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4 前世回想

 ギャラリーになった通路を過ぎたところは、王宮の奥宮だ。

 気がつくと、足が勝手にかつての自室――フランデリーナの部屋に向いていた。


 両開きの扉の前で立ち止まると、侍女が驚いて言う。

「ディアイラ様、ここは入れません。『開かずの間』なんですよ」

「『あかずのま』?」

「はい。不吉なので誰も近寄らないんです。さ、お庭にでも参りましょう」


(ふーん。私が死んだ部屋だから不吉、と。だからサイスはここを使わなかったのね)

 私は納得する。

 執務室と私室が続きの間になっているここを、フランデリーナは使っていた。というか、王宮の主であり国主である者は、警備の観点から考えても、奥まった部屋を使うのが普通だろう。

 それなのに、最初に通されたサイスの執務室がずいぶん表側だったので、不思議に思っていたのだ。

(不吉な部屋を使わないのはわかるけど、せめて奥宮の一室を選んだらいいのに)

 そう思いながら仕方なく立ち去ろうとした、その時。

 ガチャッ、という音が響いた。

 開かずの間の扉が、ゆっくりと開く。

(え……)

 中から姿を現したのは、眼鏡をかけた初老の女性だった。やはり侍女の服装をし、手にバケツを下げている。


 その女性は、私を見て目を見開いた。

「まぁ、ディアイラ様」

(どこかで見た覚えのある顔……)

 そう思いながら「こんにちは」と声をかけると、彼女もスカートを摘んで丁寧にお辞儀をした。

「ご機嫌麗しく」


 侍女が聞く。

「カーチャさん、まだここの掃除を続けてるんですか?」

 私は、はっ、と息を呑んだ。

(カーチャ。本当だ、年はとったけど面影がある)

 前世で、私の身の回りの世話をしていた侍女たちの一人だった。

 カーチャは部屋に鍵をかけながら、侍女の質問に答えた。

「十日に一度だけれどね。せっかく、陛下がこの部屋はこのまま残すとおっしゃったのだから、きれいに残したくて」

「でもカーチャさん、怖くないんですか?」

 声を潜めて侍女は聞いたけれど、カーチャは何でもない様子で首を横に振る。

「全然。私が掃除したくてしてるだけ」


 私は思わず、口を開いていた。

「『ワガママ女王』のへやなのに?」


「あらっ、よくご存じですね」

 私の前に膝をついて、カーチャは目線を合わせる。

「そんなあだ名で呼ぶ人もいたようですが、私がお仕えしたフランデリーナ様は、決して悪い女王ではなかったんです」

「ワガママでも?」

「はい。我を通されるだけで、誰かのせいにしたり誰かを貶めたりすることは決してありませんでした。私たち使用人も、誰一人としてクビになったり、罰せられたりした者はおりません」

 カーチャは、優しく微笑んだ。

「私は、フランデリーナ様をお慕いしておりましたよ」


 私はとっさに、奥歯をかみしめて涙をこらえた。

(カーチャには、気づかれてたのかも。……私のワガママの理由)


 あの頃の記憶が、よみがえってくる。


※※※


 十五歳という若さで女王に即位し、王宮で暮らし始めたフランデリーナ――前世の私は、毎日必死で執務をこなしていた。

 経験が足りない分、多くの貴族たちの話に耳を傾け、過去の記録を読み漁り、自分を信じて決定を下す。もちろん失敗もあったけれど、思っていたよりは穏便にやれていた、と思う。

 けれど、そういう政治的なところではなく、思いもよらないところが綻び始めた。

(何だか最近、魔力が、うまく制御できない)

 執務の傍ら、古代魔法語辞書の改訂作業もしていた私は、自分で様々な魔法を試していた。

 その魔法に時々、失敗するようになったのだ。

(即位するまではこんなこと、なかったのに……)


 とうとうある日、崩壊が始まった。

 手紙を書き、魔力を使った封をしようとしただけ。それなのに、近くにおいてあったティーカップがいきなり、音を立てて割れた。

 動揺した私は、制御できなかったことをとっさに誤魔化そうとして、控えていたカーチャに言った。

「このカップ、気に入らないの。別のにして!」

 自分の意志で割った、というフリをしたのだ。


 それをきっかけに、私は制御の失敗を自分のワガママのせいにして誤魔化すようになった。

 外出するために乗った馬が、私の魔力を感じて暴れそうな気配を見せれば、さっさと馬から下りた。

「やっぱり気が向かないわ。今日の予定はキャンセルしてちょうだい」

 陳情に来た貴族が、私の魔力に当てられて顔色が悪くなってきたのを見ると、懐中時計を見ながら言い放つ。

「ああ、頭が痛くなる話だこと。別の日にして下さる?」


 誰かのせいにしたくなくて、自分のワガママのせいだと取り繕い続ける日々。

 けれど、心の中は不安でいっぱいだった。

(どうしよう。どうして制御がきかなくなってきているの?)

 過去に魔力を暴走させた王族がいたのは、もちろん知っている。だからこそ、六親等以上離れていないと結婚できないのだから。

 止める方法があるかもしれないと、当時の文献を片端から読み漁った。しかし、見つからない。

 私は密かに両親を疑った。王族の母と、民間から婿入りした父との間に生まれた私なのだから、本当なら魔力に問題などないはずなのだ。

(まさか……母が、五親等以内の誰かと、不貞を?)

 逆に、父方の血筋に秘密がある可能性もなくはないため、王族の歴史をさかのぼって調べたかった。けれど、家系図は貴重なもののため、王宮古文書館に保管されている。

(入れない。私、一人では……)

 母と父、どちらに問題があるとしても、こんな秘密を一体誰に言えるだろう。



 そうこうするうちに、女王主催の鹿狩りの日がやってきた。神に捧げるための鹿だ、行事を中止するわけにはいかない。

 なのに……私は当日、また、魔力の制御に失敗してしまった。

 野外に張られた休憩用の天幕の一つを、壊してしまったのだ。さらに悪いことに、その天幕を使っていた貴族の一人に、軽い怪我を負わせてしまった。

 天幕が古くなっていた、ということで収めようとしたのだけれど、その貴族は「何かおかしい」と感じたようだ。

 そして、こう思ったらしい。

『あの「ワガママ女王」だ。議会での発言力が強い私のことが、気に入らないのだ。だから、魔法で私の命を狙っているのだ!』

 彼の考えに、何人かの貴族たちが、同調した。


 ある日。

 彼らは内密の話があると言って、私の部屋にやってきた。

『あなたのワガママで、臣下が死ぬようなことがあっていいのだろうか。そんな理由で殺されてはたまらない。女王の座を降りていただこう!』

 言葉のひとつひとつが、その場の人々の感情をじわじわと煽る。

 落ち着いてほしい、殺そうとなどしていない、と私は抗弁したけれど、怪我をさせてしまったのは本当だ。悪いことに、天幕が古くなっていたという言い訳について、彼らは調べていた。「天幕は新しいもので、古くなどなかった」と。

 次第に声を荒らげる人々。感情が、熱を帯びていく。

 その熱に踊らされた人々が、『女王が臣下を殺そうとした』と、信じ込んでいく。


(怖い)

 恐怖が、魔力を暴発させた。

 彼の近くの花瓶が、弾け飛んた。


「やっぱりだ!」

「危ない! 女王が魔法を!」

 いくつかの声が合図になって、殺気がぶわっと膨らみ──


 ──気づいたときには、胸にナイフが突き立っていた。


 かすむ視界の中、部屋に駆け込んできたのは、騎士服姿の幼なじみ。

(サイス……)

 青い目を見開いて、私を抱き起こし、何か叫んでいる。返事をしようとしたけれど声が出ず、もう、耳も聞こえない。

 

 神様。

 もし生まれ変われるのなら、今度は本当の意味で『ワガママ』をしたいわ。

 誤魔化したり、取り繕うためのワガママじゃなくて、本当の意味での()(まま)を。

 自分の心のまま、素直に生きて、好きな人と結ばれる。

 そんな来世を……どうか。


※※※


 ふっ、と、私は目を開いた。

 いつの間にか、ベッドに横になっている。そして、ベッドの端にサイスが腰かけて、私の顔をのぞき込んでいた。

 彼はホッとしたように微笑む。

「ディア、気分はどうだ?」


 私は身じろぎした。

「あれ……あ……あたまがぐるぐるすりゅ」

「少し熱がある。散歩中に具合が悪くなったんだ」

 サイスの大きな手が、私の前髪をかき上げるようにして撫でた。

「医者は、疲れが出たのだろうと言っていた。身体は子どもだ、環境の変化についていけなかったのかもな」

(そうだったら。それだけだったら、いいのに)

 身体だけではなく、過去の記憶が、私を苛んでいる。

「侍女を呼んでこよう」

 立ち上がろうとするサイスを、私は「まって!」と呼び止めた。

「ん?」

「……すこし、はなしをしたい」

 今さらだけれど、聞きたいことは聞いておきたい。

「少しだぞ」

 彼は素直に、座り直す。


「……シャイス。さっき、きいたんだけど、あなたは前の女王のおへやを、そのままとってあるって」

 サイスは軽く目を見開いたけれど、うなずいた。

「ああ。そうだ」

「どうして? ふきつなへやだって、いってるひともいたわ」

「俺にとっては、大事な部屋なんだ」

 サイスは、私の顔から視線を外す。

「フランディ……フランデリーナと俺は、同い年の幼なじみだった。彼女の従兄弟の子どもが俺、という関係だ。仲がよかった」

(知ってるわ。……懐かしい呼び名)

 私は、過去に思いを馳せた。


 親同士の交流が密だったこともあって、行事ごとに親族が集まった。大人たちがパーティをしている間、子どもたちは子どもたちで一緒に遊んだものだ。

 私とサイスは特に仲が良く、一緒に屋敷内を探検したり、木登りしたりした。

 楽しく遊んだ日の夜、ベッドに入りながら、私はメイドに言った。

『大人になったら、サイスとけっこんする!』

 メイドは困ったように笑う。

『残念ながら、それはできませんねぇ』

『どうして?』

『五親等……ええと、血が近すぎるからですよ。でも、ずーっと仲良しでいられるといいですね』

『うん!』

 その時は、ただ仲良くいられるなら何の問題もないと思った。


 サイスは続ける。

「フランディが女王になり、やがて俺が近衛隊の副隊長になると、彼女はとても喜んでくれた。気心の知れた俺がそばにいれば、安心だと思ったんだろう。……それなのにあの日、俺は調査したいことがあって王宮を離れていた。女王に対して不穏な計画を立てているという噂の貴族に、会いに行ったんだ。そいつは王宮に行っていた。行き違いになったと知って、急いで駆けつけた。でも、間に合わなかった」

 淡々と言いながらも、彼は握りしめた拳を見つめている。

「フランディの期待を裏切った。その事実を忘れないように、あの部屋を残しているんだ。生前の、そのままに」


(裏切られたなんて、思っていないのに)

 私は少しの間、黙っていたけれど、気になっていたことをさりげなく口にした。

「それで、つぎの国王が、あなただったのね」


 単なる事実確認のように聞こえただろうけれど、私が本当に聞きたかったのはこういうことだ。

(彼よりも、継承位の高い王族がいたはず)

 私の次に王になったのがサイスだと知った時は、少し驚いたのだ。


 すると、彼はため息混じりにそのあたりの話をしてくれた。

「本当なら、俺ではなかったはずだった。ただ、フランディを糾弾した人々の裏に、第一王位継承者がいたんだよ。フランディを殺せと命令してはいないようだったが、話し合いが加熱するよう煽っていたらしい。うまく行けば自分が次の王に……とな。第二位もその近しい血縁だったり、なんだかんだで、誰が王に相応しいの相応しくないのと散々もめた結果、国王は俺が引き受けざるを得なかった」

「そう……」

 国民には、詳しい事情は伏せられたのだろう。

「彼女を守れなかった俺が、彼女の後継者とは。まるで『責任を取れ』と言われているかのようだ。俺も王に相応しくなどない、と思うと、奥宮で暮らすことすらはばかられてな」

 自嘲の笑みを、サイスは浮かべる。

「……女王は有力貴族と結婚間近でもあって、幸せになってほしかった。そんな彼女が何かを隠している様子だったのは、今でも心に引っかかっている。……それなのに」

 彼は話を切り替えるように、おどけて肩をすくめた。

「今度は、俺が臣下に隠し事をする羽目になった、というわけだ。もちろん、お前のことだぞ」

「サイスって、ずいぶんフランデリーナのこと」

 ――心から大切に思っていたのね。

 そう言いたかったけれど、口からは違う言葉が出る。

「女王として、ちゅーせーをちかえるそんざいだと思ってたのね。ワガママなひとだったってきいたけど」

「少なくとも、近衛騎士の俺には、ワガママなんか言わなかったぞ。言ってほしかったくらいだ」

 微笑んだサイスは、我に返ったかのように瞬きをする。

「つい長話をしてしまった。妙にお前は話しやすい。さあ、もう一眠りしろ。満月の日までに体調を整えておかないと」

 大きな手が再び、額を撫でた。


(私が本当に両親の子なのかわからない……なんて、隠すに決まってるわ)

 私はじっと、サイスを見つめる。

(だって、女王の座を追われることになったら、近衛騎士のあなたに、そばにいてもらえなくなる。そう思ったから。……ふふ、結ばれない相手にそんな気持ちを抱いていること自体、もし知られたら軽蔑されたでしょうけど)


 いつかは、新国王ルーサイスは誰かと結婚する。そうしたら祝福しようと、生まれ変わってからずっと思っていた。

 なのに、彼はずっと独身で、しかも想像もしていなかった奇妙な再会をした。

(おかしなものね。今世では血縁の制約はないけれど、やっぱり私たちは結ばれない運命。まさかサイスが、幼い子どもに対してそんな気持ちになるわけがないし)

 私との契約が解消されたら、今度こそ、年齢の釣り合った誰かと結婚してほしい。

「何だ? そんなにジロジロ見て。どこか変か?」

 自分の顎を撫でるなどしているサイスは、昔とちっとも変わらない。

(あなたが私の幸せを願ってくれたように、私も、あなたの幸せを願ってる。本当よ、サイス)

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