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「あれ、死んでない? 何この地面!? おかげで助かったけど」
ぼんやりと光る床を、ペチペチと叩く文芸部部長。
「と、とりあえず床が抜けないとも限らないから、コッチに!」
僕は壁に開いた穴から手を伸ばす。
「いいえ大丈夫よ。だって、ウチのコピー機がこんなにあっても平気なんだから」
立ち並ぶ本棚の全部に、旧式のコピー機が押し込められていた。
確かに二人がかりじゃないと持ち上がらないコピー機が、コレだけたくさん乗っててもビクともしないのだから、部長の言うことも一理ある。
けど……論点はソコじゃない。
まだパンツ丸出しの部長と、大量の巨大コピー機と本棚が無数に鎮座している。
僕は恐る恐る、空中に湧いて出た謎の空間に首を伸ばす。
壁床天井の全てが、ぼんやり明るく光ってる。
そのせいで距離感が掴めなかったけど、よく見ればソコは文芸部部室と同じ様な間取りだった。
「コレもオマエの仕業か、〝着ぐるみ〟!」
僕が振り返ると猫の着ぐるみ|(体育座り)は、スルリと横をすり抜けて謎の〝部室空間〟に入っていってしまった。
「ふーん。窓の外には部長さんもこの部屋も、なぁんにも無かったよねぇー♪」
なんてスキップで、その後に続く雉呵さん。
その手には、ハイテク(らしい)金属バットの持ち手だけが握られていた。
某SF映画の〝レイザー日本刀〟みたいで格好良かったけど、ほとばしるレーザー形状がバットだったらマヌケだと思った。
「き、雉呵さん! こんな、得体の知れないヤツに不用心すぎムギュリッ――――」
僕は学ランの襟をつかまれ、まるで食卓にあがって叱られる猫みたいに、軽々と持ち上げられた。
さすが運動部、なにこのパワー。
――――ドバタムッ♪
その音に驚き、引きずられながらも入り口を確認する。
縦長の穴は、巨大冷蔵庫の立派な扉みたいなので塞がれてた。
キュルキュルキュルルッ――――ガチリ、ピピピ、チキキッ♪
上下左右から伸びてきた何本もの金属棒でロックされる冷蔵庫ドア。
金属棒の太さは僕の腕くらいあった。もし、本当に〝レイザー日本刀〟なんかがあったとしても、一刀両断には出来ないと思う。
それは、この部屋だか空間だかのふわっとした存在感とは裏腹に、僕らが厳重に隔離されたことを意味している。
「コラッ、着ぐるみ! 僕たちをどうするつもりだ、いますぐ部室に戻せ!」
「フッフッフッ。私は着ぐるみではない。言いがかりはよしてくれないか」
「なんだよ、言いがかりって。じゃあ、オマエは誰で、なんでネコとか金属バットに化けて出たんだ!? 言ってみろっ!」
「そーね。結局まだ私たち、アナタが何なのか教えてもらってないよね」
「ネコ? 金属バット? サッパリ訳がわからなくて、非常に興味を引かれるけど、この人はあなたたちの知り合いではないの?」
と部長。いいからそろそろ、水玉かくして。
「知り合いだなんて、とんでもない。赤の他人です。っていうか人ではないです。少なくとも最初は……」
僕は視線をそらしつつ、何故か両拳を構える着ぐるみを監視する。
「そうね、ケンカが弱くて、姿形を模索中ってコト以外、何も知らないわ。そろそろ私の無反動バット返して!」
無反動!? バットなのに?
さりげなくパワーワードをぶち込む雉呵さん。
無反動のためには、倍の反発力が必要になるはず。
一体何を、飛距離捻出の生け贄にしてるんだ?
いやまて、いま論ずべきなのはソコでもない。
「では、アナタの姓名と所属。並びに階級と現時空間での行動目的を述べよ」
パタパタと制服のスカートを払いながら立ち上がった文芸部部長。
その口調は弁論大会みたいで、着ぐるみをまっすぐに見つめている。
僕たちは最初こそ驚いたモノの、謎の変幻自在な生命体の軟弱さと敵意のなさを30分掛けて感じ取った。
けど、この文芸部部長はファーストインプレッションで、その本質を見抜いた。
雉呵さんもだけど、近頃の女子高校生の胆力は、とても良く据わっている。
文芸部には、SF的素養が多分に含まれているからかもしれないけど。
「ウフフフ?」
着ぐるみは一瞬、両頬に手を当て、謎の恥じらいを見せたのち――――
「フッフッフ、でわ、お互いに無条件降伏すると言うことでファイナルアンサー?」
ネコ手で器用に一本指を立てた。
「ちょっとまて。何の話だよ?」
その不気味な機械音声もやめろ。
不穏な内容と相まって、なんか不安になる。
いま僕たちは軟禁……いや監禁状態なのだ。
「コラッ、怖い事言うと、暴力に訴えるからね?」
美少女軟式野球部部員がレイザー日本刀の切っ先を、謎の着ぐるみ生命体に向ける。
この時、〝お互いに無条件で降伏〟していたら、僕達はすんなりと元の部室に帰ることが出来たのだろう。
本当に大事なことは、後からわかるのだ。
結論から言えば、僕達は二度と同じ部室・同じ学校・同じ時空間。同じ惑星・同じ相対座標に帰り着くことは、とうとう適わなかった。そのことに気づくのは、今から2週間後になる。
§
「二人とも気を付けて。僕らはソイツに閉じ込められたんだ」
僕はおそるおそる冷蔵庫ドアを押してみた。
厳重にロックされたソレが、僕の力で開くはずもなく。
「僕たちを元の部室に帰せ」
「ソレは確率的に不可能ですニャン♪」
言ってから、「あ、言っちゃった」みたいに口元を押さえる素振り。
ウザい。
「不可能って、なんだよ! このドアを開けりゃいいだろ!」
温厚な僕だって、声を荒げることくらい有るし、今がまさにそのときだった。
「開けたらチェンバー内のモノは、すべて揮発するニャ?」
あ、いけないいけない、言っちゃいけないんだったという素振り。
ほんとウザい。
「チェンバー? 〝部屋〟、それとも〝会議室〟?」
部長が本棚のハードカバーを一冊、手に取りながら着ぐるみに話しかける。
着ぐるみが、必死に口元を押さえる。
この部屋が〝薬室〟だったら、僕たちは鉄砲玉か炸薬ってコトになる。
あんまり良い意味には受け取れない。
「また、ダンマリか?」
さっきの無条件降伏ってのも、とんでもなく気になる。
とくに〝お互いに〟ってところ。
なんとかして着ぐるみの軽い口を、最後まで割らせないと。
「暴力反対、暴力反対ニャァァン!」
黙ってはいない。むしろウルサい。
軟式野球部に肩を組まれ、脇腹をレーザー日本刀で小突かれる、本物みたいによくできたネコの着ぐるみ。
部長は本棚にある本を、片っ端からめくりはじめた。
ふう、話が進まない。
ひとまず、涙目で暴力反対を訴える着ぐるみから、軟式野球部をひっぺがした。
「おありがとうございますー……ニャッ♪」
なんだこの卑屈さ。それと語尾を取って付け足すな。
あと、なんか生暖かくて、触られると生き物感が……ものすごい有る。
「お礼と言っては何ですが、一つ情報開示いたしましょう。先ほど秘匿条項に対する開示条件がクリアされたことですしニャーッ♪」
それはありがたいけど、何だかお礼じゃなくて、たまたま条件が整っただけと言うようにしか聞こえない。いいけど。
「私は、こういうモノです」
胸ポケット|(?)から取り出したのは、一冊の雑誌。
語尾にニャ♪は付かず、雑誌のタイトルは、『Asdfghjkl;』。
あ、コレは知ってる。まえに部長に教えてもらったっけ。
たしか、声にならない感情や悲鳴の表現で、日本語で言うならまさに『くぁwせdrftgyふじこlp』。
『くぁwせdrftgyふじこlp』っていえば、年度ごとに変わる偽名で有名なSF作家が、そんな筆名で去年書いてたな。
部長がめくっていた本を本棚に戻し、神妙な顔で差し出された雑誌に飛びついた。
ソレは、随分と古めかしい感じの海外の雑誌。
SF者でなくともわかるほどの、光線銃と箱形ロボット。
つまりSF雑誌だった。
「どういうモノか!?」
雉呵さんもよってきた。着ぐるみを軽く肘で小突いている。
このパワーバランスのお陰で、僕らは取り乱さないで済んでいるのかもしれない――不測の超常現象や監禁状態に対して。
ケンカが弱いことには、平和的価値があるのだと、初めて知った。
「195¶年……発行?」
部長が、すかさず裏表紙を確認した。
なんだろキリン年って。
あと、本の状態は印刷されたばかりみたいにキレイで、なんか生暖かかった。




