HIKARI【彼女の場合Ⅰ】
今度は彼女のパートです。
正直言って関西弁の女子高生なんて、身近にも知り合いが居ないのであちこち違和感があるかも…(苦笑)
もし方言的な部分も含めておかしいなと思う部分がありましたら、何卒やんわりとご指摘頂ければとてもありがたいです。
一応ただの素人の趣味なので‥お許しください(笑)
ウチは真新しい高校の制服に身を包まれた姿でテーブルに座ると、トーストにマーガリンを塗る為にバターナイフで欠片をポトンと落として、カリカリのパンの表面に満遍なく伸ばしていく。けど、そうやって端っこまで塗る間にはそれは無くなってしもうて…多分、まるで春の山の雪が解けて流れていくよう。そんな感じ。
ナイフで突付くとトーストの表面は少しふにゃりと柔らこうなって、更にそこに野いちごのジャムをたっぷり重ねて塗っていく。
カロリーちょっと高め。
そんなの分かっとるけどこれがめっちゃ好き。理由は無いけど。なんとなく。強いて言うならいつもママが近くの野畑から摘んできてくれる手作りの味、やからやろうか。慣れ親しんだものやけど、最近はその実の成る量も減ってる感じってママが言うてた。ウチも残念やなぁ、とは思うけどこの辺りの景色も急激に変わりつつあるってパパも話してた。再開発とか。
まぁ、仕方あらへんよね。そうやゆうてもウチのこの生活だけは、ずっと変わらんのやろけど。
トーストの耳をパリパリと剥がして、その耳の先を爪でチョンとつまんでリスみたいにちょっとづつ口の中に入れて咀嚼。台所からママがそれを目敏く見付けて「ほのか、だらしない食べ方しないの」と注意してきたけどお構いなし。ゆっくり朝食を楽しんでから席を立つ。
「もう…今日から高校生なんだから少しはちゃんと女の子らしくしなさい。いつまでも子供じゃないんだから」
ウチは「ハイハイ」と適当に相槌を打ちながら荷物を取りに二階にある自分の部屋に小走りで行った。「そんなに慌ててうっかり怪我でもしたらどうするの」って後ろでママが遠吠えしとる。
途中、階段を上がろうとしたら転びそうになって廊下に豪快なヘッドスライディングしてしまう。
「ほらほら、だから言ったじゃない」
ウチが、案の定じゃないんやからね、とママに向かってテレパシーで伝えたのは言うまでもない。
それよりスカートもろ捲れてんやん…。どうでもいいことを思う。家やから見られる心配無いし。あぁ、この新品のハイソ滑りすぎや。一人ごちる。
そしてそそくさと準備を済ませてから、今度降りる時は荷物付きやから慎重にひたひたと歩いて行った。ウチはこれから高校の入学式へ出発する所で、今ママは洗い物して化粧の最終確認を丹念でもしてるんやろうね。洗面台の方から声がする。
「先、車のってなさい」
「ハ~イ」
そんな感じでガレージに向かう。
車のキーも持ってってエンジンだけかけると、好きなJPOPを流して聴きながら待つ。それで意味も無く胸のリボンをいじって形を整えたえり、髪の毛を弄ったりしながらママが来るのを待つ。それから小刻みで軽やかなサウンドに首を揺らしながら、物思いにふけ考え込んでいた。こういう時はイヤな事しかないの分かっとるのに脳が勝手に考えてしまう。
って案の定・・・。
ウチはあの時の事をまた思い出してしまう。今まで何千何万と繰り返した最悪。この目の見えんようになった日のこと。高校生活の第一歩のときやっていうのに。
本当は逃げようとしたって逃ることも出来へん現実にさいなまられて、毎日が辛くて、せやのに死にたいほどのウチには誰も気づいてくれへん。
怖い。
暗い。
冷たい。
世の中のみんなが嫌いになりそうやけど、世の中に不幸な人は沢山おるし。ウチなんかまだマシな方や、きっと。生まれつきや無いだけええやん。
必死に隠す心。そら誰も気付かんでも仕方ないか。世の中どうあがいても仕方の無いことだらけやんなぁ。マーガリンも、雪解け山も、野いちごも、そしてウチも。ママのお化粧かて仕方ないやんか。長い事時間かけて、老い隠してケバ出してどうする。もうちょっとはようしてくれたらええのになんて思うけど。
でもママはそんなに元は悪くない思うんよね。ほんとは。
せやからウチも可愛く育った。ってそれは関係あらへんけど。まぁ、昔があるからそうやって余計に気合入るんやろか。ウチも同じくらいの年になる頃にはあんなになるんやろか。ちょっとヤダ。
≪目に映る~ものだけがぁ~全てじゃなぁい~♪≫
丁度その時カーステから大好きやった男性アーティストの歌が流れてきた。3年くらい前の曲。めっちゃ好きやったけど今は胸がチクチクして少し嫌気が刺す。いや、嘘付いた。少しやないかも。かなり、超絶に。せやから曲をスキップ。次の曲。
このアーティストは今のわたしみたいになっても同じようにこの歌が歌えるんやろうか?もし、そうなんやったらその時に改めてウチもファンになろうと思うけど今は大嫌いな歌。
『ウチは普通の女の子やっ!!なんで・・・』
『もう、ほのかには俺が見えないから俺普通の人と恋愛したいんだ。だから、ごめん。さよなら』
分かっとってもそれを直接言葉として突き刺されると訳が分からないほどに錯乱した。大好きやったのに。ホンマに。なんでやの?
行かんとって、傍におって。
何でもするから、頑張るから、ウチ。
この何も無い世界に一人ぼっちにせんといてや。
『ウチは普通や…』
最後の呟きは声になってたのか心の響きかどうかも覚えてへん。
『自信が無いんだ。だって俺まだガキだから』
そう言う声と遠ざかる足音と気持ち。
中学一年生の冬。その日から何もない世界だけがウチに残された唯一無二になった。ほんまに大好きやったのにあっさり簡単に全部無くしてしもうたの。
それから間も無く、パパの転勤で引っ越さなあかんようになって、ウチは逃げるように思い出を捨てて慣れ親しんだ京都を離れた。選択肢は最初っから一つしか無かったんやけど。行き先は埼玉県の端っこの方。思ったより田舎やと聞いて何だかホッしたのを覚えとる。ゆうても、この頃のウチは世界中のどこに行った所でおんなじことやろ、意味無いって思った。
そんな感じで新居に引っ越してから、ママは野いちごをどこかからか見付けてジャム作りもそこから始まった。
ウチは毎日部屋に篭ってはラジオを聴いて過ごした。ラジオなんてそれまで聞いたこともあらへんかったけど、案外ウチに合っとったかも。声だけ、音だけ、足りないものを自分の自由に作り上げられる所、とか。そしてラジオで気になった曲をパパにおねだりして買って貰う。
後、月に1度くらいは、思い出したようにどうしようもなく辛く苦しく悲しくなって、暴れて、狂って、疲れたら寝てしまう。そんな生活をダラダラと続けてきたんやけど1年半あまり経った時、唐突にパパが会社の知り合いの娘が行ってる高校が色々バックアップがしっかりしとるから、そろそろ外に出て学校にも行かなへんかと言ってきた。その頃にはようやくと言うかウチはもう別に反発したり嫌がることもせえへんかった。まぁウチはちょっとは面食らったけど。大好きなパパが泣きそうな声で懇願するもんやから仕方なく行くことにして、今日と言う日が来ることとなった。多分、少し…人恋しさも出てきたんやろうかな、とか思ったり。
3年も過ぎて滅多な事じゃ涙も出えへんようになって。流れる荒々しかった感情の本流も、遠くの記憶の海へ解けつつあるんやろうか。
けど色々と不安は残っとるし。生活が辛いのは変わらんのやけど。
散々悲観しても何も変わらん事を無駄な時間掛けて学んだんやったら、自分から死ねれへんのなら生きてみるしかない、かもやなぁ。。。
「お待たせ~ほのか」
ウチの悪癖の思考を遮断する声。やっとママが車に乗り込んできた。
「ホンマ待ったし」
お陰でまた思い出したくない部分を思い出してしもうたし。
「あら、ごめん」
「ママ綺麗やし。化粧薄うてもいけるって。なんならそのまんまかて十分いけるって」
半分はお世辞。
「そう?そう言うほのかも可愛いわよ」
まぁ、あれ以来ウチの顔が劇的に変わってないなら今も可愛いんやろうなぁ。と我ながら心で思うけどそれは言わんとく。なんか悔しゅうなってしまうから。
「ママ、遅れる」
「ええ、行くわよ。緊張してる?大丈夫。きっと今日から新しくて素晴らしい世界が見付かるから」
なんやろか、ママの声は随分聞いたことあらへんくらい弾んどるけど。ウチが一日中おらんようになってそんなに嬉しいんやろうか。別に怒っとる訳やない。母親でも聖人君子の神様やないし、自分の負担が減るんやったら多少はホッとはするやろね。でもそれはそれで責めたり出来ひんのを理性として受け止められるくらいにはウチかて成長したつもり。
あ、因みにママの実家は東京。パパは関西人。ウチが関西弁なんはずっとパパっ子やったからってのが大きい。高校行くのにウチが大人しく従った理由もそれ影響しとるかもなぁ。
一応標準語でもええけど、それこそ臨機応変やね。
なんやかんやで車は動いとる。
久しぶりの車の揺れ。
外の様々な喧騒が耳に入ってくる。
それのせいか、ほんのちょっとだけ押さえ込んでいる心の奥のざわめきが呼応するように、胸がドキドキとしてくるけど。
…やがて、その喧騒は段々と若い弾むような男女の声に変わっていって、そこで車はエンジンを止めた。
最後まで読んでくれたなら有難うございました!
この先は幾らかストックはありますが、反響次第と筆者のリアル都合上の兼ね合いにてのんびりと執筆させていただくつもりなので、申し訳なく思いますがご理解宜しくお願いします。
次回は彼の1人称パートになります。