第8話 vs大地の女神
(……ディージェ?)
(そう、やっぱり分かるのね)
私の呼びかけに、大地の女神は面白そうに答える。私は、どう返事をしていいやら困った結果、
(お、おはようございます)
と返してしまい、盛大に笑われる羽目になった。
(あーおかしい。やっぱりあなた面白いわ)
(あのー、ほとんど初めましてですよね。あなたは、私のこと……)
(あ、説明は要らないわ。だいたい分かってるから)
(分かってるんですか?)
なぜか敬語になってしまう。女神様の貫禄ってやつか。
(うん。だって、あなたの頭の中喧しいんだもの)
(喧しい……)
(わーとかきゃーとか。推し?とか夢女?とか)
(えっそんなことまで?)
女神と憑座は心で通じ合える。それはもちろん設定通りだが、『心で通じ合う』って定義は微妙だ。言葉を交わすのか、言葉にならない感情まで伝わるのか。
その辺、実際はどうなんだろう。
(ウィンを始め、他の子はそうでもないけど、あなたの頭の中、文章だらけでしょ。自分の気持ちをとりあえず言語化して叫ぶじゃない?そういうのははっきり聞こえるわね。だから、同じだけ感情が忙しくても、言語化しない子なら、ぼんやりした感情の動きが伝わるだけだけど、あなたの場合は言葉でガンガン来るから喧しいのよ)
文字書き(※)の性ということか。
(なんかすみません……)
(いいのよ、面白いから)
ふと、話が途切れて、間ができた。こっちに来てから初めて誰かと『私』として本音で会話したことで、急に肩の力が抜けるのが分かった。と同時に、聞きたいことがあることに気付いた。
(あのー、これは一体どういうことなんでしょう?)
(これって?)
(なんで、私がウィンになってるのかってことです)
(ああ、今更?)
そう、なぜ今まで疑問に思わなかったのか。
たぶん昨日はいきなりで訳がわからなくて、さらには夢だと思っていた節もある。そして今日は、夢じゃないと判明してさらに混乱していたのだ。よく考えると、なんでウィンの台詞通りに喋らなきゃと思ったのかも謎だ。
そしてこの辺の考えも、伝えたつもりはないけどディージェには聞こえたらしく。
(あなた昨日は、あの子のもともとの台詞通りに喋ったら予定通りにお話が進むから、とか考えてたわよ。よく分からないけど、これが予定通りなんでしょう?)
と指摘されてしまった。当然、『あの子』というのはウィンのことだ。
(最初の疑問については、私にも何が何だかさっぱりね。一昨日の夜寝るまでは、確かにその身体はあよ子ものだった。でも、起きた時にはあなただった。言えるのはそれだけよ)
(それだけ?入れ替わった瞬間とか、私がどうやって来たとか、ウィンがどこに行ったとか)
(さっぱりね)
(そうなの……?)
ここに来て、私は初めて恐怖を覚えた。私は、元の世界に帰れるのだろうか。子どもたちに、家族に、また会えるのだろうか。そして、ウィンはどこに行ってしまったのだろうか。
(でも、あなたは別にいいんじゃないの?)
(えっ?)
いや、良くないけど?帰りたいけど?
(だって、あなた、あのいけすかない皇太子のこと好きなんでしょう?このままお話が進めば、あの人とくっつくんでしょう?願ったり叶ったりじゃないの?)
いやいや。
ん?そうなのか?願ったり叶ったり?
いやいやいやいや。違うでしょ。
(いやダメでしょ、私人妻だよ!?)
(元々は、でしょう?今はウィンじゃない。独身よ)
そういう問題なのか?とのツッコミも聞こえているらしく。
(なんでダメなの?あの子、性格はともかく顔はいいわよ)
今度の『あの子』はセディアだ。この感覚のズレが女神様なのか。私の貞操感覚が真面目すぎるのか。分かんなくなってきた。
(いやいやでも、転移した先で推しとくっつくなんて、これじゃまるで……)
言いかけて、ハッとした。そうだ、これはまるで。
(トリップ夢(※)じゃん、これ……)