第17話 治癒薬院1
僕はシモンズ・パートリフィック。フランネル王国の王都にある治癒薬院の本院に勤務する癒薬師だ。
よく20代前半とか20代半ば頃かと聞かれるが、まだ10代だと申し添えておこう。
治癒薬院は今から200年前に聖女によって作られた「聖女の治療院」を引き継ぐものとして、国と教会によって設立された。ここには、聖女による治癒魔法の技術や薬草の調合、治癒魔法と投薬の組み合わせなどの様々な貴重な知識が書物や一部口伝として残されている。
現在、治癒薬院に所属する治癒師と薬師、癒薬師は約700名。多くが各地の治療院で活動し、王都の本院には僕を含めた30名の職員が勤務している。
本院では、地方で作ることのできない特殊な薬やポーションを作って全国の治療院へ届けたり、できるだけ負担をかけずに効果を出すための治癒魔法や、時代によって変化してきた病に対応するためのより効果の出る薬やポーションの研究を行っている。もちろん、僕らも各地へ派遣されることはあるし、要人への同行なども業務の一環だ。
僕も治癒や派遣、同行業務を行いつつ、薬やポーションの研究を行っているけれど、思うようには結果が出ない部分も多い。書物に残された素晴らしい技術や薬を再現したい研究を重ねても、どうしても、聖女の持つ「聖属性」がないと難しいものも多いのだ。
聖女の「聖属性」は特別だ。普通の光属性とも、魔力とも異なる。
簡単に言うと、治癒では人の病や怪我をある程度までは治療できるが、欠損を修復することはできない。またある程度重篤な病や怪我も、症状を改善する程度に留まることになる。
一方、聖女の力は万物を癒す。相手が人間なら、蘇生と寿命以外の病気や怪我ならほぼ完治させることができるという。また、相手が動物であっても、さらには植物や大地であっても、癒しを施すことができるという。
また、聖属性と魔法陣との組み合わせでは癒し以外の効果も生み出せるらしい。
治癒薬院の書物にも、実際に聖女が起こしたおとぎ話のような奇跡の話が症例としていくつも記録されていた。
僕はそれを初めて読んだ時、聖女の力とは神の力だと思った。そのような尊い存在がいるのであれば是非教えを請いたいと願ったが、残念なことに、すでに200年前から本物の力を持つ聖女が現れていないと聞いて大変落胆したのだった。
「シモンズ、院長が呼んでるぞ」
「院長が?なんだろう。ありがとう、ダリル。行ってみるよ」
「あれ?お前なんか顔色いいな。何かあったのか?」
同僚で親友のダリルに「何かあったのか」と聞かれ、ふと先日訪れたばかりのやどり木亭が頭に浮かんだ。
シモンズは半年前、いつものように薬草を採取するため到着したローベの街で、偶然やどり木亭を見つけた。
大通りを歩いている時、何故かそちらに行かなければいけないような気がして、向かった先にやどり木亭があったのだ。幸い宿を決めていなかったので、そのままふらりと部屋を取った。
やどり木亭はあまり利用者が多くないようだった。人が少なかったからなのか、清浄な空気の広がりを感じるような気がした。わずかだけれども、いつも訪れている薬草採取の山の清浄な空気に似ているとシモンズは思った。
滞在はとても居心地が良かった。思いの外疲れていたのか、宿の快適なベッドと雰囲気が自分にあっていたのか、それとも久しぶりにポーション以外の食事をしたからなのか、いつになくぐっすり眠れて体が軽くなったような気がした。
滞在中は何度か宿の娘らしい少女ーーのちに名前を「マリー」だと聞いたーーと顔を合わせたので話すようになった。
まだ12歳だというマリーは、少女らしい天真爛漫さの中に、時折年齢に似合わぬ落ち着きを感じさせる整った顔立ちの少女だった。不思議なことに彼女と会話をしていると、なんとも言えない清々しさを感じた。
そんなマリーから、出発の日は携帯できる弁当を用意できると聞き、迷わず願った。
王都に戻った数日後、採取した薬草のいくつかをマジックバックから追加で取り出そうとしたところ、その中に宿の弁当があるのに気づいた。いつも食事はポーションで済ますため、すっかり忘れてしまっていたらしい。
ちょうど食事時だったので弁当を食べると、やはり調子が良い気がする。
「いつもちゃんと食べろって言われるけれど、やっぱり食べた方が体調がいいのかな。僕のポーション、もっと研究しないといけないな…」
ポーションの出来に落胆したシモンズだったが、次のローベでも再びやどり木亭に宿をとることにする。
滞在中は山へ採取へ行くので、歩くし体を動かすし、食事もおいしく、夜はぐっすりだ、快適な部屋と宿の雰囲気が思っている以上に自分に合っているのだと思う。
出発の際には前回と同じように弁当を頼み、王都に戻って数日後に食べてみたところ、やはり調子が良い気がする。ダリルにはいつも言われていたが、“食べる”ということは人にとって大切なことなのだと認識を改めることにした。
そこで、今回の滞在では、弁当を二ヶ月分用意してもらえないかマリーに頼んでみたのだ。
マリーはこちらが驚くほどやる気に満ちた表情で「厨房に確認します!」と言ってくれ、シモンズの願いを上回る100個も用意してくれたのだった。
おかげで王都に戻ってからも毎日弁当を食べいて、やはり以前よりも体が軽いような気がしている。
それにしても、と、一生懸命対応してくれたマリーの微笑ましい姿を思い出す。幼い少女と接することがほとんどなかったシモンズにとって、マリーに存在は新鮮だった。
「…ふふっ。何もないよ」
「おい、お前、その顔なんだよ!それ、何かあったやつだろう!後で聞かせろよ!」
「君が気にするようなことは何もないよ」と言う僕に、やけに食い下がるダリルを残して院長室へ向かった。
(院長室への呼び出しなんて、悪い予感しかしない。もしかして、またあれだろうか…)
せっかく、やどり木亭のことを思い出して心が和んだところだったのに…と、これから聞くかもしれない話に苦い予想をしながら、シモンズは院長室へ向かった。
「シモンズです」ノックをして返事を待つ。
「入ってくれ」
その声に院長室へ入ると、渋面の院長が待っていた。
「シモンズ、顔色がいいな?調子がいいのか?」
「ええ、そんなところです」
またもや自分の顔色に言及されてしまい、そんなに顔色が悪かっただろうか?と思ってしまう。人は自分のことには疎いものだとはいえ。
「それは何よりだ。…ところで、王城からの依頼で、また君に頼まねばならぬことがある…」
「…もしかして、またあの話ですか?」
シモンズの問いに、院長がため息を吐いて答えた。
「ああ、君を茶会に招きたいと…散々断ってきたのだが…さすがに今回は王城の…いや、聖女側の要望が強いようでな。何度も…何度も断り入れたのだが喰い下がられてしまった。…収穫祭も近いから、彼らも強く言えないのだろう。君には申し訳ないと思っている」
院長の言う“王城からの依頼”とは、当代聖女様からの茶会の招待だ。
「聖女様ですか…」
シモンズは、当代聖女についての苦い記憶と想いを押し潰しながらなんとか答えた。
読んでいただき、ありがとうございます!




