第53話 効能詐称問題2
「マリーちゃん、そうよね。何も変わりはな… 「それでその後、このラベンダー水と美容液が、購入してくださった方々の悩みを解消して健やかにしてくれますようにってお祈りして、お店に出しました!」
マリーが、ジェニーの言葉に気づかずに遮るように言った言葉に、大人三人は思わず動きを止めて心の中でつぶやいた。
(もしかして、マリーのそれじゃないかな)
(もしかして、それなんじゃないの?)
(もしかして、それですか…?)
正解である。さすが、マリーと毎日過ごしているだけのことはある面々だ。
無自覚ながら聖女であるマリーの祈りは神に通じ、願いは力になるのだ。
いよいよ完成したラベンダー水と美容液を初めて世に出すからと、張り切ったマリーがいつものように柏手を打ち『ラベンダー水と美容液が、購入してくださった方々の悩みを解消して健やかにしてくれますように!』とお祈りをした結果がコレ、と言う訳である。
この娘の特異性には、…セルジュはどうか微妙にわからないが…オリバーもジェニーも薄々気づいている。
そもそも、マリーの薬草園にある薬草類は、そのほとんどが、決して市場に出回ることはないものばかりだ。
マリーは知らないようだったが、そもそもこの手の特殊な薬草が採取できる場所に行けること自体が普通ではない。
それらを採取できただけでも特別なことにもか変わらず、本来生育地以外では育たない薬草を自分で栽培している段階で、すでに尋常ではないのである。
おまけに、収穫しても翌日には遜色ない品質のものが収穫できることだって異常だ。しかも、マリーの『えい!』で完結する水やり方法だって十分におかしい。
さらには、出来上がった薬草の持つ成分の品質の高さも、ラベンダー水と美容液の調整が必要なほどの効能の高さも、今すぐ販売できないほどの精油の効能の高さも、全て尋常ではないのだ。
相変わらずマリーは、『特別な場所で取れた特別な薬草に付いている特別な効果?特典?特別仕様?なんです。ものすごく高性能で便利ですよね?』と何故か頑なに信じ込んでいるようだが…。
仮にもしそうだとしても、そんな状況をもたらす原因はマリーにあると言うことになる。
(まったく…この子は…! かわいい顔して、無自覚でかわいくないことやってくれるんだから…)
(まったく…いつの時代もどこの国でも、本当に力のある人は、自分の才能に無自覚だと言いますが、まさにそれなんでしょうかね…)
その尋常じゃない諸々の原因であるマリーといえば、目の前でとぼけた顔をして、小動物のように右へ左からへと首を傾げている。マリーとしては、本気で原因を考えているのだろう。
(この無自覚な子に、自分の薬草に関する特異性を自覚させたほうがいいのかしら? でも、それが原因で、この先色んなことに萎縮してしまったり辛い思いをすることになったら…いや、マリーちゃんに限ってそれはないわね。でも自覚させるにしても、どうやったら納得するのかしら?)
だってジェニーはこれまでに何度もマリーに伝えたのだ。薬草関連のことについて、これは“普通ではない”と。しかしその都度マリーは、『ふふふ、ジェニーさん!それはですねぇ、特別仕様だからなんですよ!』と得意気に言うだけで聞き入れないのだ。
(マリーちゃんは、もしかしたら選ばれた「特別な人」なんだろうか?もしそうなら、騒ぎになって大変な騒動に巻き込まれないようにしなくては…もしかすると国に取り込まれて閉じ込められて、彼女が望む人生を送れなくなってしまうかもしれない。しかし、本人が無自覚なら、まずは自分の力が特別かもしれないと自覚させた方がいいのか? いや、でももしもそれを本人が負担に感じてしまったら…)
オリバーはこれまでにも、何か特別な才能を持つ人が国や大きな力に取り込まれて、望まない人生を歩かざるを得なくなってしまった話をいくつも聞いていた。
幼い頃から妹のように、いや娘のように思ってきたマリーがそんな目にあって欲しくはない。マリーにはこれまで通りのびのびと育ってもらいたいのだ。
事の重大さに気づいているのかいないのか、セルジュは小動物のように首を傾げるマリーを眺めてはニコニコ微笑んでいる。
そんな様子を見て、ジェニーとオリバーは更に頭を悩ませるのである。
「マリー。パパは思うんだけど、きっと、マリーの祈りがラベンダーに届いたんじゃないかな?」
(え?言った!この人、言ったわね! いや、確かに私もそうは思ってるけど、マリーちゃんがもし『自分は特異な性質を持っているのかもしれない』と自覚した後のこと、ちゃんと考えてるのかしら?とはいえ、そもそもマリーちゃんが、今回のコレが自分の力が原因だって受け入れるかしら?)
(セルジュさん、ストレートですね…。でも、マリーちゃんがもし本当に特別な存在だったとしたら、これから先、どうするつもりなのか…)
「え?」
「マリーは、出来上がったラベンダー水と美容液が、買ってくれたお客様の悩みを解消して健やかにしてくれますようにって神様に祈ったんだろう? きっとその想いが通じて、ラベンダー水と美容液に、成分以上の効能がついたんじゃないかな」
セルジュは、きょとんと自分を見るマリーの頭にぽんと手を乗せながらそう言った。
(いくらなんでも、祈りが通じたとかそんな曖昧なことでマリーちゃんが納得するかしら?)
(随分と古典的な…しかし、しっかりしているとはいえ、マリーちゃんはまだ12歳。意外とこう言う言い方のほうがしっくりくるのかもしれませんが…)
しかしここは、のほほんとしているように見えて、正解を引き当てる男・セルジュである。おまけに、曲がりなりにもマリーの父親なのである。
「祈り?」
マリーはそう言うと、再び腕を組んで、手を顎に当てて考え込む。
(うーーん、これはどう考えたって“薬草の聖地”のパワスポ効果だと思うんだけど…。ちょっと整理が必要だわ。
まず、シモンズさんに秘密で教えてもらった“薬草の聖地”のことをシモンズさんに断りもなく勝手に話すわけにもいかないでしょう?
そして、祈りうんぬんだけど、まあ確かに、“薬草の聖地”では、祈ったら光ったり光の柱ができたりしたよね?
祈っただけで、あれだけすごい「パワスポ効果」を出せるからこそ、うちの薬草園でも薬草がどんどん育つし、高性能水遣り機能とかのパワスポ効果が継続してるわけだよね?
それに、あんなにすごいパワスポ効果のある“薬草の聖地”で摘んだラベンダーを育ててる訳だから、そこから収穫された薬草の成分や効能は、他の薬草より優れていて当然じゃない?
結局のところ、“薬草の聖地”出身の薬草から抽出した成分だからこそ、祈りにも反応することのできる力があるってことだよね? うん、そうだよね。
でも困ったなぁ… “薬草の聖地”のことはシモンズさんに確認するまでみんなに話すわけにはいかないし…でも、これは“薬草の聖地”で摘んだ薬草な原因であることには間違いないわけだし…。
んー、まぁざっくり考えれば、“祈り”がきっかけといえばきっかけな訳だから、パパが言う通り、わたしが祈ったから効能が増したってことにしておくのが良さそうかなぁ? このままじゃ、どれだけ話しても解決しなさそうだしね)
そして、考えに考えを重ねて考え抜いた結果、やはりこの辺りが一応の落とし所だろうと思ったマリーは、大きく頷いた。
マリーは、状況も空気も読めるし、忖度だってできる12歳なのである。
「うん。パパの言う通り、(ざっくりまとめれば)確かにそうなのかも!」
「マリー、そうだよ!マリーの祈りの力なんだよ!だったマリーは、僕の天使で聖女だからね!ふふっ」
「えへへへ(違うよ!今はシモンズさんに確認してないから説明できないけど、本当は“薬草の聖地”の特別仕様でパワスポ効果だよ!)」
(まあ!マリーちゃんが納得したわ!…セルジュさんって、ただの親馬鹿じゃなかったのね)
(マリーちゃんは、自分に特別な力があるかもしれないと気付いたのか?)
心の中は三者三様なのである。
「…では、今回の効能が増えた件については、マリーさんの祈りの影響だとして、今後の商品についてはどうしましょうか」
「そうなのよね…」
オリバー支配人とジェニーの言葉に、うーんと少し考えたマリーが口を開く。
「それなんですけど、祈ったら効能が増えたのなら、今度は効能が均等になるようにもう一度祈ってみたらいいんじゃないですかね?」
「「え?」」
「祈りで効能が変わるなら、祈りでなんとかできるのではと…それで、説明書きとお店のボードには、えーっと例えば、“薬草の個体差のため成分が均一でない場合があります”というような注意書きをして、説明をした上で、納得していただいた方だけに購入していただく、というのはどうでしょう?」
「ああ、マリー! マリーは天才だね! さすが僕の天使で聖女だよ! パパは賛成だ」
「…そうね。成分を測定しても効能が変わってしまうのならば、そうするしかないような気がするわ」
「そうですね。確かに、それが一番かもしれません」
「…でも、この先、商品を作るのに常にマリーちゃんがいるとは限らないわよね?」
「そうですね」
「でしょう?だから、マリーちゃんが祈るのは、本当に必要最低限だけにした方がいいと思うわ」
「たしかに」
「ということで、マリーちゃん。当面は仕方ないけど、祈るのは本当に必要最低限よ! 極力、祈りは控える方向でね!」
「はぁい」
この場にもっと有能な人がいれば、もっと違う解決法が取られたのかもしれない。
しかし、不可思議で特別な力が働いたとしか思えない事態の中、今のやどり木亭としてはこれが最善の案だろう。
こうして、一応、ラベンダー水と美容液の、『説明書きより実際に使ってみると、びっくりするほど効能が高い』という「効能詐称」問題は、無事に解決に向かったのであった。




