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第54話 アーロン、ローベの公館へ

 天むす屋で“天むす”を堪能したアーロンとワーグナー小隊長は店主に礼を伝えて店を出た。とはいえ、まだ昼過ぎで夕方までは時間があるため、一度公館に向かうことにしたのである。

 公館からであれば、先日訪れたフィラットのその後の状況についても王城に確認することもできるだろう。


 ローベの地を治めるのはカリフィールド侯爵家だ。アーロンたちが公館を訪れるとちょうど侯爵も執務室に在籍しているというので挨拶することができた。

 話を聞いてみると、カリフィールド侯爵家はフィラットを治めるクリストフ伯爵とは親戚で、現当主は従兄弟同士の関係にあるという。


「そうですか。アーロン政務官殿とワーグナー小隊長殿がフィラットにも出向かれていたとは、これはまた何かのご縁ですな」


 50代くらいだろうか。榛色の髪と瞳で、口髭と顎髭がダンディな壮年の男性だ。


「フィラット周辺では原因不明の体調不良が出ているそうですな」


「ええ、そうなのです。我々も数日前に治癒薬院からのポーションを届けにフィラットへ行ってきたところなのですが、まだ原因がはっきりわからないようでして、我々も心配しているのです。それで、王城と連絡を取りたいのですが、後ほど送還装置をお借りしても?」


「ええ、それはもちろんです。どうぞご自由にご使用ください」


「状況がわかれば、卿にもご報告させていただきます」


「恐れ入ります」


「ローベには初めて参りましたが、とても栄えているのですね。街の中もとても賑やかで良く手入れされていました」


「やあ、それはありがとうございます。王都からのお客様にそう言っていただけるのは嬉しいですな。この街の者は皆、誠実で明るい気質なのですよ。もちろん全てとはいかないでしょうけれど。それに商人たちも真面目に商売をしているので、これまでこうして来られているのでしょう」


「近々、恒例の祭りもあるそうですね」


「ええ、あの祭りは毎年皆が力を入れていましてね。昔はローベの特産品などを主に扱っていましたが、交易が自由化してからは、ローベに店舗を構える外国の商会が、自国の商品も持ち込むようになりましてな。

 おかげで、ローベには外国からも優れた品が集まり、ローベの優れたものは国内外へと広がるようになりました。

 それもこれも、これまで誠実に商いを行ない、真面目に商品を作ってきた皆の努力の賜物なのです」


 これだけ発展した街の領主でありながら、奢ることなく、しっかりと民のことを考えているようだ。だからこそ、今の発展があるのだろう。

 しかし、言葉で言うのは簡単だが、実際には一朝一夕にできることではないことをアーロンは知っている。

 目の前の侯爵はとても穏やかな見た目でありながら、大変な切れ者なのだろうとアーロンは推測した。


「なるほど。これまでローベの街の皆さんが積み重ねられてきた努力が、今のローベの発展に繋がっているのですね。素晴らしいことだと思います」


「祭りでは3日目に商談が行われることが多いと聞きました。またそれを目指して新商品を開発する店も多いそうですね」


「ははは、よくご存知ですな!そうなのですよ。

 事前に出店する店と商品の説明を配布していますので、ローベに支店のある商会も、本店からわざわざ人を寄越して事前調査を行うようでしてな。

 祭りまで二週間を切っていますから、そろそろ、人が集まりだす時期なのです。これからしばらくは、ローベにとっては年に1度のかき入れ時なのですよ」


「お忙しい時期にお邪魔して申し訳ありません。今日からこちらに滞在させていただくのはご迷惑ではありませんか?」


 公館には領主や事務官が執務を行う執務等だけでなく、各地の事務官や王城からの政務官らがやってきた時に滞在できる客室も備えられているのだ。

 アーロンたち調査員の宿泊は出発の際に各地の公館あてに手配が行われる。

 フィラットでは公館の客室棟の改築中だったため宿を手配したが、今回のローベでは公館に宿泊することになっているのだ。


「いえいえ、お気になさらずに。公館には基本的に一般のお客様をお泊めすることはありませんし、いざとなれば私の屋敷もありますからな。どうぞごゆるりと疲れをお取りください」


「ありがとうございます」


「この後はどちらにお出かけになるご予定ですか?」


「これから、やどり木亭という宿へ向かう予定です。実は侯爵にお尋ねしたいことがありまして」


 アーロンが、先ほどの天むすやで聞いたばかりの薬草を使った商品についてに尋ねようと、“やどり木亭”の名前を持ち出した。しかしその名前を聞いた瞬間、侯爵の肩がピクリと動いたのがわかる。

 何かあるのだろうかとアーロンが疑問に思ったところ、侯爵が口を開いた。


「やどり木亭ですか。もしかすると、今回のご訪問の目的は…」


「卿はやどり木亭をご存知ですか?」


「ええ、もちろんです。やどり木亭は現当主で4代目になる宿でして、ローべでは老舗の宿に入ります。

 私は先々代には随分可愛がってもらい、先代とは良いお付き合いをさせてもらいました。しかし、現当主へ代替わりする際に色々ありましてね。現在の当主は大変苦労したのですよ」


「そうでしたか…」


「元々画家を目指していたので商売のことはからっきしで、それでも急遽宿を継いだのはいいものの、やはり向き不向きはあるのですなあ。宿の経営はなかなか上手くいかずに苦労していました。

 おまけに、私が手助けしようにも頑固なところは先代にそっくりで…いや、今はご家族でしっかりと宿を建て直していましてな。なんでもまだ幼いご息女が随分しっかりなさっているようで」


「なるほど」


 家族で力を合わせて逆境を乗り越えたのだろう。何も問題のない良い話ではないかと、アーロンは相槌を打つ。


「アーロン殿はやどり木亭で何を?」


「ええ、確かめたいことがあるのです」


「なるほど…」


 すると、侯爵は覚悟を決めたように続けた。


「…実は…私の立場でこのようなことを申し上げるのは道理に反していることは重々承知しているのですが、今回だけは、どうか不問にしていただけないでしょうか?」


「不問に?」


 思いがけない言葉に、アーロンは一体どう言うことかと問い返す。


「ええ、現当主…セルジュは、確かに少々考えなしのところがありまして…此度のようなご迷惑をおかけしてしまって大変申し訳ないと思っております」


 話が見えないため、アーロンとワーグナー小隊長は侯爵の次の言葉を待つ。何か後ろめたいことでがあるのだろうか。


「ただ、何かか不穏なことを考えているなど、そのようなことは全くありません。後で本人を紹介させていただきますが、実際にお会いいただければ当人に悪意がないことはご理解いただけましょう」


 何かローべに関する数値以外の重要な事柄があっただろうかとアーロンが考えていると、ハッとしたように侯爵が青褪め始める。


「… もしや…、すでに王城で大きな問題になっているのでしょうか?」


 これほど動揺するということはよほど重大なことなのだろうが、今王城で最も騒ぎになっているのは瘴気問題だ。幸い、現段階ではまだ実害はほとんど出ていないとはいえ、もしこれが誰かの仕業だったとすれば、さすがに重い刑は免れられないに違いない。


「しかし、不問にとは、一体どのような…?」


 うっかり言質を取られないよう、アーロンは慎重に言葉を選ぶ。


「…いや、ご不興を買うのも無理はないかもしれません。あれほどよく考えて慎重な言動をと言い聞かせたというのに…細君と、特にご息女は大反対だったのですよ。せっかくご息女がこのような事態も想定していたにも関わらず…」


「な、なるほど?」


「アーロン殿、ワーグナー小隊長殿、どうかご判断は、せめて本人の面通しを終えてからということで、どうかよろしくお願い申し上げます」


 そう言って侯爵はアーロンたちに深々と頭を下げたのである。



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