第55話 祭りの前に
「あの!せっかく皆さんお揃いなので、ちょっといいですか?」
そう切り出したのは、やどり木亭の一人娘で、無自覚ながら実は聖女であるマリー、12歳である。
ラベンダー水と美容液の予定外の「効能詐称問題」については、ひとまず対策を講じて解決(?)の見込みだ。
がしかし、オリバー支配人とジェニーは本当にこれで大丈夫かと不安が残っている状態である。なんといっても「不確定要素」が強く、イレギュラー過ぎるため、対応に苦慮してしまうのも致し方ないのである。
一方、実は一番の当事者であり、この騒動の原因であるマリーといえば、その自覚も無く、すっかりいつものお気楽モードだ。…ついでに宿の主人であるセルジュはといえば、いつもの親馬鹿モードである。
しかしマリーにとって、このラベンダー水と美容液の「効能詐称問題」は、ただ単に“薬草の聖地”が成せる“パワスポ効果”、という至ってシンプルで、明快で、魔法のあるファンタジーな世界の神様特有の“パワスポ効果”、という最もわかりやすく信用出来そうな原因(と思い込んでいる)なのだ。
だからこそ、「祈れば解決」と固く信じているのである。
このように1ミクロンたりとも自分が原因だとは思っていないのだ。お気楽になるのも無理はない。かもしれない。
先ほどまでのマリーの悩みといえば、“パワスポ効果”のことを、「“薬草の聖地”のことを持ち出さずに、どのように伝えれば納得してもらえるか」だけだったので、丸く収まった(とマリーだけが思っている)ことに、大変すっきりとした気分だった。
そして、そのすっきりとした気持ちのまま、最近気になっていた「商談用部屋の時間貸し」について相談しよう!と思いついたのである。
今から約半年ばかり前、マリーが「やどり木亭をお客様に喜んでもらえる宿にする計画」として打ち出したのは5つの取り組みだ。
・宿泊されるお客様の靴のお手入れ
・宿泊されるお客様のお洋服の修繕
・食堂の見直し
・幌馬車を使って運河港までの送迎
・商談用部屋の時間貸し
おかげさまで、そのいずれも好評を博している。大変に有難いことである。
まず、靴のお手入れは相変わらず大変喜ばれている。
お手入れに派生して誕生したスリッパは、地味ながら、やどり木亭の隠れた人気商品になり、今や類似品も出始めているほどだ。
しかし、やどり木亭としてはこれを商売にするつもりはないので問題はない。ちまちま手縫いで作るには限界もあるし、大量に作ろうと思えば、やどり木亭のキャパシティを超えてしまうということも理由だ。
洋服の修繕も同じく好評である。
最近では、リピーターとして訪れるお客様の中に、わざわざ修繕が必要な洋服を溜め込んで持ち込むという上級者まで現れている。高価なマジックバックを所有している商人ならではとはいえ、なかなかのことだ。
やどり木亭の内職チームはベテラン主婦の集まりだ。特急料金を含む手間賃は、相場より高いため内職の希望者も多く、必然的に良い人材が集まるので、繕い物や修繕などのクオリティも高い。
簡単な繕いについては宿泊者のサービスに含まれているし(大量の持ち込みは追加料金をもらうが)、繕いだけでなく、破損した洋服類も大抵は遜色なく仕上げてくれる。
もちろん、大きな修繕については追加料金が発生するとは言え、滞在中に仕上げてもらえて、なおかつ修復やアレンジの仕上がり具合が良いとあれば利用者に喜ばれるのも当然かもしれない。
ただ、予想外だったのは、独身者だけだなく、既婚者の利用が多いことだった。
家で繕いや修繕を頼むと漏れなくついてくる『あんた、またこんなにして!』という小言を聞かなくて済む上、やどり木亭では修繕の依頼をすればお礼まで言われるのだと、大変に喜ばれているらしい。
そんな大人の事情を聞いて、世の既婚殿方の悲哀を感じてしまったマリーである。
そして、食堂の見直しについては、当初は全く想定していなかった制服フィーバーの影響が大きく、驚きの成果を出し続けている。
メイド服姿の女の子たちや、執事服風の男装(?)美女たちの人気は衰えていない。おまけに、単純に料理が美味しいという点も評価が高い。
看板メニューの「カスレ」をはじめ、最近ではハーブを料理に取り入れるようになり、味に深みが増したとますます評価が上がっている。
幌馬車に関しては言わずもがな、である。
セルジュの家族の“ほのぼの絵”とイケオジ御者・ニコラスのおかげで宣伝効果も抜群で、今やローべで知らない者はいないほど知名度のある馬車である。
そして、本日の本題「商談用部屋の時間貸し」である。
「あの!商談用部屋の時間貸しについて、ご相談したいです!」
「マリーさん、商談用の時間貸しですか?途切れずに予約も入っていて、とても好評ですよね。どうかしましたか?」
マリーの元気の良い呼びかけに、オリバー支配人が答える通り、なにせ、「商談用部屋の時間貸し」は現在のところなんの問題もなく好調なのだ。
やどり木亭の一階には、元々応接室として使っていた部屋が一つあり、その応接室を「商談用部屋の時間貸し」として稼働させている。これが、時間貸しを始めてみると思いの外利用が多かったのである。
「マリー、商人のお客様を中心に好評なんだろう?」
「はい、おかげさまでこんなにご利用があるとは思っていなかったというくらい、ひっきりなしにご予約が入っている状況です」
利用者は、ローべに本店や支店がない商人がほとんどで、後は貴族や冒険者がちらほら、といったところだ。
ローべに拠点を持たない商人たちがいざ商談をしようとすれば、これまでは自分が泊まっている宿の部屋か、商談相手先を訪問していた。
しかし、応接室があるような貴族用の高級宿の特別室ならまだしも、一部屋しかない自分が泊まっている客室での商談というのは、やむを得ないこととはいえ抵抗があったらしい。
おまけに宿の客室というのは、異性間の取引となると、体裁を気にしなくてはならず悩みどころだったという。
それゆえ、やどり木亭の「商談用部屋の時間貸し」は願ってもいないサービスなのである。
さらに、時間貸部屋が重宝される理由はこれだけではない。
仮に、宿を利用する商人たちが訪問先で商談をするとなると、訪問相手にもてなされる立場となってしまい、どうしても後手に回ることになるらしい。
しかしこれが、やどり木亭の貸部屋を利用することになるとどうなるか。
商品を売り込みたい商人たちにしてみれば、自分たちがホストとして商談相手を招くことができる。
自分たちが用意する部屋なのだから、相手が到着するまでに自分たちの商品を陳列することもでき、おまけに宿の従業員が茶の給仕に入ったり、依頼すれば自分たちの要望に応じた対応も可能となる。
手土産としてではなく、自分たちが持ち込んだ茶葉や菓子を用意して“ホスト側のもてなし”で、相手を迎えられるのである。結果、要は、“いいことづくめ”なのである。
「ですので、」
マリーはそこで一旦言葉を区切ると、いつぞやのジェニーのようにすっくと立ち上がる。
「この際、商談用の時間貸し部屋を、増やしてはどうかと思います!」
「マリー。パパはマリーのいうことにはなんでも賛成だよ。でも、どうやって増やすんだい?」
「はい、一階の使っていない客室を模様替えして、応接室のようにしてはどうでしょう!」
ふんす!と鼻息も荒いマリーである。
実は一階には一人用の客室が1部屋と二人用の客室が一部屋ある。
しかし、一階ということもあり、宿泊や食堂の利用客の出入りなどで落ち着かないのではという考えから客室としては稼働させていなかった。
その客室の調度類を模様替えして、時間貸しにしようという提案である。
「なるほど。確かにそうね。1階だからとはいえ、客室を遊ばせとくのももったいないし、人手が足りるのならいいんじゃない?」
「マリー!さすがだね!パパは賛成だよ」
「そうですね、私もいいと思います」
「やったあ!」
すると、オリバー支配人がハッとしたように言う。
「もしかして、マリーさん、2週間後の商工会の祭りに向けての対策を考えてのことですか?
毎年祭りの1週間〜10日ほど前から内外の商人たちがローベに集まりだすのです。
祭りでの正式な商談は3日目ですが、それまでは事前に配布される資料をもとにリサーチをしたり、試せる商品があればそれを試したりという事前調査を行い、取引したい商品に目星をつけるのです。それに、各店では祭りに出さない商品もありますので、事前にそれらの商品の買い付けをしたりということもあり、商談は祭り前の今の時期からが最も増えるのです」
「なるほど」
「ですから、そう言ったお客様を取り込むには最高のタイミングであり、大変有効な手段ということになるのですが…マリーさん、さすがですね」
なるほど、オリバー支配人の話からすると、タイミングも非常に良いらしい。
しかも、マリーは何か大きく勘違いをされているようである。
全く、さすがでも何でもない。そんなこと知らなかったし、完全にただの思いつきなのだ。
「え?そうなのですか?それは単なる思いつきの偶然です!」
「なるほど」
オリバー支配人が、うんうんと頷いているが誤解は解けたのだろうか…。
しかし、考え込んでいる時間はないのだ。せっかくなのだ。すぐさま用意をして、一日でも早くに稼働を開始させたい。
「じゃあ、早速模様替えをして、貸し出しが始められるように準備しますね!」
マリーはそう言うと、模様替えの家具移動などの手配を始めたのだった。




