騎士に話しかける。
「今日の護衛任務についているものの中に、怪我の傷跡が残っているものはいないのか?」
「は。確認します」
そうして、1名の騎士が侯爵の隣にやってきた。
「君はどこに怪我の跡がある?」
「は。腕にございます」
「ふむ、ならば上着を脱いでみなさい」
護衛騎士が上着を脱ぐと、腕に裂傷の跡があった。
「お見苦しいものを恐縮でございます」
「この傷はいつのものだね?」
「は。大変お恥ずかしい話ですが、1週間前の非番の日に実家のある田舎へ帰っておりまして。その際乗っていた馬車が盗賊に襲撃されたときのものでございます」
「ああ、報告に上がっていたな。隣の領境で起きた事件だろう。しかし君が傷を作るとは相手は手練れだったのか?」
「多少人数が多かったために少々手間取ってしまい、このような無様な傷を負ってしまった次第でございます。面目次第もございません」
「いや、そんなことはない。討伐できたことは報告で聞いている。改めて礼を言う。非番の日にご苦労であった」
「恐れ入ります。傷跡については、動きには全く支障はないことを団にも報告済みでございます」
騎士は傷一つで動きに影響が出るのだろう。戦場ではなくても一瞬の間が命取りになることもあるため、少しでも懸念材料があれば護衛任務には当たれないのだ。
「では、この美容液の方を傷につけてみても良いかな?もちろん代金は払うぞ」
「おじさま、構いません。こちらは全て差し上げますのでご自由になさってください」
「よし、では付けてみよう」
「は」
護衛騎士が美容液を傷跡に塗るところを、部屋にいる全員が固唾を飲んで見つめるのであった…。




