傾向と対策
「話が逸れましたが、その転校生」有人は天井を見上げた「おそらく彼はアニエス〈聖別された者〉でしょう」
アニエスとは『至聖神アニスの僕』という意味だ。
数万人はいるアニス教徒の中でも、特に信仰心の厚い者だけが至聖神アニスの力を身に宿し、アニエスになれるという。他ならぬ神が決めることなので選考基準は不明だが、聖別されたアニエスは皆、超常的な力を操ることができる。
当然ながら、大聖女であるアミィもアニエス〈聖別された者〉だ。
「なんでそう思うの?」
「アニエスとまではいかなくとも至聖神殿関係者であるのは間違いありません」
有人は断言した。いやに自信たっぷりに。
「神獣を殺害した罪人を処刑した。一時消失していたレギアも無事に見つかった。普通はそこで終わりにします。仮に万死に値する大罪だろうと人が死ねるのは一回だけだからです。二回以上殺すことはできませんし、意味もありません」
理屈は理解できる。残虐さによって差はあれど、命ある者にとって死刑よりも重い刑罰はない。人の身ではそれ以外の罰を負わせられないとも言える。
アルトが勤めていた王宮ならば、刑を執行した時点で事件は解決と見なすだろう。処刑された罪人の末路を知ったところで国政において意味はない。さらに罪を負わせることに生産性もないからだ。
「その無意味で骨折り損のくたびれ儲けを大真面目にやるのが『信仰』です。前世の罪をいつまでも根に持ち、挙句異世界まで追いかけて責任を負わせようとするその生産性のなさ。いかにもアニス教徒らしいですね」
「推理はともかくとして、とりあえずあんたがものすごくアニス教が嫌いなことはわかったよ」
「個人的悪感情で片付けないでください。僕の理解の範疇を超えた異常な連中が追いかけてきたということです。姉さんはもっと警戒する必要があります」
有人は半眼でこちらを見た。
「まさかとは思いますが、話し合えばわかるなどと楽観していませんよね?」
「最後の手段だよね、やっぱりそれは」
「手段の内に入りません。そもそも話で済むなら姉さんは処刑なんてされません!」
「いや、でも前世のことだし、正直私もあんまり覚えていない、し……」
有人の剣幕におされて尻すぼみになる。大罪人と呼ばれても実感がないのが現状だ。
「そんな言い訳が通用するような相手ではありません。向こうにとっては現世のことですし、終わっていないんです」
最大限警戒するよう、有人は念を押した。
「転校初日に宣言したところを見ると、幸いなことにまだ『特定』はしていないようですね。このまま人畜無害な一般人を装えばやり過ごせると思いますが」
わざわざ言われなくとも宮野琥珀は人畜無害な一般人だ。それとわかる印もない。前世の話をしなければいいのだ。
「まあ、なんとかなるよ」
「授業に遅れたり、団体行動を乱すようなことはしないでくださいね。悪目立ちしますから。間違っても転校生と二人きりにはならないでください。木登りとか野草探しもしないこと。とにかく奇抜な行動は自粛してください。あと、しばらくはここに来ないでください。必要以上の接触も控えましょう」
前者はともかくとして後者は納得できなかった。
「なんで? 色々相談したいことも出てくるかもしれないのに」
「……今の話、聞いていました?」
有人は痛みを堪えるかのように額に手を当てた。
「親戚でもない教師と生徒がこうして二人で話をしていたら、怪しいに決まっているでしょう!」