第58話 やどり木亭の時間貸し部屋2
「マリーさん!今日の今日で部屋が整っただけでも早いのに、さっそく明日の利用予約まで入れるなんて、さすがですね!」
オリバー支配人にはすでに部屋の準備ができたことは報告していたけれど、さっそく翌日の利用予約が入ったことに目を見開いて驚いている。
「えへへへ。たまたまです!お客様のご到着の際に、明日の貸部屋の問い合わせを受けたのを覚えていただけです!」
マリーは12歳とはいえ前世は大人だったのだ。褒められたからといって迂闊に喜ぶつもりはない。
にも関わらず、褒められると、いつもついついデレっと喜んでしまうのはマリーが12歳の子供だからなのだろうか。
おかげで、褒められて素直に喜んでしまうのがなんだか恥ずかしくて、誤魔化そうとしてさらに「えへへへ」となってしまうのだった。
まったく、前世は大人だったというのに、どうしてもっとこう“シュタッ!”とスマートにできないものか!と思う、お年頃のマリーである。
「えーっと明日のご予約ですが、13時から、2人部屋の方を3時間の貸出です。あ…そういえばお部屋の名前がいりますね…それと、食堂のカスレ定食6名分のご注文もありました。13時から食事、14時頃から商談の予定です」
商談部屋の貸し出しは前世のホテルのバンケットルームと同じことだ。マリーにとってはごく当たり前のことだったけれど、この世界では一般的ではなく、やどり木亭で時間貸しを始めて半年経った今でも、初めて聞くお客様からはとても驚かれている。
「宿の給仕はつきっきりではなく、都度の対応で問題ありません。
まずは、13時に皆様お揃いになったら、食事の給仕と飲み物の注文を取ること、次は、食後の商談に入る際に飲み物の注文を取ることです。
予約の1時間前に入室可能と伝えていますので、フロントにお見えになったらご案内と、段取りの再確認をお願いします!」
予約や食堂の注文、お客様からの要望を手配書に書きながら口頭でも引き継ぎを行う。
「わかりました。では人員の方は私の方で手配いたしますね。食堂の方はどうでしょう?」
「あ、そうだ。食堂はトーマス料理長とエマさんにご連絡済みです!」
「さすがマリーさん、完璧ですね!ありがとうございました」
「えへへへ。よろしくお願いします!あ、そうだ!椅子を2脚運ばないといけないんだった! ニコラスさんにお願いできないかと思ってるんですけど、今って戻られてますか?」
「ええ、3本目の定期便の送迎も終えてすでに戻っていますから、馬車の方か厩舎にいると思いますよ」
「ありがとうございます!じゃあちょっと見てきます!」
宿の表にある馬車の停車場所へ向かったが、タイミング悪くニコラスは外していた。
厩舎の方に行ってみようか迷っているところに、向こうから見覚えのある、ガタイの良いイカツイ男性が歩いてきた。
「あれ? (…確か…) ロバートさん? 」
「お、嬢ちゃん、さっきぶりだな!」
「先程はありがとうございました!」
ガタイの良い、イカツイ、見覚えのある男性は、さっき宿の模様替えを手伝いに来てくれた作業員の一人のリーダー的な男性、ロバートだった。
「どうかしたのか?」
「ニコラスさんを待ってるんです。椅子を2つ追加で運ぶことになりまして…」
「椅子、足りなかったか? なんなら俺が運んでやるぞ?」
「ええ!!いいんですか?!」
「おう!もう家に帰るだけだからな」
「お家はこの近くなんですか?」
「嬢ちゃん、マーサさん家は知ってるかい?」
「はい、知ってます!」
「俺ん家はな、マーサさん家の隣なんだよ」
「わぁ、本当にとってもご近所さんなんですね!」
なるほど、ロバートさんはマーサさんのめちゃくちゃご近所さんだったらしい。
「マーサさんには、忙しかったうちの親に代わって子供の頃から面倒見てもらってたからな。俺みたいな奴らは他にも大勢いて、みんなマーサさんには頭上がらねえんだよ。まあだからってわけじゃねえけど、やどり木亭さんもご近所だし、なんか困ったことがあるなら気軽に言ってくれよ!」
(な、なんていい人…っ!!)
「ありがとうございます!!とっても助かります!」
「お安い御用だぞ。椅子は作業場の方からでいいのか?」
「はい!あ、ロバートさん、念のため予備も含めて全部で四脚お願いしてもいいですか?」
「おう、もちろんいいぞ」
そう言うとロバートは作業場に向かい、あっという間にヒョイヒョイっと軽々と椅子を二脚ずつ運んでくれたのだった。
「…す、すごい!! あっという間に終わっちゃいました!ありがとうございました!!」
「ああ、これくらい、別にいつでもいいから言えよ?」
(くぅ…っ!やっぱりめちゃくちゃいい人!)
「ありがとうございます!! そうだ、これ、お礼です!…その、ささやかで申し訳ないんですけど…」
マリーはロバートと作業場に戻った際に、後でお礼に渡そうとラベンダーのサシェを2つ持ってきたのだが、その際、「そうだ!」と思いついて、そばにある箱に詰めてあった非売品のラベンダーの精油も持ってきたのだ。
そしてたった今、マリーが“いい人認定”したロバートへ、その精油も一緒に渡すことが確定したのである。
理由は「非売品って、ちょっと特別な感じがする」からである。
なぜこの精油が非売品になっていたのか…やんごとなき理由から精油を非売品にしていることについては、綺麗さっぱり、すっぽりと頭から抜けているマリーである。
「何言ってんだ? そんなこと気にしなくていいんだぞ? お互い様なんだからよ!」
(ほら、やっぱりいい人だよ〜〜〜〜!)
「いえいえ、そういうわけにはいきません! だって、これまでロバートさんがお世話になったのはマーサさんでしょう? 私はその恩返しのお相伴に預かったようなものじゃないですか。それに、これからもまたロバートさんに何かお願いすることがあるかもしれませんし、せめてこれくらいお礼させてもらわないと、申し訳なさすぎて二度とお願いできませんから!」
「あっはっはっは! マリーちゃんはすげえなあ! ほんとにその辺の大人よりもしっかりしてんなぁ。マーサさんがいつも褒めてるワケだ。 そういうことなら、遠慮なくいただくよ!」
「はい、ありがとうございます! と言っても、お好みに合うかわからないのですが…この小さな袋のものは、昼にお渡しした説明書きにも載っている“サシェ”です。いい香りなので、匂い袋として使ってもらうだけでもいいですし、クローゼットに入れたり、玄関に置いたり、虫除けに使ったり…ええと、詳しくは説明書にも書いてますので、ぜひ!」
「おう!見てみるわ!」
「それから、これはうちの新商品なんですけど、今は非売品なんです。サシェと同じラベンダーを精油にしたもので、怪我とかにも効くので、ぜひどうぞ。
お昼にお渡ししたラベンダー水と美容液も、火傷とかちょっとした傷なら治ると思いますが、この精油の方が効き目は大きいと思います! もし怪我とかに使うなら、水の中に大目に垂らして患部にかけて貰えば効くはずです!」
「おう!それはありがてえ。じゃ、遠慮なくいただくよ!」
「はい!」
「じゃあ、またな!」
「ありがとうございました!お気をつけて!」
ロバートを見送ったマリーは宿に戻り、オリバー支配人に椅子の移動も終わったことを報告する。
「ちょうどニコラスさんの姿が見えなかったのですが、マーサさんのお隣さんのロバートさんが通りかかって手伝ってくれたんです!あっという間に終わって助かりました!」
「それは幸運でしたね!マリーさん、さすがですね!」
「はい!うふふふ、わたしの日頃の行いかもしれませんね!」
そう言いながら、マリーは「えへん」とむねを張る。今日1日ずいぶんと順調に進んだため、ご機嫌ついでにテンションが高いのだ。軽い冗談くらい言ってしまうのである。
「ええ、それは間違いなく、そうでしょう。マリーさんの特性ですよ」
「えへへへ。支配人、褒めすぎですよ!」
マリーが選ばれた特別な人ならば、幸運を引き寄せたり物事がうまく運ぶのも当然の成り行きだろうと納得し、大きく頷くオリバー支配人である。
一方、笑い飛ばされると思っていたのに妙に力強く頷かれてしまい、恥ずかしくなったマリーだった。
お互いの心は微妙にすれ違っているにも関わらず、会話はしっかりと成立している二人だ。
しかしそれはよくあることだ。仮に同じ言葉を話してお互いが理解したと思っていたとしても、実際のところ相手が自分と同じようにその言葉を認識し、理解しているとは限らないのだから。
古今東西いつの時代も、異世界だって、人の心と人の思考は、そう簡単には読み解けないものなのである。
しかし、そんなすれ違いに気づかない二人はいつも通り和やかだ。…まあ、気づいたところで大したことではないのだが。
すると、そんな和やかな時間を破るように、石畳の上を走る馬車の音が近づいてきた。やがて、軽いいななきとともに、馬車はどうやら宿の前で止まったようである。にわかに通りが騒がしくなり、騒めきが宿の中にまで聞こえてたかと思うと宿の扉が開かれた。
「失礼するよ」
入ってきたのは、遠目でもわかる仕立ての良い上質な装いを身に纏い、立派な口髭と顎髭が印象的な貴族然とした壮年の男性と、細身の青年、そして騎士服姿の帯剣した騎士だった。さらにその周りには、従者と数人のコワモテの騎士まで従えている。
「はえ…?」
とても偉そうな貴族のおじさんや、帯剣した騎士たちの突然の訪問に圧倒されるマリーの口から、おかしな声が溢れた。




