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第15話 癒薬師からの要望1

「え?60個ですか?!」

 

 運河港からの送迎馬車で、お客様がやどり木亭に到着した。

 受付で宿泊の手続きを手伝っていたマリーが、思わず声を上げる。

 

「ああ、そうなんだ。無理は承知なんだけど、なんとかお願いできないかな?」

 

 申し訳無さそうに眉を下げながら、そうマリーと話すのは、シモンズさん。癒薬師(ゆやくし)をしているという20代前半くらいの青年だ。


 癒薬師(ゆやくし)は、簡単に言うと治癒師兼薬師だ。

 この世界には、魔法で病気や怪我を治す治癒師と、薬草などで薬を作る薬師がいる。


 治癒師の仕事には魔力が必要だ。それも光属性を持っていればさらに良いと言われる。

 一方、薬師の仕事は魔力がなくてもできるが、魔力のある薬師が作った薬の方が効き目は高く、光属性の魔力であればなお良いと言われる。


 実は、治癒魔法は回復の度合いによっては患者の体に大きな負担をかけてしまう。そのため、治療はできるだけ最低限の治癒魔法に抑え、薬と自己回復が望ましいと言われている。


 その二つを兼ねることができる癒薬師(ゆやくし)は、魔力で患部を調べた上で、「体に負担をかけ過ぎないギリギリの治癒魔法」と「より症状に適した効き目の高い薬の投薬」の両方から、病や怪我を回復させることができるという、貴重な存在だなのだ。

 

 シモンズさんは、マリーが前世の記憶を思い出した頃、やどり木亭にふらりとやってきて、3日ほど滞在してくれた。以来二ヶ月に一度の予約で、今日が3回目だ。

 背は高いけれどとても線が細く、驚くほど色が白い。ビスクドールのような美しい顔立ちで、白金の髪色も相まって全体的に色素も薄く、まるで精霊か妖精かと思うほど人間離れして見える。

 ちなみに、初めて見た時、マリーは「透けそう…」と思った。


 仕事柄、あまり日に当たらないのかもしれないけれど、いつも宿を出発する時には、もう少し顔色も良くなっているように見えるので、もしかすると、普段働きすぎなのかもしれない。と、前世OLだったマリーは密かに気にかけているのだ。

 

「無理なこと言ってごめんね?」と、縋りつく仔犬のような表情で、シモンズさんは続ける。

 

「いつも宿の出発の時に持たせてもらうでしょう?お弁当、とっても美味しかった。

 僕、仕事を始めると、食べるのも飲むのも面倒になって、いつも自分で作ったポーションで済ませちゃうんだ。でも、ここのお弁当なら食べたいと思って。それに片手で手軽に食べられるのも助かってて」

 

 やどり木亭お弁当は外出先などでも食べやすいよう、サンドイッチと簡単につまめるお惣菜だ。

 トーマス料理長、レオン、ニコルによる渾身の作で、お客様からの評判はとても良い。

 日替わりでサンドイッチの具材やお惣菜が変わるのも、適度に肉や魚、野菜などを使っていてバランスが良いのも、とても好評なのだ。

 最近では、滞在中でも昼の外出用にお弁当を注文するお客様もいる。

 

(うわぁ、今聞き捨てならない言葉が聞こえたよ!いくら回復用のポーションがあるからって、ダメでしょ!ポーションだけなんて!どうりで、あんなに線が細い訳…)

 

 前世なら、サプリメントや栄養ドリンクを食事代わりにしているイメージか。

 魔法のある世界のポーションは、確かに効果がありそうなイメージだし、もしかすると栄養にも問題はないのかもしれない。けれど、一時的なものならともかく、そんな生活をずっと続けているなんて、と思ってしまう。現に、目の前の青年は心配になるほど線が細い。

 

「でも、60個も、どうするんですか?」

 

「次は二ヶ月後にここにくるでしょう?だからそれまでの二ヶ月分だよ?」

 

 ニッコリ微笑みながらそう答える。この世界の一ヶ月は30日。つまり二ヶ月=60日だ。

 

「二ヶ月分…」


(つまり、1日の食事を一つのお弁当とポーションで済ませるつもりですね?…まあ、ポーションだけよりは食生活改善になるのかな…)

 

 前世のOL時代、忙しくて食事を抜いたり、偏った食事で体調を崩す上司や同僚を見てきた。そんな彼らを思い出し、つい、いらぬ心配をしてしまう。

 マリーの言葉が途切れたのを、異なる解釈をしたらしいシモンズさんは続ける。

 

「あ、大丈夫。僕はいつもポーションの素材用に時間停止のマジックバックを持ってるからね。保存は問題ないから安心して?」

 

(出たよ、ファンタジー!マジックバックだって!しかも時間停止付きだって!!じゃなくて…!わたしが安心できないのは、あなたの食生活ですよ!シモンズさん!)

 

 マリーの心の中は、驚いたり心配したりテンションが上がったりで大忙しだ。


 

「わかりました。一度、厨房に確認させてください!数は60個ですね?出発は3日後ですよね。

 いずれにしても、後ほど改めてお返事させていただいても良いですか?」

 

「ああ、もちろんだよ。…でも、もしも、もう少し増やせるなら増やせるだけ欲しいかな…一応、確認してもらってもいい?ごめんね?」

 

 コテンと首をかしげながら、申し訳なさそうにそう言ったシモンズさんは、「じゃ、行ってくるね!」と出かけて行った。

 

(くっ…美形め!20歳過ぎの男の人が“コテン”って首傾げてかわいく見えるなんて、反則でしょう?!美形はそれだけで、色々と罪だと思います!)

 

 マリーの中でシモンズさんが、「ちょっと心配な知り合い」から、「面倒を見てあげなきゃいけない、かわいくて心配が尽きない弟分」に一気に変わってしまった瞬間だった。

 

(よし、厨房へ行こう。トーマス料理長なら、引き受けてくれそうだけど…マジクバックがあればなんとかなるかな)

 

 あいかわらず忙しい食堂だ。無理はして欲しくない。

 けれども、シモンズさんの健康は、やどり木亭のお弁当にかかっている。

 いつの間にか、勝手に抱いた使命感に燃えるマリーだった。


読んでいただき、ありがとうございます!

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