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第50話 アーロン、ローベの街へ3

「まあ、そうは言いましても『調子がいい気がする』というだけのことですからなぁ。実際のところがどうだったのかはわかりませんなぁ」


「ご主人はご体調の変化はあったのですか?」


「ふぉっふぉっふぉっ。わしのような年寄りは身体に不調があることが普通ですからなあ…はて、そういえばあの日から身体の調子は良いように思いますなぁ。ふぉっふぉっふぉっ」


 奇跡のような驚きの光景を目にして、気持ちが高揚してしまい「体の不調を感じない」ということもあり得る話である。「身体の調子が良くなった」というのも劇的に何かが改善されたということではないようだ。

 しかし、アーロン達はローべの街に入ってから、実際に身体が軽いと感じている。聖なる力の影響だと思えば、あり得ないことではない。


「まあ、なにせあの山は、昔々聖女様がよく来られた山だと言い伝えられていますからな。それであれば、そんなことが起こったとしてもなんの不思議もないというものです。わしらのような年寄りはずっとお伽話だと思うておりましたが、まさかまさかですなあ。ふぉっふぉっふぉっ」


「その話は我々も聞いたことがあります。それに、誰でも入れるわけではないとも」


「その通りですぞ。昔から運試しのように山へ入ろうとする者がおりますがな。ふぉっふぉっふぉっ」


興味本位で訪れる者も多いようだ。


「最近はどうですか?」


「あの騒ぎ以降、訪れる者が増えましてな。毎日のように貸馬車を出しておりますわい。おかげでこやつがご機嫌でしてな。働き者で、馬車を引くのが好きなんですじゃ」


「そうですか。ちなみに、山はどこまでなら入ることができるのでしょう?」


「ふむ。それがですな。山へ入る状況はそれぞれの御仁ごとに少し違うようですぞ」


「ほう、そうなのです?」


「わしが案内したお客様方に聞いた話ですとそうですぞ。麓までしか行けなかった者、門まで辿り着いた者、門の中までは入れた者、様々らしいですな」


「入れる方は?」


「わしが知る範囲では、お一人おられますな。定期的にお越しになる方が」


「いるのですか!!」


「おりますぞ。ただわしが知る限りではそのお方だけですがな」


「ちなみにその方は、光の柱が立った時には山へ?」


「ううむ。全てを把握しているわけではありませんが、恐らくその時はお越しになってはおられませんでしたでしょう。まだ来られる時期ではありませんし、わし以外が案内して山に入ったお方がいれば、騒ぎになるでしょうからな」


「そうですか」


「そういえば、他国から旅人もお見えでしたな。装いや言葉遣いなどこの国の者に似せていましたがな。わしにはすぐにわかるものですからな。ふぉっふぉっふぉっ」


「外国からですか…どのような旅の方でしたか?」


「確か、三人でお見えでしたな…商人風の格好をしておられたが、お忍びだっのかもしれませんな。主従関係にある方々のようでしたぞ」


「なるほど…ちなみに、山には?」


「もちろん、入れませんでしたな。ずいぶん手前で戻ってこられましたからな」


「ダンナ方も山へお入りになるのですかな?」


「ええ、試みるつもりです」


「それならば、お気をつけなされ」


 翁が少しの間を空けて続ける。


「ある者が強引に入ろうとしたところ、神の怒りをかってしまったのか、そのまま姿が消えて行方不明になったことがありましてな。…未だに見つかっていないと…」


「そんなことが…!」


「ふぉっふぉっふぉ。今のは冗談ですじゃ。ここは入ることはできなくても、危険はありませんからご安心なされ。そうでなければ、わしのような年寄りの馬車では案内できませんからな。ふぉっふぉっふぉ」


 翁の洒落にならないいきなりの冗談に翻弄されるアーロンであった。ワーグナー小隊長も思わず苦笑だ。しかし、お陰で緊張が緩んだ。

 それにしても、翁が話してくれた外国からの来訪者とは…。交易も自由化され、日頃から国内外の商人の出入りも多いローべならおかしな話ではないがしかし、アーロンは少し気になる。


「まあ、何よりもご自身で行って見なさるのが一番ですぞ。ふぉっふぉっふぉ。見えてきましたな」


 やがて、アーロン達が乗った馬車がテルティア山の麓に到着した。


 聖女の山と聞いて、なんとなく高くそびえるような険しい山をイメージしていたアーロンだったが、全く違う。山は標高は高くなく、小さな丘のような、ちょっと大きな森の木々が勢いよくこんもり茂ってだいぶ大きくなったような、そんな山だった。道理で運河港からも見えなければ、近くに来るまで山が見えなかったわけである。


「ここが、聖なる山…」


 隣でワーグナー小隊長が呟く声が聞こえた。


「それでは、わしはここでお待ちしておりますでな。ふぉっふぉっふぉ」


 翁は慣れているのだろう。ニコニコしながらアーロンとワーグナー小隊長を見送ると、馬の世話を始めた。


 山の外から見た感じでは中の様子は全くわからなかったが、麓から山の方へ歩いていくと、大きな白い門柱のようなものが二本離れて立っているのが見えた。


「あれが小隊長のお話にもあったで門でしょうか」


「そのようですね」


 山は静かで、辺りの鳥の囀りが聞こえるくらいである。瘴気問題の鍵となるかもしれない山だ。アーロンは自分がごくりと息を飲み込んだ音が聞こえるような気がした。

 二人はやがて門のそばまでやって来ることができたが、この先は果たしてどうなのか。

 山の入り口にポツリと立つ、つるりとした真っ白な柱が妙に目立つ。いったい何でできているのだろうとふと思ったアーロンが柱に触れかけたところ、触れる寸前でピリリと指に刺激があった。


「っつぅ」


「大丈夫ですか?」


「ええ、ちょっと指先にピリっときましたが。では、進んでみます」


 アーロンがそう言って柱の間を進む。続いてワーグナー小隊長も進み始めるが、二人とも、すぐに柱の奥あたりで何かに遮られるように進めなくなってしまった。


「本当だ…入れませんね…」


「入れませんね」


 入れないだろうとは分かってはいたけれど、自分が経験すると改めて不思議なことである。

 目の前には変わらず山の景色が広がっている。山の木々以外何も見えないのだ。しかし、二人の前には確かに何かがあって、これ以上の侵入を妨げている。


「ふむ。反対側の柱のそばでも…ダメですね。真ん中でも…位置を変えてみても…ああ、やはりダメですね」


 アーロンも試してみるが同じである。


「残念ながら、これ以上先には進めないようですね」


「ええ、仕方ありません。今日のところは街の方へ向かいますか」


 二人はあっけないほどなす術がなく、仕方なく、翁の待つ馬車へ戻ったのだった。


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