第18話 治癒薬院2
「聖女様ですか…」
苦い記憶と想いを押しつぶしながらなんとか答えたシモンズに、院長が答える。
「ああ、君を茶会に招きたいと聖女が引かないそうだ。何度も断り入れたのだが、それならば収穫祭には出ぬなどと全く…」
院長の言う“王城からの依頼”とは、当代聖女様からの茶会の招待だった。
この国に200年前から本物の聖女がいないというのは、事実だが正確ではない。正しくは「本物の聖女はいないけれど、“聖なる力を持たない聖女”はいる」ということだ。
本来、この国の聖女とは、聖なる力である「聖属性」の力を持つ聖女を表していた。しかし200年前からのこの国の聖女は「聖属性」を持たない。現在の聖女は、「聖女」という形式をかたどったものに過ぎず、いわば単なる呼称なのである。
このことを知るのは、王族、教会、王立魔術院、治癒薬院、王城政務室のごく限られた一部の関係者のみだ。
神の寵愛を受け、その象徴である「聖女」の存在によって繁栄してきたフランネル王国にとって、聖女が消えるわけにはいかないのである。
もしも、消えたとなれば大変な騒ぎとなり、国民は不安に陥るだろう。パニックになるかもしれない。何か常にないことが起きた時、ほんの些細なことでも「聖女がいないせいだ」「国が神の寵愛を失ったのだ」と暴動につながる可能性もある。それを知った近隣諸国からの侵略なども十分に考えられるだろう。
そういった様々な背景から、今の聖女に本物の聖女の力がないことは伏せられているのだ。
この数十年は聖女の退任が内定した段階で次代の聖女の選出を始め、貴族位を持つ各家より聖女を目指す令嬢が推薦され選定される。
選定された令嬢は、そのほとんどが結婚するまでの数年間を聖女として勤めることになり、治療院への慰問や様々な慈善活動、建国祭、収穫祭などの公式行事などで聖女として式典を執り行うのである。
当代の聖女には侯爵家の令嬢が選定された。がしかし聖女とは名ばかりで、選定されてからの4年間に慰問活動を行ったのはわずか2回だ。
「君が聖女の初めての慰問の同行者に指名された時、地方に行かせておけばよかったとつくづく後悔しているよ」
当代聖女が選定された4年前、王都の治癒院へ初めての慰問が行われた。王城や教会からもそれぞれの担当者や護衛が同行する大掛かりな慰問となる。そこには、王立魔術院と治癒薬院からも駆り出されることが慣例だ。
王立魔術院は聖女自身の力で治癒を行えない場合に備えて補助するための魔法陣や魔道具などを持ち込む。
治癒薬院から治癒師が同行する理由は2つ。一つは治癒のフォローで、もう一つは、聖女に不測の事態が起きた時に治癒師が対処するためである。聖女の慰問は国中の注目が集まるのだ。何が起こるかわからない。
4年前の慰問にも3名の治癒師が同行することになり、その1名として王城側から指名されたのがシモンズだった。シモンズの実家の爵位が理由だろうということはすぐに察せられた。
シモンズはパートリフィック公爵家の四男である。
すでに家督は長男が継ぎ、次男は幾つかある爵位のうち伯爵位を継いでいる。三男は騎士となり、現在は王城で騎士団に所属している。二人の姉たちも嫁いだ。末っ子で四男だったシモンズは治癒薬師の道へ進んだ。興味を持ち、適性が有ったからだ。
治癒薬院へ入るまでのシモンズは、公爵家の四男という肩書きが煩わしくて仕方なかった。
高い爵位を持つ家の者であれば仕方のないことかもしれないが、どこに行っても、大人はあからさまにパートリフィック家の子どもたちの機嫌をとりたがったし、両親に連れられて出席する茶会や洗礼式を終えてからの舞踏会やパーティなどでは多くの令嬢たちに絡まれることになったからだ。
ひっきりなしにやってくる、欲をたたえ目で纏わりつくように視線を向けてくる令嬢たち。上目遣いに見つめてきては、むやみに体に触れられてきたり、体を寄せられたり。子どもならば多少の無遠慮は許されると考えるのだろうか。子どもにもかかわらず容赦なく振りまいてくる香水の香りも、化粧の香りも、鼻にかかった声や頭にキンキン響くような声も苦手で、社交の時間はとにかく苦痛だった。
14歳で試験に合格して治癒薬院に入ることになった時、シモンズは迷わず寮に入ることを選んだ。「これでやっと貴族の付き合いから離れる」とホッとしたものだった。家族には随分と反対されたけれど。
慰問で見かけた当代聖女は、シモンズが思い描いていた聖女の姿とはかけ離れていた。きらびやかなドレスを纏い、これでもかと自身を飾り付け、香水の香りを振りまき、治癒院では一度も口を開かずに、患者の目を見ることも、声をかけることも一度もない。明らかな嫌悪を示さず、取り繕っていただけマシだったのかもしれない。
それでいて、側に控えていたシモンズにはあからさまな視線を寄越した。それは以前、茶会やパーティー会場で向けられたものと全く同じものだった。
慰問後ほどなくして「初めての慰問でお世話になった治癒院の皆様を労いたい」と聖女より茶会に招かれた。そのような理由では断ることもできずに院長と慰問に参加した三名が出席したが、聖女は始めの挨拶を終えると、他の者には用はないとばかりに終始シモンズにだけ甘ったるい声で話しかけるのだった。
その後はシモンズ宛に度々茶会の招待が届くことになったが、全て断りを入れている。
一度だけ止むを得ず「慰問活動であれば同行する」と伝えたところ、当代聖女の2度目の慰問が実現したのだが、あれはこれまでで最も酷い1日だったと言える。思い出したくもない
あまりの聖女のしつこさに、ポロリと愚痴をこぼしたシモンズに先輩たちが教えてくれた。
「シモンズ、お前知らなかったのか?当代聖女サマっていうのはな、結婚相手を探すために聖女になったらしいぞ。だから聖女サマは最初からお前をそういう相手として考えてるってことだよ」
「ああ、聖女サマは大変意欲的でいらっしゃるらしい。高位貴族の独身男性には軒並み声をかけ、茶会やパーティー三昧だそうだ」
「お前の場合は、実家の爵位とその顔で狙われているんだろう。残念だったな」
「でもまあ、一応あちらも好物件だろう?侯爵家で聖女サマだからな。まあ、評判は決して良いとは言えないが」
「王城では、社交に注ぐ意欲を聖女の活動に注いでくれればと関係者が嘆いているという」
「当代の聖女サマは、聖女の仕事は茶会だと思っておられるのだろう」
先輩たちの話で聞けば、確かに代々の聖女は良いと言われる嫁ぎ先に恵まれて聖女を引退してきたらしい。
しかしそれは聖女としての真摯に活動する姿勢や聖女としての心根が見初められたのだろう。もちろん「元聖女」という肩書きが重視されたことは大いにあるだろうが。
シモンズは、治癒薬院で過去の聖女の残した書物を何度も読み、口伝を覚えてその意味を繰り返し考え、治癒薬師としての自身の能力や技術の向上に加えて研究にも打ち込んできた。
しかし、話に聞く当代聖女の考えは自分の価値観や生き方とはあまりにもかけ離れていて衝撃だった。それに自分は、家柄や見た目で執着されるのは子どものころからの経験で辟易している。
あまりに度重なる聖女からの招きに気持ちが追い詰められたシモンズは、ついに実家へ遣いを出し「パートリフィック家から除籍してほしい」と伝えてしまった。今なら、自分はまだ社会に揉まれ慣れていない子どもだったのだと思う。しかし直後、実家から治癒薬院へ来た兄に強制的に実家に連れ帰られることとなる。
家に戻ってみると、青ざめた両親と次兄、騎士団に所属するすぐ上の兄、嫁ぎ先から急遽戻ってきたらしい二人の姉たちまでが揃っていて驚いた。
「家を出たいだなんて、なぜそのようなことを」と泣く両親に聖女の話をすることになり、家族全員が静かに、全身から怒りが立ち上らせているのを感じた。
とはいえ、茶会の招待は強制とはいえず断ることもできている上に明確な被害を被っておらず、現時点では公爵家からは正式な抗議はできない。そこで、母と姉たちが淑女にあるまじき拳を握り、瞳を燃やし、対応に回ってくれることになったのだった。
結果、聖女からの催促はしばらくおさまっていたので家族には感謝している。
しかし、ここにきて再びの茶会の招待である。
院長がこれほど頭を抱えているのを見る限り今回は受けるしかないだろう。 そう理解したシモンズは、ため息をつきたい気持ちをぐっとこらえて答える。
「わかりました。いつもご対応くださりありがとうございます。それで、いつでしょうか?」
「私の力不足で君に負担をかけてしまい本当にすまないな…引き受けてくれて助かるよ。茶会は3日後だ。13時に王城が使いの馬車を寄越すそうだ。準備しておいてほしい」
「わかりました」
(…ああ、気が重い…)
シモンズは院長室を出ると、こらえていたため息を吐いた。




