カイトとティムの星
困ったものでした。2人同時に『まゆ』になりたいと言い出したんです。
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カイトとティムの国では赤ん坊は星とともに産み落とされます。
星は最初薄いピンク色をしているのですが、日がたつにつれて徐々に輝きを増してゆきます。白く強い光をピカピカと放つようになれば『大人になってよい』という合図でした。
満月の良い晩を選んで子供たちは星を飲みほします。やがて眠りにつくと、星から放たれる糸がまゆとなって柔らかなベットのように子供たちをおおいます。目を覚ました彼らは大人の姿でまゆを破ってでてくるのでした。
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カイトとティムは生まれたときから大親友。家も隣同士の仲良しでした。誕生日だって1ヶ月しか違わないんです。『星』が輝いたのもほぼ同時期でした。
本来星を飲み干すのは自分の家でと決まっていました。大人になるのは自分の家でです。
それなのに2人とも『隣同士じゃないと嫌だ』とかたくなに譲りませんでした。
カイトとティムの両親は相談した上、カイトの家で『羽化させる』ことに決めました。
当日。大勢の大人が見守る中、2人はシルクの短いズボンだけを身につけて現れました(『まゆ』を作る際は異物の混入を防ぐため全裸でなければならない)神官によって祝福された布で作ったズボンです(側面縦一列に穴が開いていて紐がついている。紐を引くだけで簡単に『立体』から『平面』になります。あとは布自体を引っ張って体から取るだけ)
上半身は裸の状態でそれぞれの『星』を受け取ると『星』を持ったままお互いの両手を重ね合わせ握手しました。
「大人になっても遊ぼうな!」
「きっとだよ!」と誓いあって。
そして『星』を飲み眠りにつきました。
それぞれの父親がズボンを脱がすと、男たち3人と2人の母親でまゆができるのを見守りました。
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2週間後。
2人は同時に出てきました。さすが大親友!
全てを忘れてしまったようにぼんやりと座り込みました。
『まゆ』になった子は、溶ける。
脳まで溶けてしまうんです。子供の頃の記憶はほとんど失われますが『何か』は覚えている。しかしそれが『何か』は誰にもわからないのでした。
父親から服を着せてもらうと、ティムの母親マーサと、カイトの母親エイダがそれぞれの子供に駆け寄りました。
なんて美しい姿でしょう!
ティムは青味の強い紫の髪に、カイトはオレンジに変わっていました。
耳がつんととがって肌はどこまでも白く背中の羽は細かく折り目がついてしおれていました。
瞳の色だけが同じでした。
ティムは子供のころのままの茶色で、カイトはルビーのような煌く赤でした。
大人の言われるままにスープも飲んだし(絶食していたので塩分を摂らせる意味がある)言葉はおぼつきませんが言ってることは理解しているようでした。
中には全て忘れて獣のようになってしまう子もいるんです『めでたし、めでたし』と言ったところでした。
ところが。
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一週間後2人の母親が額を突き合わせるようにしてテーブルに向かいあっていました。
1人は膝に両手を置いてうつむき、1人は顔を覆ってしまってます。
「おかしい………!」
せっかくの温めたビスケットが食べられないまま冷えていきました。
おかしいんです。
あれからカイトは1日中絵本をめくっていて、ティムは部屋を羽で飛び回ってました。
羽化したての子はとても不安定で。5歳の子供のようで。その行動自体はおかしなものではありません。
しかし。逆です。
カイトが1日中飛び回っていて、ティムが絵本をめくってるならわかるんです。そういう子供たちだったから。
まるでカイトがティムになり、ティムがカイトになったかのようでした。
最初。大人たちは『2人を取り違えたのか』とすら思いました。
でもそれはない。なぜなら瞳の色は羽化しても変わらないものだからです。
ティムは茶色。カイトは赤。変わりません。
そしてとんでもないことが発覚しました。
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ある日それぞれの家に手紙が届きました。
差出人はティム=ラバウル
1日中羽で飛び回っているまるでカイトみたいになってしまった子。
どうやら大きな街の便利屋に手紙を中に入れた手紙を出し、羽化して1ヶ月後に中身だけ返送するよう手配していたようでした。
手紙にはこうありました。
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お父さん。お母さん。それからカイトのお父さん。お母さん。
今とても驚かせてしまっていると思います。
ごめんなさい。
僕は大人しすぎる自分が嫌いでした。どうしてもカイトのように明るくみんなと仲良くなれないんです。
カイトははしゃぎすぎて問題ばかり起こす自分が嫌いだと言いました。
そこで2人で。『星』を取り替えることにしました。
そうしたら僕は少しはカイトみたいに明るくてみんなと友達になれるようになるし、カイトは僕みたいに落ち着けるからです。
いい大人になりたいんです。
どうかわかってください。
ティム=ラバウル
カイト=ミサリン
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ティムの几帳面な字の下に、カイトの書き殴ったような乱暴な署名がありました。
間違いなくティムの字。それからカイトの字。
あの時…………!!
あの時! 2人で声を掛け合って握手した時!
あれは『星を取り替える』行為だったんです。誰にもバレないよう2人はあらかじめ練習していたに違いありません。
それで。星を取り替えて。それぞれ互いの星を飲んだ。
なんということでしょう!!
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4人の両親は神官を呼んだ。長老を呼んだ。村の戸籍簿係を呼んだ。
いずれも『羽化した子供』に詳しい人たちです。
大議論になりました。
「おかしいでしょう」これは戸籍係。
「『星』……別人の星を飲んだから何ですか!? 星に『性格』が宿ってるわけないでしょう!? あれは『大人になる薬』みたいなものでしょう!? 性格変わるとか聞いたことありませんよ」
「そもそも別人の『星』は飲めない」これは神官。
「10年ほど前、同じような事件が起きた。双子が誤って互いの星を口にしてしまったのだ。しかし星は口の中で溶けず、取り替えて初めて『まゆ』となった。ましてや他人同士。星が飲める訳がない」
「しかしのう……」これは長老。
「『星』は何が起こるかわからないから『星』なんじゃ」
大人7人円を組んで頭をかかえました。
すぐ横でティムがせっかく摘んだ花をバラバラにちぎり、カイトが12冊目の絵本に手を伸ばすところでした。
どうなってるの!? 何でこんなことが起きてるの!? そもそも『星』ってなんなの!?
戸籍係がポツリと言いました。
「思い込みってことないですかね………」
『え?』ってなって戸籍係に視線が集まりました。
丸い眼鏡のおかっぱ頭の人です。シャツに蝶ネクタイがトレードマークでした。
「だからカイトとティムは『星を飲めば性格を交代できる』と思い込んでいた」
はい。
「実際は『星』を飲んだところで何も変わらないけど。『変わる』と勘違いしたまま互いの性格をトレースしている………」
圧倒的な沈黙に戸籍係の語尾は尻つぼみになり。そのまま黙りました。
もう誰も言葉を発さなかった。
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困ったのはティムの母親マーサと、カイトの母親エイダです。
育てた子と全く違うタイプの子に対応しなければなりません。
マーサは1日中「ティム!! 危ない!! 家の中で飛ばないで!! 羽が傷つく!!」と叫んでなければならなかったし、エイダは1日中置物のように絵本を読み続けるカイトの顔を覗き込んでは『生きてる……?』と心配しました。
瞳の色は同じなのだから。目と行動が噛み合わず見ている人間が混乱する。
そしてある日マーサがエイダを呼び出しました。
「ねぇ。エイダ。しばらく一緒に住まない?」
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双方の家族に了解を取り、母子4人で家を借りて住むことにしました。
とにかく。なんとか。しないと。
相変わらず落ち着きなく飛び回るティムに困りきったマーサがエイダに「ねえ。あれ。どうすればいいの?」と聞くとエイダが「ああ。あれね」とこともなげに言ってティムに近づきました。
そしてティムの首根っこをつかむとドシドシ歩いて(ティムを引きずって!)ドアからブンとティムを空中に放り投げました!!
「いってこーーーーいっ!!!!!」
ええーーーーっ!?
茫然とするマーサを尻目にティムが「ヤッホー!」と言いながら空を飛んでどこか行ってしまったではないですか!
消えた! 消えちゃった! 見えなくなっちゃった!!
「エイダ! エイダ! 危ない!! まだ羽化したてで!! 誰か大人が見張ってないと死ぬっっっ」
エイダのかっぷくのいい背中を細いマーサがバシバシ叩きました。もう泣きそう。
「大丈夫。腹が減ればかえってくる」
はあ!?
「子供は! 風の子!!!」
はああああ!?
でも実際に夕方にはヘトヘトになって帰ってきました。
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逆にエイダは気が気ではありませんでした。
どうやら本棚の絵本を全部読み終わったカイトがひったすら黒板にチョークで何か書いてるからです。
最初はラクガキでしたが(丸に棒が4本ついたたぶん『人』の絵)だんだん文字っぽくなり、2週間後には『単語』を書き出しました。
全てを忘れてしまう『忘却の子供たち』だけど再学習は早いんです。1年後にはだいたいの子供が羽化前と同水準までなります。
「それにしても。ちょっと頭良すぎるんじゃないの!?」
それにこう……。『カイコ(子供の時をそう呼ぶ)』のカイトみたいに1日中外で遊び回らないし。この子大丈夫なの!? 何が面白いの?
不安になってマーサに「ねぇ。うちのカイト子供らしくないよね」と聞いてしまった。
マーサは言いました「ああ。あんなもんよ」
ええ!?
「次は積み木で神殿を作り出すわよ」
ほんとだーーーーっ!!!
積み木で神殿どころか配下の村まで完全再現してる!!! こっわっ。家の位置が全部同じ。こっわっっ。そういえばこの間珍しく飛んでたけどこのためだったの!? 頭良すぎてこっっっわ。
『本人たちの思い込み』では説明できない気がしました。
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ある日のことです。
カイトの横にマーサが座りました。優しい声「カイト? 何してるの?」
「おばさん! お空の星を描いているんだよ」
「そう。とても上手ね。ティムも昔よく描いていたわ。どの星が好きなの?」
「黄昏に出る1番星だよ!!」
マーサはカイトに気づかれないよう顔を背けて泣きました。
5歳のティムと全く同じ会話をしたことがあったのです。
子供たちが眠りにつくと。母親2人は共にお酒を飲みました。自家用酒でにごった白酒です。おつまみはあまり物のパンにヤギの乳で作ったチーズを乗せたものです。それと夕ご飯の残りを少々。
「ねぇー。エイダ。元気な子って大変ねぇ。今日も着替えさせるのに一苦労だったわ」
「ねえ。マーサ。大人しい子って心配ねぇ。手はかからないんだけどあんなんで友達できるのかしら」
それで2人で黙った。
大人しすぎて心配
元気すぎて大変
そういう。周囲の大人の。もっと言えば母親の。声無き『否定』が。
あの子たちに星を取り替えさせたのではないの?
どんなに飲んでもその晩は酔えませんでした。
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2ヶ月もたつと慣れてきました!
子供たちもだんだん成長してきました!
1年後にはなんとかなっていそうです。
マーサはティムを「行ってこい!」と屋外に放り出すようになったし。エイダはカイトのそばに座ってカイトが黒板とチョークで作る『世界』の話に耳を傾けるようになりました。
それに不思議とティムは元のティムみたいに本を読み始めました。カイトは外で小さな女の子たちとお手玉しました。
ティムが朝の水くみを張り切って手伝ってくれます。はしゃぎすぎてコケておけの水をぶちまけてしまう。
バッシャーッて音がして両手を前にまっすぐ伸ばしたまま1本の棒みたいになって地面に伸びてる。右膝をピョコンと折って足の裏を見せてる。頭をぶつけたようです。
「いったぁぁぁぁい!! お母さんいったぁぁぁぁい!!!」
馬鹿すぎる!! 馬鹿すぎて可愛い!!!
ティムを抱きしめるとマーサの胸に顔を埋めてわんわん泣いています。いい! 馬鹿な子!! 可愛い!!
エイダだって。カイトが夜窓から見える星を指差して豊かな物語を話してくれるのが楽しみになりました。
2人でハンモックに寝そべって揺れながら子供の世界を楽しみました。
ある日マーサが長椅子で編み物をしてるとティムがやってきてマーサの右側にくっつきました。編み物から右手を離して頭をなでてやる。
左側にカイトがくっついてきたので編み物をサイドテーブルに置いてカイトの頭をなでてやる。
2人を両の腕でギューッと抱きしめて聞く。
「今夜の夕飯何がいい?」
2人が同時に叫びました。
「ヤギの乳粥!」
「魚のフリッター!」
どちらの子供が。どちらの料理を言ったかなんてどうでもいいではないですか。
『ヤギの乳粥』や『魚のフリッター』が。かつてどちらの子供の好物だったかなんてどうでもいいではないですか。
ティムが羽化して。別人みたいになってしまって。ティムそのものを失ったような。いっぱいの喪失感に襲われてつらかった。
でも違う。
失ったんじゃない。倍になって帰ってきたんだ。
ティム。カイト。お帰り。
愛する子が1人から2人になっただけ。幸せが2倍に増えただけ。
大事なのは今、目の前にいる子どもたちを幸せにすること。
「カイトのお母さんと一緒に両方作るわ」
そう言ってティムのお母さんは微笑みました。
「ありがとうお母さん!」
「ありがとうおばさん!」
子供たちがそう言って。右と左両方から抱きしめ返してくれる。
(終)
お読みいただきありがとうございました!
【次回】『アルスの星』読み切り短編です。
1人っ子のアルスは両親から大切に大切に育てられました。ところが『羽化』したときにとんでもない変化を起こしたのです。
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☆☆童話【その他】日間3位☆☆