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第4話 真摯に。

 

「彼女に、聞きたいことがあるんだ」


 頭上で響く至高のイケボに我に帰る。

 いや、ほんとむり。

 推しも推し、最推しと言う言葉でもぬるい、夢そのものの相手なんだ。声も顔も仕草も、めんどくさいカッコつけな性格も、真面目すぎてお馬鹿なところも、好きすぎるんだ。

 声を聞いただけで鼓動がおかしいのに、一対一で会話とか本当に無理。今めちゃくちゃ顔熱いし、耳まで赤くなってる自信がある。


 そんな私の想いは無視され、ストーリーは進んでいく。

 彼は、私の目をまっすぐに見つめて言った。

「横になっていろ」

「大丈夫だよ」

 上記のいろんな思いを表情に出さずに、予定の台詞をちゃんと言った私を誰か褒めてほしい。

「早く回復してもらうのが最優先だ。横になれ」

 おずおずと、横になる。横になってしまったら、顔を隠せない。本気で表情がおかしくならないように気をつけねば。

「雨だな」

 彼は洞窟の外に目を向ける。横顔も、信じられないくらい格好いい。束ねた髪の流れ方まで完璧だ。

 そして、こちらを向く。

 ああもう、心臓がもたない。

 その唇が動く。

「なぜ私を助けた。自分の命を危険に晒してまで」


 どきん、と今までと違う意味で心臓がなった。真摯な眼差し。今、彼は本気でウィンに……私に問うている。本気で、考えている。

 そわそわ浮ついた思考に終始している自分が、急に不誠実な人間に思えてきた。失礼な態度をとっている気がしてきた。


 目の前にいるのが作者だとか、自分が私の夢の詰め合わせだとか、そんなことは知る由もなく、彼はただ一生懸命に、彼の今を生きているのだ。

 私はすうっと深呼吸し、彼の目を見つめ返した。

 彼を助けた時の、ウィンの気持ち。

 ここで、ウィンが答えた時の気持ち。

 本人以外で一番よく知っているのは私だ。

「死にたかったの?」

 一言一句同じに言えるかは分からない。

「真面目に答えろ」

 ウィンがするはずだったものと、全く同じ表情ができているかも分からない。それでも、私は『薄く笑う』。

「わからないよ」

「分からない?」

 脳内で自分たちの台詞が、文字に変換されていく。

 そうそう、ここ、ウィンはひらがなで、セディアは漢字で喋るんだよね。

「わからないよ。咄嗟の行動に、理由がいるの?一緒にいる目の前の人が殺されそうで、じっとしていられるものなの?」

 長い台詞は難しい。たぶん言い回しは多少違ってる。中身は間違ってないはずだけど。

 彼は考える。

「自分の命が危うくても、か?」

「命をかけたつもりなんて、なかったから」

 すらすらと言葉が出てくる。わたし、ウィンになれてる。

「何?」

「あなたが言った通り。私が甘かっただけ。

 私の相手が、あんなに早く立ち上がるとは思わなかった。あの人の剣に毒が仕込まれてるとは思わなかった。それに」

 私はそこで言葉を切った。セディアが、ひとつ頷いた。彼は、彼女が言いかけてやめた言葉を察している。察した上で、黙って頷いてくれたのだ。

 ウィンはもう、ひとを殺したくはなかった。骨を断つ時のあの感触を、今でもこの手は覚えている。自分が生き抜くために槍を振るって人を殺めたあの戦場を、もう思い出したくなかったのだ、ウィンは。

「あなたを助けたのは事実だけど、命をかけるつもりなんてなかった。

 他の人がなんて言ったか分からないけど、こうなったのは私の……私の甘さのせい。あなたを責める気はない」

 セディアが、私の言葉を噛み締めるように聞いているところをみると、ウィンが言うはずだった言葉は、問題なく伝わったように見える。そして彼は、少し体を傾けて、彼女の顔を覗き込んだ。

 本心か、と聞かれているだけなのは分かっていても、ウィンになりきっていても、やはり私はどきまぎしてしまう。

 ウィンとて、あと十日もすれば彼を意識して似たようなものだ。でも、まだだ。まだ、それを表に出すわけにはいかない。

 私はなるべく表情を動かさないようにして、小さく頷いた。それを見た彼は、

「そうか。わかった。邪魔したな、もう休め」

 と立ち上がりかけた。

 終わった、とほっと息をつく。とりあえず、この台詞の応酬を終えれば、彼と離れられる。表情筋に無駄な苦労をかけずに済む。

 ……ん?

 あれっ、この会話、こんな終わり方だったっけ?

「待って」

 席を立とうとしたセディアの横顔に向かって、私は言って、必死で頭を回転させて次の展開を思い出す。

「なんだ」

「えっと」

 ああ、やってしまった。ウィンはここで言い淀んだりしない。

「……あなたたちは出発しないの?」

 どうにか絞り出したのは、私がウィンなら知りたいことだったからだ。

「どういう意味だ?」

 彼は惚ける。分かってるくせに。

「あなたたちはできるだけ早く、遠くに行きたいんでしょう。私がこんな状態だから、足止めされてるんじゃない?放って行かないの?」

 どうして、あなたは、私を見捨てないの?

「フローラが……」

 そう言いかけて、彼は首を振る。

「いや、違う」

 自分の言葉を自分で否定し、彼は少し困ったように眉を顰める。

 そうだよね、あなたは、この頃から自分自身が分からないんだよね。

「俺たちがどうするかは俺たちが決める。とりあえず、そなたは休め。さっさと回復しろ」

 そう言うと、彼は立ち上がり、フローラから剣を受け取って離れていった。

「そなた、ね」

 この台詞は、フローラに聞こえるように言わねばならない。

 間違えようのない、この台詞。

 他人行儀な彼の態度に、この時ウィンは確かに寂しさを感じた。いけすかなくて偉そうな、でもストレートに彼女の心に斬り込んでくるこの皇太子に、ウィンは心のどこかをすでに掴まれているのだ。

不定期更新です。

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