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「うっわっわっわっわっ!? なにこの子、どこから入ってきたのぉ? あと、しゃべってなかった?」
カラコロとリノリウムの床を転がる持ち手。
音もなく猫足で着地した〝ネコではないもの〟を、神速でつかみあげる雉呵さん。
うっわ、一切躊躇しなかったぞ。お嬢様なのに豪胆だな……お嬢様だからか?
「――ぶにゃぁぁぁん? ブニャァァァン? にゃァん♪」
お嬢様の胸元を踏み踏みする〝ネコではないもの〟。
「おまえいま、しゃべってただろう」
下手な鳴き真似と、優しく抱きかかえられる様が鼻についた。
じゃなかったら、得体の知れないこんな〝ネコではないもの〟に話しかけるなんて無理だった。
そもそも、雉呵さんが居なかったら、絶叫しながら部室を飛び出してた自信がある。
「バレてしまっては仕方が無い。イカにもタコにも、この体は変幻自在ダ。ドんナ姿がオ好ミかネ?」
男性とも女性とも判別が付かない、ものすごく古い自販機みたいな声。
その声が壊れた自販機の声みたいに、ノイズ混じりの機械的なモノに変化していく。
――――同時に、丸っこかった手足の先が吸盤の付いた触手に変化する。
右手が赤黒く、左手が茶色っぽく。
足先にいたっては、七色の光をほとばしらせ始めたっ!
「きゃっわっ!? 気持ち悪い!」
再び投げ捨てられる、〝明らかにネコじゃないモノ〟。
――――ビッタァン!
ソレは床に平べったく広がり、衝撃を吸収、
――――ぶにょるりっ!
反動で、その体を大きく跳躍させた。
「「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」」
僕たちは手に手を取り合って、天井にまで届きそうな程に膨張した――――〝何か〟を見上げた。
光る柱は全身を七色に輝かせ、縦長の体をブルブルと震わせる。
ヴォヴォ、ヴォヴォッ――――ヴヴォヴヴォォーーッ!
その光彩パターンは速度を増し、頭頂部へ集約していく。
週の半分は僕一人だけの文芸部部室に屹立する、〝ぴかぴかギラギラ正体不明。
そのかま首が、部外者で有る〝SF研究会会員〟と〝女子軟式野球部部員〟を見据えている。
ピカピカギラギラ――――ウネウネギョロリ。
僕たち以上の部外者で有る光彩は、文芸部部室を異質の空間へと変貌させた。
――――ヴヴォヴヴヴォォヴヴヴヴォォォーーッ!
あまりに衝撃的な光景に、僕たちは卒倒した。
§
「では、この姿はどうだろうカ?」
光る柱が光らなくなって、30分くらい過ぎた。
もう西日が強くなってきたから、僕はカーテンを閉める。
「ソレはヒトなの? ひょっとしてオナカが出てきたおじさん……が現代彫刻のコスプレしてるとか?」
危害は加えない。最初にそう言ったきり黙り込んだ柱を雉呵さんが、ホウキの棒で突いた。
本当に物怖じしないヒトだなーと感心してたら、突かれた柱は「危害を加えるのはヤメテくれないか?」と懇願してきた。
危険が無いと判断した僕たちは、ソレとの第五種接近遭遇を開始したんだけど。
「現代彫……ふむ、なるほど美的感覚の発露か、了解しタ。ではこんな感じではどうかナ?」
〝一本足で立つカブトムシのサナギみたいなの〟が、大きく膨らんで二つに割れ、中からすっぽんぽんの美少女が出てきた。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ! な、ソレは私でしょっ! ダメ却下! 百歩譲っても服を着て、服を! そして、鹵頭君は向こう向いてて!」
一瞬釘付けになったけど――――グィーン、ポキリ!♪
すんでの所で、首を無理矢理ひん曲げた。
そっぽを向いた僕の頬に、お嬢様の視線が突き刺さる。
「見てない、見てないよ!」
僕は美少女達に後頭部を見せつけてやった。
そう、僕たちは今、なんだかよくわからない物に姿形|(?)を与えていた。
やはり最初のネコの形が一番溶け込んでいると言うことになり、ネコの姿に戻る。
けど、その大きさは雉呵さんのままで、まるで着ぐるみを着た人のようだった。
§
「ガラリ――――おや、鹵頭後輩。今日も来てたのかね」
「ぶ、部長っ!? あわわわっ!」
ドアを開けて颯爽と進入してきたのは、文芸部部長だった。
「ほほう?」
――――クイッ。
太い白縁メガネの片側に装着された、外付けのウェアラブル端末を指で持ち上げてみせる。
部長は、寝てるとき以外はずっと活字を読んでないと正気が保てない、活字ジャンキーだ。
おおかた、本日配信分の学校の新着ライブラリを読み尽くして暇になったから、部室に居る僕のことでもからかいに来たんだろう。
「まるでうだつの上がらないモブ太郎君が、謀略の限りを尽くして我が文芸部部室にクラス一の美少女を連れ込んだまでは、よしとしましょう!」
ビシリ突きつけられる人差し指。
分厚いメガネのむこう。素顔は見たことがないけど部長だって、どっちかっていやモブ側の人間だと思う。
長いお下げ髪を持ち上げる胸元は、あんまり地味じゃないけど。
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ! あと、僕の名前は対句です。いい加減覚え――――」
〝鹵頭対句〟の中に、〝モブタロウ〟の文字は一つも使われてない。
「――――けど、コレは一体どういうコトかしら!?」
僕、モブ太郎を突き刺し糺弾していた人差し指が、大きく旋回した。
部室の片隅で体育座りを披露していた〝やたらとよくできたネコの着ぐるみ〟が突き出されたぷにっとした指先を――――くわえた!
「ッキャァァァァァァァァァァァアアァァアァァァァ――――」
部長が凄い勢いで手を引っこ抜いた。
その勢いは凄まじく、一瞬で窓際まで後ずさる。
そして途中に落ちてた――――バカでかい……ACアダプタみたいなのに、蹴つまづいた。
「「あぶないっ!」」
僕と雉呵さんが手をのばすよりも早く――――ソレは大きくひらいた。
部長|(やや発育の良い女子高校生二年)が激突するはずだった壁は無く、ぼっかりとした縦長の大穴があいている。
ソコには未整理の歴代備品|(大抵は古いやや希少本)が本棚に詰められていたはずだ。
「ぶちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
僕は縦穴に駆け寄った。
だってココは三階で、壁の向こうはヨリにもよって高台になってて、落ちたりしたら到底助かる高さじゃなくて――――
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁっ! びっっっっっっっっっっっくりしたぁぁぁぁぁぁぁ!」
目の前にはパンツ丸出しで周囲を見回す文芸部部長。
やはり、部長は地味だけど、体型だけは地味じゃなくて目のやり場に困った。
今日は何なんだ、超常現象とラッキースケベの大安売りか?
三階の壁の向こうには、地面があった。
部長の背後に立ち並ぶ古ぼけた本棚は、見渡す限り続いている。