第52話 効能詐称問題
「これこれ、これですよ。昨日、うちのカミさんが、知り合いから聞いたってすぐに買ってきたんですけどね、『あんたは絶対使わないでよ』って言われてね。癪だから使ってやったんだよ。この小さい方のを。いや、小さい方が高いらしいからね。まあちょっとした出来心ってやつさ。そうしたら、今朝見たら、火傷の傷がコレだよ!もう驚いたのなんの」
商品の説明が書かれている紙には、特に傷跡を治すなどの記載はない。一般的な女性の美容用品らしい文言が並んでいるだけだった。
「特に薬やポーションではないようですね」
「ええ、ボトルも一般的な薬やポーションとは違いますし、説明書をみても薬の類では無さそうですし」
「ああそうなんですよ。それはね、うちのカミさんが仲良くしてる友達が働いてるって宿が最近作った美容系の商品だそうですよ。
カミさんの友達が試作品を使ってる時からその友達とカミさんが、美肌効果がなんたらってやたらと騒いでましてね?
昨日ようやく発売になったからって連絡があったとたん、仕事ほっぽりだして買いに行ってしまいましてね。今だって、『これは本物だから!』とって友達や親戚に教えてやるんだって、仕事ほっぽりだしてあちこち行ってるところなんですよ。
最初はどうせその辺の化粧品と一緒だろうって思ってたんですけどね? 自分で使ってみたら、火傷跡があっという間に治って、あらびっくりってわけなんですよ。…まあ、おかげでカミさんには使ったのがバレてしこたま怒られましたけどね。 必要ならまた買えばいいって言ったら、ようやく機嫌を直してくれましたよ。 だって火傷が一晩で治るなら、他の傷にも効きそうでしょう? それなら我が家に常に一本は置いておきたいじゃないですか?」
最初からよく話をする店主だったが、さらに饒舌だった。
「薬でもポーションでもないのに傷が治る?しかも火傷が一晩で?そんなことあるんでしょうか…」
この店主が偽る意味もないので、恐らく本当なのだろう。しかしこれは確かめておくべきだろうとアーロンが思ったところ、ワーグナー小隊長が店主に尋ねた。
「ご主人、それはどこに行けば購入できるのでしょう?」
「これはね、“やどり木亭”って宿ですよ!」
ふふん!とやはりドヤ顔で店主に告げられたのは、本日2度目の“やどり木亭”の名前だった。どうやら自分たちはこの宿に行く運命になっているようだとアーロンは頷く。
すぐにでも宿に向かい二人だったが、店主に止められた。
「今から?そりゃやめたほうがいい。あそこの宿の食堂はちょっと前から大人気でね。この夕方くらいまでは行ったって相手にはしてもらえないよ。まあ、天むすでも食べてから行ったらどうだい?」
しっかり喋っていたが、天むすのオーダー中だったことは覚えていたようだ。
ちょうどタイミングよく、料理人が作った天むすとセットのスープを持ってきたので二人はようやく昼食をとることにしたのだった。
一方その頃、やどり木亭ではまだ忙しい食堂を従業員達に任せて、セルジュ、オリバー支配人、ジェニー、マリーが揃って頭を悩ませていた。
「どうして、こんなことになっているのかしら…」
マリーとジェニーが作ったラベンダー水と美容液は、祭りに先駆け、昨日から宿で販売を始めたばかりだ。宿泊のお客様に試供品を使ってもらうなどして感想を聞きながら、徐々に販売を軌道に乗せていく予定だった。
ところが、販売を始めて早々、初日に立て続けに売れていった。どうやら、事前にモニターとして宿の従業員全員と内職チームの全員には試作品を渡していたため、その家族や友人たちが早速購入に来てくれたらしい。そこまでは良かった。
そして一晩明けてみると、朝から宿にはラベンダー水と美容液の問い合わせや購入希望者が殺到している、という今の状況である。
問題は、その内容だ。
『腰の痛みがなくなったと聞いたので祖母に贈りたい』
『シミが薄くなる化粧品があると聞いたので購入したい』
『叔母が偏頭痛がなくなったと言っていたから自分も購入したい』
『シワが目立たなくなる化粧品があると聞いたので売って欲しい』
『肩こりが痛くなくなる薬があると聞いたので売って欲しい』
『切り傷や擦り傷が跡に残らないですぐに治る薬があると聞いたから今すぐ欲しい。週末に結婚式なのに怪我をしてしまったから』
『火傷の跡が消える薬があると聞いたから購入したい。子供が顔にやけどをしてしまった』
『友人の随分昔にできた傷跡が消えたと聞いた。自分も気になる傷があるから購入したい』
などなどなどなどである。
これは一体どうしたことかと、訪れた人たちから話を詳しく聞いてみる限りでは、まだ販売していない精油ならあり得る効能が、ラベンダー水と美容液でも得られているということになるのだ。
いわゆる、「効能詐称」である…とはいえ、「買ってみたらめちゃくちゃ効果があるんですけど!」という“良い方”に、ではあるのだが…。
「おかしいわね…こういうことが起きないように、成分の数値はしっかり確認してたのに」
「ジェニーさん、そうですよね。うーん、どうしてこんなことになってるんでしょう?」
ジェニーの隣では、マリーも腕を組み、一緒になってうんうん考えていた。
「なるほど…これは想定外の効果というわけですね」
「支配人、そうよ!普通に販売したら効果が高すぎて騒ぎになるかもしれないでしょう? だからかなり効能を下げていたの!」
「なるほど。それなのに蓋を開けてみれば騒ぎになっているわけだね。とはいえ、返品や苦情が来ているわけではないし、みなさん喜ばれているのならいいんじゃないか?」
「そっか。クレームじゃないですもんね!」
セルジュの言葉に軽く同意したマリーだったが、オリバー支配人とジェニーの表情から、そう簡単なことではなさそうだと思い直す。
「…ええ、今回の分は致し方ないとしても、今後の発売が問題になります」
「ええ、そうよ。成分と数値を確認していたにも関わらず、それ以上の効能が出てしまったのだもの。今後も同じ条件で、どれだけの効能が出ているのかが把握できなくなるわ」
「あ、そっか!」
マリーも事の重大さを理解した。
「そうよ。今回、この商品を購入されたお客様は、これはこういうものだと認識したわ。次の購入の際にも、当然同じ品質のものを期待しているはずよ」
「そうだね」
「たしかに…」
「それに、今も宿にもこれだけ反応が届いてるんですもの。きっと皆がそれぞれ周りの人にも伝えてるはずよ、『こんなに素晴らしい商品だ』って。それを聞いた人だって、同じ効能を求めて購入するでしょうね」
「そうですね」「そうだね」「そうですよね」
「それなのに、今後作るものどころか、今、製品として瓶に詰め終わっているものですら、効能が揃っているかわからないのよ!…今回だってあんなに何度も確認したのに…」
事は確かに重大だった。確かに、効能がまちまちなものを販売するのは問題がありそうだ。
「うーーん、何か不確定要素があったんですかねぇ…?」
マリーの言葉を聞いたセルジュが、はっと目を見開いてマリーを見る。
「マリー!そんな難しい言葉を知ってるのかい? やっぱり僕のマリーは天才だね!」
相変わらず、マリーが絡むとポンコツ気味になるセルジュだ。
しかし、やどり木亭ではそんなセルジュにも皆慣れっこだ。何事もなかったかのように華麗にスルーするのである。
「そうですね…いつもと違う工程がなかったかどうか、念のため見直してみますか」
オリバー支配人の言葉で、ジェニーとマリーは工程を思い浮かべた。
ジェニーは用意していた製造工程表をオリバー支配人に渡し、一つ一つを作業を思い出しながらに挙げていき、オリバー支配人はその表を確認しながら時折メモを取っている。
「まずはラベンダーの花の〜〜〜、それから〜〜〜次に〜〜〜を、〜〜除去して、その後〜〜〜、最後に〜〜よ」
「ふむ。特に変わったことはなかったようですね」
「ええ。特に違うことはしていないもの」
「なるほど。ということは、元々ラベンダーの花の品質が違っていたのか…いやでもそうなると工程の初段回の成分確認でわかるわけですよね…」
「そうなのよね。成分の数値が均一になるようにチェックしてるから、わかるはずなのよ」
「ふむ。ではひとまず、製造された製品を詰める工程をおさらいしてみましょうか」
次はマリーの説明である。
「えーっと、出来上がった製品を〜〜、子供たちが頑張って瓶に〜〜、みんな一生懸命でかわいいくて〜〜、段々上達してきてて〜〜、チームワークもいい感じで〜〜〜、最後に〜〜〜〜です」
ちょいちょいマリーの心情が盛り込まれていたものの、工程としては問題ない。
「マリーちゃん、そうよね。何も変わりはな… 「それでその後、このラベンダー水と美容液が、購入してくださった方々の悩みを解消して健やかにしてくれますようにってお祈りして、お店に出しました!」
ジェニーの言葉に気づかないマリーが、そのまま重ねるように言った言葉に、その場にいた大人三人は思わず動きを止めて心の中でつぶやいた。
(もしかして、マリーのそれじゃないかな)
(もしかして、それなんじゃないの?)
(もしかして、それですか…?)




