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第19話 治癒薬院3

 研究室に戻るとニヤついた顔のダリルが待っていたが、シモンズの顔を見て何かを察したのだろう。真顔になって尋ねてくる。


「院長の話、よくない話だったのか?」


 シモンズは再び深いため息を吐いた。


「聖女様からの召喚(招待)だよ」


「あー…ついにか」


 ダリルはシモンズが本気で当代聖女を嫌がっていることを知っている。当代聖女というか、女性を嫌悪気味であることも。


 地方の男爵家の出身のダリルとは治癒薬院に入った時からの付き合いだ。お互いに14歳で入職した二人は同じように寮に入り、同い年が二人だけだったこともありよく話すようになった。

 寮に入るのは地方出身者や下位貴族か平民がほとんどだ。ダリルはシモンズのことを、若いのに妙に礼儀正しく丁寧なやつだと思っていたが、だいぶ経って公爵家の人間だと知って納得したものだった。

 しかし、治癒薬院ではあまり身分は気にされない。どちらかというと職員皆が自分の能力や技術の研鑽や患者への治療、研究に意識が向いているからだ。シモンズの他にも高位貴族もいるけれど、彼らも同様に気にしていない。皆の目指す先が同じなので、職員全体の雰囲気も良く、ダリルもシモンズもそんな治癒薬院をとても気に入っていた。


 治癒薬院に入った頃のシモンズは、公爵家という家柄と容姿で女性からの面会依頼が絶えなかった。公爵家には気軽には行けなくても、治癒薬院であればあわよくばと考えるのだろう。全く面識のない相手からも度々面会の申請が出されていた。もちろんシモンズが応じることは一度もなかったけれど。


 しばらく経ってシモンズと打ち解けたダリルは、面会依頼が来る度にシモンズを揶揄うようになる。シモンズはいつも言っていた。「自分は本気で嫌なのだ。女性は苦手だ」と。今考えればその時のシモンズはかなり本気だったのだが、それに気づかなかったダリルは、あの日もいつものように何度もしつこく揶揄ってしまったのだ。

 すると不意に、シモンズが顔から表情を消していた。まずいと思った時には、その場の空気が数度下がったように思う。


『ダリル、君とは良い友人になれるかもしれないと思っていたが、それは僕の勘違いだったようだ。残念ながら君とは分かり合えないことが今はっきりしたよ。今後は会話も控えさせてくれ』


 まだ幼さの残る美しい顔から表情を消して、淡々とそう告げる様子にダリルは震えた。シモンズが本気で怒っていることが嫌でもわかった。美形が本気で、無表情で怒るとことが死ぬほど怖いことも知った。


 ダリルは土下座をする勢いで謝り、結局シモンズはダリルの謝罪を受け入れ、二人は今では親友だ。あの一件がきっかけとなったのかどうかはわからないが、それからシモンズが自分に心を開いてくれたとダリルは感じている。

 とはいえ、あんなことはもう二度とごめんだ。


 シモンズが怒ったのは後にも先にもこの時だけだった。本来はとても穏やかで優しく、常に礼儀正しく、いつも向上心と研究心に溢れた親友なのだ。

 しかし、とダリルは思う。


「聖女サマもいい加減あきらめてくれればいいのにな。いっそお前が身を固めてしまえば、話は早いんだろうけどなぁ。召喚も無くなるだろ」

「いや、僕はそういうことには興味はないし結婚だってする気もないんだ。君も知ってるだろう?」


 苦虫を噛み潰したような顔でシモンズが言う。


「そんな顔するなよ。…ああ、知ってるさ…それで、聖女サマからのお呼び出しはいつなんだ?」


 茶化すように聞いてくるが、これもダリルなりの気遣いなのだろう。


「3日後だよ。迎えの馬車が来るらしい。今からでも地方に出張に行きたいくらいだ」

「気持ちはわかる。俺には祈ることしかできないけど、頑張れよ」

「ありがとう。でも、もうどうしようもないんだ、あとは耐えるだけだよ」


 苦笑しながらそう答えたシモンズが気を紛らわそうと研究書を開きかけた時、昼時を知らせる鐘が鳴った。


「もうこんな時間か。僕は昼食にするけれど、ダリル、君は?」

「え?」


 ダリルが目を見開いてシモンズに尋ねる。


「お前、なんて?」

「ん?昼時だから食事にすると言ったんだ。君はどうする?」

「シモンズ、お前、食事するのか?!」

「なんだよ、大袈裟だな。君が前から何度も言ってたんだろ。ポーションじゃなく、食事をしろって」

「そうだけど…お前それでもポーションばっかだったろ!」

「気が向いただけさ。ほら」


 そう言ってマジックバックから嬉しそうに取り出したのは弁当のようだった。


「は?どういうこと?え?弁当?」

「そんなに驚くことじゃないだろ…あまりうるさいとここから出ていくことを要求するぞ」


 ダリルとしては、この間まで頑なにポーションのみだったシモンズが食事をすることに驚きしかない。しかも寮生活なのに弁当持参など、いったいどうなっているのか気になるところだ。しかし、こういう時にしつこくすると本気で怒られるかもしれないことをダリルはもう知っている。


「悪い。ちょっと驚いただけだ。おお!うまそうだな!」

「うん、おいしいよ。ローベの宿で作ってもらったんだ。マジックバックで持って帰って毎日食べてる」

「へえ!」

「ああ。そこの宿の料理とこの弁当なら美味しいし食べる気がするんだ。それにこれは片手で手軽に食べられるから、書物を読みながらでも食べられるんだよ。よければ君も食べるかい?種類もいろいろあって…ほら。あ、その代わり心して食べてよ?宿に無理を言って作ってもらったし、真心がたっぷりこもってるから」


 急に笑顔になったシモンズが次から次に弁当を取り出しながら話し続ける。


「…なあ、お前、ずいぶんありそうだけど、いくつ作ってもらったって?」

「100個だよ!本当に助かっちゃった。僕、その宿の食事や弁当は不思議と食べたいと思うから。宿のお嬢さんと話してる時にね、本当は頼むつもりはなかったんだけどね?ついポロッと口から出ちゃったっていうか」

「へえ」

「感想も伝えたよ?いつも食事がポーションなんだけど、ここの弁当がとても美味しくて、ここの弁当なら食べるきがするって。だから、無理かもしれないけど、もしできたらって頼んでみたんだ。次に来るまでの二ヶ月分」

「なるほど」

「でも、ちゃんと言ったよ?マジックバックがあるから、保存は問題ないって。そのあたり、心配してたみたいだったから」


 いろいろな疑問は解決。同時にダリルは、宿での一幕も察した。“心配してた”ところは、きっとそこじゃない、お前の“食事がポーション”の部分だよ、と。その宿の人たちは、ポーションしか口にしないシモンズの事を心配したのだろう。それで、シモンズがマジックバックを持っていると知り、とても頑張って作ってくれたのだ。そうに違いない。


「あの時のお嬢さん、妙にきりりとした顔してて。ふふ、まだ小さいのにしっかりしてて、一生懸命で可愛いんだ」


 嬉しそうにほのぼのと話しながらダリルに勧めるシモンズはすっかりご機嫌だが、ダリルには驚くことばかりだ。研究以外のことでこんなによく話すシモンズも初めてだった。


「さあ、選んで。どれがいい?ええとこれはチキンでこれは玉子で、そこのは魚。上に食材は書いてあるけどメニューはそれぞれ違うから、好きな食材のものをカンで選んで。でも、どれも美味しいから安心してね?」


 今まで見たことがないように楽しげなシモンズの様子に驚きつつも、ダリルはハッとした。


(そうだ、治癒薬院では常に研究と研鑽に打ち込んでたから…結果を出すまではと脇目も振らずに、ずっと気を張ってやってるからな)


 こんなシモンズは本当に珍しい。ニィっと笑ってダリルは尋ねる。


「それじゃ、せっかくだから遠慮なく!もちろん、心していただくさ。ところでシモンズ、次にローべに行く時は俺も連れて行けよ」

「それは構わないけれど、君は山に入れたんだった?」

「入れなかったけど、変わってるかもしれないだろ?ダメならその辺で時間を潰すさ」

「そう。じゃあ、次は一緒に行こうね。二ヶ月後だけど、お弁当が早くなくなりそうになったら少し早めようかな。楽しみだね」と言いながら、シモンズはふふふっと笑う。

「俺も楽しみだ。よし!せっかくだから中庭行くか」


 シモンズのこの屈託のない笑顔の原因を突き止めるべきだろう。親友として、こんな()()()()なこと、絶対に外すわけにはいかない。


(その前に聖女の茶会があるけどな。ま、あの調子なら、その時はまた()()で気を紛らわせるだろ)


残念ながら親友には苦痛に耐えてもうしかないけれど…と思いつつ、弁当を手にしたダリルはシモンズと中庭へ向かったのだった。


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