第6話 こんなシーン、書いてない
「えっ、えっと、」
心配そうに顔を覗き込んでくるフローラ。その後ろには、朝食の支度をするラスクとシルヴィーの姿が見えた。
こんなシーン、書いてない。
小説にない場面だ。昨日のシーンの、翌日の朝ということか。
状況が状況だから、日本語がおかしいのは勘弁してほしい。昨日の翌日ってなんだ。それくらい困惑したのだ。
どうしたらいい?
「まだ調子は悪い?何か食べられる?」
フローラの優しさが、有り難くも私を焦らせる。何か言わなければ。
「えっと、あの、大丈夫、だと思う」
とりあえず返事をしたものの、ウィンならこのシーンでこんなにあわあわしない。その自覚にさらに焦って、
「うん、大丈夫。ほら」
ぱっと立ち上がってしまった。
しゃがんでいたフローラは、急に高い位置になった私を見上げて、ぽかんとしてから、くすくすと笑う。
「ほんと。よかった」
その笑顔があまりに可愛くて、私の頬も少し緩んだ。
しかし、ずっと寝ていたところから急に立ち上がっても立ちくらみひとつ起こさないとは、丈夫な身体だ。正直羨ましい。
「外で、もう少し動いてみるね?」
そう言って、洞窟の出口を目指す。
落ち着いたら思い出してきた。この日は、私が『身体を動かしてもう大丈夫だと言った』ところ、足元が乾く昼過ぎに出発しようという話になり、それを待つ間に『長い話』があるのだ。
出発できると告げるために、身体を動かさねば。しかし。
「あっ、待って」
フローラの思いがけない静止に振り向いた時、洞窟の入り口方面から射した影が私を覆った。フローラの態度から、それが誰のものかは振り向かなくても分かる。
ゆっくりと固い顔で振り向いた私の目の前にいたのは、案の定セディアだった。
『固い顔』だったのは、百面相しかねない表情を隠すためだったのだけど、たぶんウィン本人もこの状況だと硬い顔をしたのではないだろうか。
今、この人と、何を話していいのか分からない。
「動けるのか?」
わわわ、知らない台詞だ。
「動けるのか、試してみようと思って出てきたの」
ウィンっぽく言えただろうか。彼は、そうか、とだけ応じて私に道を譲る。
朝食の準備をする二人の横をすり抜け、ロディはどこにいるんだろうと思いつつ、洞窟の外に出て、
「わあ……」
思わず声が漏れた。
綺麗。
洞窟の前は少し開けた広場のようになっていて、その向こうの秋の森が視界を埋める。まだ紅葉には早いけれど、それでも綺麗。
見惚れていると、後ろに気配を感じた。
「何?」
「動けるのか試すんだろ。移動できるのか、俺も見て確かめたい」
セディアの無愛想な言い分。本当に自分ではその目的しかないと信じている瞳。
あー、そういうとこも好きなんだよなあ。。
あなた、無自覚ですけどこの子のこと気になってるんですよ?妙に執着してるの、気付いてます?
「好きにすれば?」
そう言い捨てて、軽くストレッチをする。推し愛を隠そうとして、冷たい対応になりすぎただろうか。まあでも、言ってしまったものは仕方ない。
そう思って本題に戻り、私はぴょんぴょんとその場で跳ねてみた。
おお、すごい。
自分で設定しておきながら何だが、この能力すごい。楽しい。安定感をプラスしたトランポリンみたいだ。
元々『私』は運動神経もさして良くはなく、筋力も体力もなかったから、しなやかに動くウィンの肉体は、夢のスポーツカーのようだった。
ちょっと調子に乗って、ひょいっと後ろ向きに身体を回してみる。と、あっさりバク転ができるではないか。
いやー、いいなあ、この身体。
そして、大変満足した私はセディアに向き合う。
「うん、問題ない」
彼は、少し感心したように私を見た後、
「よし。それなら準備ができ次第出発だ。ひとまず朝食にしよう」
と踵を返した。
彼との会話を終えて、ほっと一息つく。そして一生懸命無表情を貫いてお疲れの表情筋をむにむにとほぐしていると、横に人の気配を感じた。
そこに立っていたのは、二人分の竹筒を手にしたロディだった。なるほど、彼が不在だったのは、水を汲みに行っていたからか。
じゃなくて!
やばい。今の、見られていたんだろうか。
セディアとの会話に緊張し、終わってほっとして顔を揉むなんてこと、ウィンはしない。絶対。
しかし、ロディは私に竹筒を片方渡して(ウィンの竹筒の目印は、藍染の紐だ)、
「動けるんだな」
と言っただけだった。
「ん?うん。もう大丈夫」
「飯は?」
「今から。そろそろできてる頃だよ」
「そうか」
すたすたと先を行くロディの後ろ姿を見ながら、何とも言えない気持ちになる。
えらくドライだな?
これ、、バレてるのかなあ。。
バレたら、ロディは私をどう思うんだろう。
妹の身体を勝手に乗っ取って使ってる悪霊みたいに見えてるんだろうか。
それ……いろんな意味で怖いなあ。。