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3 我儘女王

 かつては城塞として使われていた外壁の、大きなトンネルをくぐると、視界が開けた。

 噴水の上がる円形広場の奥に、白亜の宮殿がそびえている。窓やバルコニーにいくつものアーチが弧を描き、柱には精緻な彫刻が施された、美しい宮殿だ。


 サイスの腕に抱っこされ、大階段を上る。

 たどり着いたホールは、高い天井から壮麗な宗教画が私たちを見下ろし、床には艶やかな大理石が張られている。そこで、何人かの人間が待っていた。

「陛下!」

 初老の宰相が、神経質な足取りでせかせかと近寄ってきて頭を下げる。

「心配申し上げました。突然お一人で姿を消されたと思ったら、外においでだったとは」

「済まなかったな。俺の身には何もないから安心してくれ」

「伝令からの伝言も聞きましたが、その、こっ、婚姻とは……?」

 彼は汗を拭きながら、ちらちらと私とサイスの左手の甲を見ている。

「息抜きに町に出たら、運命の人に会ったんだ。彼女は、ディアイラ」

 サイスは、私を軽く揺すり上げるようにして抱き直しながら言った。

「一目見て、妻になる娘だとわかった。いてもたってもいられず、両親に許しを得て教会に行き、所属の魔法使いに婚姻の儀式をしてもらったんだ」

「いや、その、しかし」

「お前たちも以前から言っていただろう、早く妻を迎えろと。祝福してほしい」

「お、おめでとうごさいます……」

 宰相はもちろん呆れ、見回してみると使用人たちもドン引きしているのがわかる。


(そりゃあそうよ。国王が幼女に一目惚れしてそのまま教会に突撃って。バカじゃないの?)

 けれど私にとっては、得なこともあるかもしれない。幼女の姿でいることは、カモフラージュになる。

(中身が十五歳だとわかると、何か理由があって国王をたらし込んだんじゃないかとか思われそうだしね。隠しとこ。さすがに今世でまで暗殺されるのはまっぴら!)


 そこで私は、怯えたふうを装ってサイスの胸にしがみついた。

「シャイス、こあい」

「んん?」

 ほんの一瞬だけ間が空いたけれど、サイスはすぐに合わせる。

「ああ、大丈夫だディア。俺がずっと一緒にいる」

「うん……」

 サイスは私の頭を優しく撫でた。

「くつろげるところに行こう。甘いものも用意させような」


 正直、ちょっとドキドキしてしまったけれど、私は「うん」と微笑んで見せる。派手にキャッキャするより、おとなしい子どもを装う方が演技も楽だ。


 すると、一人のずんぐりした騎士が進み出た。

「私もお連れください。私たちの知らない間に陛下が一人で出かけてしまったとあれば、近衛隊隊長である私の責任問題です。どうか処罰を」

 美しい金髪を惜しげもなく刈り込んだ、鳶色の瞳の男性。サイスが即位する前から親友だった、ハーディだ。

 言葉では謙虚なことを言っているけれど、前世から彼を知っている私にはわかる。ハーディは、サイスが勝手な行動をしたと思って、軽くキレている。

(あぁー、眉毛がピクピクしてる。なんか、ごめん)

 心の中で密かに謝る、私だった。



 ソファやテーブルのある部屋に通され、私はサイスの腕から降ろされた。絵画や壺などの装飾的なものはあまり置かれていない、シンプルな部屋だが、黒と金が基調になっていて美しい。

「わぁ……おへや、きれー」

 ぐるりと見回して、私はちょっと驚いてみせる。

 しかし扉が閉まったとたん、ハーディは私など無視して、すぐさま「陛下」とサイスに向き直る。

「勝手に抜け出したかと思えば、連れ帰った幼女が十五歳の魔女っていうのは、どういうことですか」

(ん?)

 私がサイスの顔を見上げると、彼は肩をすくめた。

「彼は近衛騎士隊の隊長、ハーディ。信用できる彼にだけは、先に手紙で本当のことを知らせたんだ」

 いつの間にか、伝令に手紙を託していたらしい。


「なぁんだ。はやくゆってよ」

 私はさっさと演技をやめてサイスの腕から下ろしてもらうと、ソファによじ登って座り、ひょい、と足を組んだ。

「ハーディ、だったわね。こんかいのけんは、シャイスのしぇいじゃないのよ。古文書のしぇいなの。あ、なにか飲み物をおねがい」


 びきっ、と額に青筋を立てたハーディは、私に指を突きつけながらサイスに言った。

「申し訳ありませんが、この幼女の偉そうな態度、ものすごくムカつきます。説明は陛下からお願いします!」

「わかったわかった」

 サイスは軽く両手を上げ、これまでのことを説明し始めた。



「魔物を召喚したら、陛下が出現した……?」

 ハーディは首をひねっている。

「その、古文書は持ってきていますか?」

「あるわよ」

 私がテーブルの上に右手をかざすと、ぽん、と古文書が出現する。

「でもハーディ、あなたよめるの?」

「魔法は使えませんが、教養として古代語も多少はかじっているので」

 ハーディは本を手に取り、表紙を開く。

 そして、タイトルを見て目を剥いた。素早く裏表紙を確認し、私を睨む。

「この古文書は、賢者ノールの奥義書! 中央教会の書庫に保管されていたはず。盗んだんですか!?」

 私は、ヘッ、と笑った。

「たぶんきょーかいは、ぬすまれたことさえ気づ(きじゅ)いてないわ。けーびがあまいのがわるいのよ。見なおしたほうがいいわね」

「全く……」

 一つため息をついてから、ハーディは目次を指でたどった。すぐに魔物召喚のページを見つけて開く。

「召喚には、かなりの魔力が必要なようですが……この通りに儀式を行ったんですね?」

「ええ」

「魔物の召喚……『魔物』の召喚、ですよねぇ、何度読んでも」

 ハーディはしばらく考え込んでいる様子だったけれど、やがて顔を上げてサイスを見た。

「陛下には、心当たりはないんですよね」

「ああ。それで、王宮古文書館に当たってみれば、何かわかるかと思うんだが」

 サイスは腕を組む。

「賢者ノールの師だった、大賢者にして建国王、ヴァインヴェルトの奥義書。王宮古文書館にあると聞いたことがある」

「なるほど。確かに、それを読めば何かわかるかも」

 ハーディはうなずき、そしてサイスと私の顔を順に見つめる。

「しかし、王宮古文書館は、危険な場所です。収められた書物の中には、書物そのものが力を持っているものもあり、一人で入ると取り込まれたり暴走したりといった可能性があるとか。必ず、魔力を持った者が二人以上で入らなくてはならないという(おきて)があるくらい、危険なのです。お互いを守ったり、書物の暴走を止めたりするためですね」


(もちろん、知ってるわ)

 私は心の中でうなずく。

(だって本当は、前世でも調べたいことがあって、入りたいと思っていたんだもの)

 しかし、入ることは叶わなかった。

 二人以上でしか入れないという掟が、(かせ)になったのだ。

(調べたいこと……でも、誰にも話せなかった。私の、秘密……)


 ハーディは続ける。

「そんな場所ですから、入り口にも魔法がかかっています。入ろうと思ってすぐに入れるものではありません。扉が開くのは、満月の夜だけ。それまでに、必要な手続きを秘密裏に済ませましょう」

「頼む」

 サイスがうなずく。

「ディアイラ、様」

 ハーディは嫌そうに敬称をつけて、私に呼びかけた。

「私には魔力がないので、せいぜい入り口の見張りくらいしかできません。万が一の際は、陛下を……」

「わかってる、わたしがシャイスをまもる。この人はわたしのしもべだからね」

 片手をひらりと振って示しながら私が言うと、隣でサイスが笑う。

「そして俺は、ディアを守る。俺の主だそうだからな」

「……仲のよろしいことで」

 呆れた顔で、ハーディはため息をついた。

「とにかく、大急ぎでディアイラ様の部屋を用意しているはずですので、準備ができるまでここでお待ちください」

「はーい」

 ハーディが出て行く。入れ違いで、メイドがお茶とお菓子を届けてくれた。

「ディア、ゆっくりしていてくれ。俺は書類をやっつける」

 その声に振り向くと、サイスは奥にあった執務机にかけるところだった。

「ここが執務室なの?」

「ああ」

 彼はうなずいて、書類に目を通し始める。

(ふぅん……)

 私は黙って、上品な焼き菓子を口に運んだ。



 サイスと婚姻関係になったものの、表向き、私は幼い。諸外国へのお披露目にもなる結婚式は、成長してから改めて、ということになった。

(それまで王宮にいるつもりは、さらさらないけどね)

 私は侍女を連れて、てくてくと廊下を歩く。「おさんぽ」である。

 王宮の本を読みふけっていたら、子どもは子どもらしく動いた方が……というようなことを、使用人たちに言われてしまったからだ。

 心配してくれるのは、まあ、ありがたい。


「俺との契約を解除するまでは、お前は間違いなく正式に俺の妻だ。満月までまだ何日もあるし、王宮でかしずかれてのんびり過ごすがいい」

 サイスはそう言って笑ったものだ。

 おかげで毎日、きれいな服に豪華な食事、ふかふかのベッドという生活をしている。


(でも私、お母さんの焼いたザクザクのクッキーが食べたいな)

 そんなことを思いながらボーッと歩いているうちに、長い廊下に出た。ここはギャラリーになっており、壁に何枚もの肖像画がかけられている。

「代々の国王、女王の肖像画が展示されております」

 侍女が教えてくれた。知っていたけれど、私は無邪気に「へぇー」と答える。


 一枚一枚、絵を眺めながら進み、私はある場所で立ち止まった。

 赤毛、紫の瞳。うら若い、ちょっとキツい顔立ちの女が、私を見下ろしている。王冠を被り、手には銀の懐中時計を持っていた。


「先代女王、フランデリーナ様です。お美しい方ですよね。名前を聞いたことはおありですか?」

 侍女が話を振ってくれた。

 私は紫の瞳で、同じ色の瞳を見つめたまま、答える。

「しってる。『ワガママ女王』でしょ」

「えっ」

「ワガママすぎて、一部の貴族にイサめられて、逆ギレしてあばれようとしたから、ころされちゃった」

「そ、そんなことは」

 うろたえる侍女の声を聞きながら、私は絵の下のプレートを読んだ。


『女王フランデリーナ 1756~1773』


(──ぼやけた前世の記憶とは違って、こうして確かに自分が死んだのだという証を見ると、やっぱり来るものがあるわね)

 私は思いながら目を逸らし、再び歩き出す。


 十五歳で即位し、十七歳で暗殺された女王、フランデリーナ。

 彼女こそ、私の前世の姿なのだ。

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