0章:現実・過去世界
「あぁ…ちくしょう、また落選かよ。」
そう呟き俺は1部屋6畳間の天井を見上げる。
パソコンに映し出されるのは落選の文字。そう、俺は駆け出しの小説家だった。
「なぁんで上手くいかないかなぁ。」
生活の不安、また一から書き始めるというプレッシャー。色々な感情に押しつぶされそうになりながら画面を見つめる。
「また一からか…文才なんて俺にはないから諦めた方が早いのかもしれないな。」
ビール缶片手に誰もいない6畳間でそう呟く。俺に才能があったら。特殊な能力があったら。
憧れの作家のように、今は成功しているかもしれない。
昔から文章を書くのは得意だった。
小学生の頃からの夢は小説家で、その当時の夢は確かに今叶えてはいるのだが、子供の頃に見た夢ってのは現実味を帯びてはいない。
そうだろう、だって当時の俺がどうして今こんな苦しい思いをしてるなんて想像できる?
成功したって成功しなくたって毎月来る請求書。家賃を払うのだって一苦労。
でも実家に帰る度に、「隆治ももういい大人なんだからさ、夢ばかり追い続けていないで働こうよ…」と言われる無能っぷり。
自分でも分かっているさ。この生活は長くは続かない。
成功しないなら何一つとして自分の中には残らない。
でも俺は出来るだけ夢を追い続けたいと思っていた。
今の状況を誰かに伝えないと精神的にキツいと思い、居ても立ってもいられず、大学時代の友達の健吾に電話をかけることにした。
プルルルル…
「あぁもしもし。おう、隆治どうしたんだよ。」
「ごめん、どうしたらいいか分からなくてさ。今暇だったらいつもの喫茶店でちょっと話を聞いてほしくて。」
「今日は仕事休みだから全然いいよ。14時に集合しよう。」
そう健吾は言って電話を切った。
健吾とは大学1年生の時に知り合った仲だ。
陰険なオーラを放っている俺とは対照的に、誰とでも仲良くできる性格を持ち合わせていて、各サークルからは新入生のダークホースと呼ばれていた。
それくらい誰とも仲良くなれる性格で、俺は当時嫌煙していた。
でもあるきっかけが俺たちとの間を結ぶことになった…。
「おい聞いたか?あの山岸?ってあの根暗オタク、文学サークルに入るらしいぜ。」
「えー、せっかく大学デビュー出来るかもしれないのに勿体ないね。根暗オタクはいくつ年を重ねても根暗オタクってかwww」
「やめろよ、あいつに聞こえるぜwそれにしても本ばかり読んでて気持ち悪ぃww」
講義の為に教室に移動するたびに聞こえる罵声。それが俺に向いていることは理解していた。
4年間この苦痛な時間を我慢できれば。そもそも俺はお前たちとは違う。
そう自分に言い聞かせながら毎日を過ごしていた。
いじめとか陰口なんて、高校生までの事だと過信していた俺は、最初こそ戸惑いつつも毎日をただ耐え抜いて目の前のことに集中する技術を習得した。
あと4年間だけ…。あと3年間だけ…。あと2年間だけ…。
その時事件は起こった。
「おい、この講義取ってる山岸ってやつどいつ?」
いきなり教室内に響く男の声。恐る恐る声のする方に目をやると、声の主は悪名名高い(俺が勝手に言ってるだけだけど)高橋健吾の姿がそこにはあった。
あぁ、出来るだけ平穏無事に過ごしてきた大学生活はここで幕開けか。と俺の脳内が語りかける。
そう、高橋健吾は入学当初新入生のダークホースと呼ばれ、その後もヤリサーであるテニス部副部長、実態を持たない映像研究部の部長になり、持ち前のルックスで女には困らず、家も金持ちだということから同学年のカーストランキング上位の男だった。
「ぼ、ぼくだけど…。」
目をつけられたら最後。出来るだけ目立たないようにはしてきたのに…。
試合終了のゴングが頭の中で響き渡る。
絶体絶命のピンチだった。
「君が山岸君ね!ちょっと話があるから映像研究会に来てくれないかな?」
健吾は不屈な笑みを浮かべて僕に語りかける。
終わった。それが当時の僕の気持ちだ。
きっと静まった誰もいない教室で制裁を加えられるのだろう。
それか、大学生活中下僕としてコキつかわれるのだろう。
マイナスな思考がいったりきたりして、俺の頭を駆け巡る。
無言を貫いていた僕に、考えあぐねたように彼は言う。
「大丈夫だよ。”他の生徒”のようにしたりはしない。」
??どういう意味かは分かってはいなかったが、危害を加えることはないと思い付いて行くことにした。
映像研究部の部室につくなり彼は急に俺に話しかけてきた。
「山岸君。君の文学サークルでの作品の発表を見させてもらった。君は壊れるか壊れないか危うい作品を作るのが得意みたいだね。本当に感銘した。君は天才だ。」
「??」
「うーんと…急に呼び出してすまない。わかった、正直に言おう。君の作品に感銘を受けたから、是非我が部の専属脚本家になってくれないか?」
実は2ヶ月前に文学部の同人誌として、『酒と女』という純文学を出稿したばかりだった。
それをこの男は読んだというのか…?まだ出稿したてで世にも出回っていないのに。
「君は古典のロマン派を踏襲しつつも、現代におけるナショナリズムも作中に継承していて素晴らしい作家だ。」
そう彼は言う。
違う、そんなことはない。俺は自分が書きたいことを書いているだけなんだ。
「違うよ。自分の思うままに書いているだけだし、俺が舞台とか映画の脚本なんて書けるわけないじゃないか。」
そう言うと彼は少年のような笑みを浮かべ、
「何を言ってるんだよ。俺がいいと思ったものは映像に残したい。」
そう笑った。
それが彼、高橋健吾との出会いだった。
時は巻き戻して現代――。
待ち合わせ先のドール喫茶店にて。
「おう、久しぶり!順調に小説書けてんのかよ?」
「全然だよ。また新人賞に落選しちゃってさ。後にも先にもこれがラストチャンスって思っていたから、結構精神的にきちゃってて。」
久しぶりに見た健吾の顔。少し過労で疲れているのだろうか。
顔には無精髭を蓄え、目元のクマも隠せずなんだか擦り切れたという印象だった。
大学生当時精力に満ち溢れた彼の姿は今そこにはない。
なんだか寂しい気持ち半分、同じ境遇に立っているという嬉しさ半分だった。
「でも俺は隆治の可能性を信じているよ。お前は評価されるべき人間だ。俺が保証する。あと一年経って結果が出せないなら諦めればいい。あと一年で何本小説が書ける?」
「2本だけど…。」
「じゃあ2本書いてダメだったら俺の勤めている会社に推薦するよ。今は結構上の立場なんだ。安心して今は執筆業に勤しめ。何たって隆治は俺が太鼓判押すほどの人材だからな。」
そう言い彼は周りの目など気にしないが如く高笑いをする。
そうだな。俺はお前に救われ、お前に評価されたからこそ今この場所に立っている。
「確かにそうだな。健吾の言う通りだ。もう少し頑張ってみるよ。」
「俺はお前を信じているよ。そういえばさ、俺もうすぐ結婚するんだよ。もちろん隆治も結婚式には出席してくれるよな?」
そうだった。健吾は大学生の時から付き合っている萌ちゃんともうじき結婚を考えていると言っていた。現実世界に一人取り残されているのは、確かに俺かもしれない。
「あぁ…。もちろんだよ。最高の式にしてくれよな。」
死にたくなった。
確かに健吾とは数年に渡る仲で、彼の性格、仕事ぶり、全てを掌握していても過言ではないと言うくらいに知っていた。
でもいざ、結婚して誰かを守らなくならなくちゃいけない存在に俺たちがなるという事は、想像できなかった。そしてまた、俺がなれるという保証も、周りがなるという現実も受け入れがたかった。
これがラストチャンスだ。帰って死ぬ気で執筆しよう。
そう思い俺は健吾と別れを告げ帰路へ向かうのであった。
作中で誤字脱字が見つかり次第訂正し、更新させて頂きます。




