第1話 動物園みたいな教室で
ここは、まるで動物園だな……
昼休憩の騒がしい教室。窓側の一番後ろの席に座っている俺は、教室にいる生徒たちを冷めた目で見ていた。
特に騒がしいのは、教室の一番前の席に陣取っているギャルたちのグループだ。「ギャハハハ!」と下品な声を上げて笑い。猿みたいに手を叩いている。同じ人間とは思えない存在だ。
そのギャルたちのグループにはボス猿みたいな存在がいる。名前は、黒川詩音。茶髪でキャバ嬢みたいな派手な髪型をしている。顔立ちは整っていてクラスで一番。いや、校内で一番の美少女とも言われている。
しかし、俺はあまり好きじゃない。
名前と顔は品が良いが、だらしなく胸元のシャツを開き、限界まで短くしたスカートを履いている。そして、同じような格好をした周りのギャルたちとギャーギャーと騒いでいる。とにかく騒がしい連中だ。
動物の群れには順位があるように、このクラスで一番頂点に立つのは彼女たちギャルのグループで。そして、その頂点に立っているのが黒川詩音という訳だ。このクラスのほとんどの生徒たちは、彼女に逆らうことができない。絶対的な存在だった。
俺は、黒川を見ているだけでネガティブな気分になる。視線を別の場所に移した。
教室の隅に固まっているグループがある。ここは勉強ができる頭の良い。いわゆる真面目な生徒たちのグループだ。ギャルたちのグループと違って、静かに控えめな声で話している。
その中心にいるのが、白崎麗奈である。
彼女は、黒川詩音とはまた別のベクトルの清楚系の美少女だ。綺麗な黒髪のロングで制服もきちんと着ている。名前も容姿も綺麗で真面目そうな美少女だ。
この俺、灰谷翔二にとって、彼女を遠くから眺めるの一番の癒しだった。
他の連中は、動物園にいる動物と一緒だが。彼女だけは違う。俺にとって、この動物園みたいな教室の中で俺と彼女だけは人間だと。そんな風に感じていた。
この教室には、他にもグループがある。運動部の連中が集まっているグループ。オタクみたいな連中が集まっているグループ。
しかし、この俺。灰谷翔二は、どのグループにも属していない。いわゆる一匹狼。すなわち、ロンリーウルフなのだ。
いつも一番後ろの席で一人で本を読んでいた。でも別に寂しくはない。むしろ一人の方が居心地がいい。おひとり様が好きなのだ。
こうして、休憩時間は読書に没頭し。たまに気分転換にクラスの生徒たちを眺めて。そして、白崎麗奈を遠くからチラ見する。そんなライフワークを日々過ごしていた。
高校2年生になるが、彼女はおろか。友達さえ一人もいない。
いや、別に友達が作れないわけではない。敢えて作らないのだ。人間関係なんて煩わしいものは嫌いなのだ。
一人の方が、よっぽど効率的で有意義な時間を過ごすことができる。何でみんなそうしないのか?
ただ、確かに一人だと時間を持て余す時はある。
今日は、家から持って来た本は読み終えてしまった。今は、窓から教室の外を眺めてボーッとしていた。昼休憩が終わるまで、まだ10分くらいはある。
俺は、上着のポケットの中に手を突っ込んだ。ポケットの中には、六面体のダイスが2つ入っている。このダイスは、俺にとって御守みたいな物だ。
小学生の頃、俺にも友達と呼べる存在はいた事がある……
その友達からもらった2つのダイス。手のひらでコロコロと転がす。その度に思う。
あいつは今頃、元気にやっているだろうか……?
少しセンチメンタルな気分に浸ると、俺はダイスをポケットの中にしまった。そして、スッと立ち上がる。
「5時限目の授業が始まる前に、トイレにでも行っておくか……」
一人でつぶやくと騒がしい教室を出た。人気の無い渡り廊下を歩く。そして、トイレの前にたどり着いた時だった。
「ん? 何か落ちてるな…… ハンカチ?」
トイレの前の廊下に落ちていたのは、レースの付いた白いハンカチ。女性用だろうか? 普段の俺なら、そんな落し物なんてスルーするのだが。その日は、どういう訳か。そのハンカチを拾ってしまったのだ。
そして、拾った時に気づいてしまう。ハンカチの隅にローマ字で名前が刺繍されていることに……
SHIRASAKI REINA
間違いない。これは同じクラスの清楚系美少女。白崎麗奈のハンカチだ……
俺は、思わずキョロキョロと周りを見て誰もいないのを確認すると、そのハンカチをポケットの中にしまった。
ドキドキと心臓が鼓動する。自分でもよく分からない気分だ。何で俺は、こんな物を思わず拾ってしまったんだ? どうしてポケットの中にしまったんだ?
足早に、自分の教室の方へと引き返す。
ずっと独りだった。一人でいいと思っていた。しかし、現在ポケットの中には白崎麗奈のハンカチがある。あの白崎と接点ができたような、そんな昂るような気持ち。それと同時に、盗みを働いたような後ろめたい気持ちが湧いてくる。
「違う…… 盗んだわけじゃない。拾っただけだ…… ちゃんと本人に返せばいいんだ」
ようやく落ち着いた思考ができたのは、自分の席に戻ってからだった。