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夜光先生

 強制退場させられた転校生、佐藤幸助は転入の手続きとやらで今日は授業に参加しないとのことだった。荷物運びなどの入寮に関する諸々の手配や説明もあるので不自然なことではなかった。

 とはいえ、理由は手続きだけではないことをクラスの全員がわかっていた。担任がいる手前、あえて口に出す人はいなかったが。

 一限目の授業が始まる頃には、生徒の関心は期末テストの出題範囲に移っていた。

 私立秋霜高校は県内でも有数の進学校のため、基本的にお行儀の良い生徒が大半を占める。中には素行不良の生徒もいるにはいるが麻薬の類に手を出す者はいない。健全な寮生活では違法薬物の入手も難しいし、薬物に頼るほどの悩みもないからだ。

 そこそこ真面目に現代文の授業を受けること一時間弱。今朝の騒動を知らない国語教師の夜光有人は「転校生の佐藤さんの授業参加は明日からですか?」と何の気無しに訊ねた。

「そうみたいです」

 代表して答えたのは、学級委員の新城真紀だった。真紀の返答を皮切りにクラスメイト達は転校生のことを口々に言う。

「入寮の手続きとかあるんだって」

「忙しいんですよ、ザイニンも捜さないといけないし」

「罪人?」

 有人が怪訝な顔をすると、真紀を含むクラスメイト達は頷いた。

「神様殺した人で、なんだっけ? シセイなんとかで処刑したんだけど転生したとか」

「その大罪人を捜しているそうです。先生も見かけたら教えてあげてくださいね」

 クラスメイト達が幸助の話を全く信じていないのは明白だった。しかし琥珀の目には、話を聞く有人の顔が強張っているように映った。

(ですよねー)

 秋霜高校理事長、夜光利勝の一人息子にして現代文担当教師、夜光有人。国立名門大学を首席で卒業した、生まれながらのエリート。しかしてその前世は、琥珀と同じ異世界の人間だ。

 前世の記憶があるが故に、転校生の話がこの世界においてどれほど荒唐無稽で馬鹿馬鹿しくても、異世界ならばそれがありうることを有人は知っている。

 一通り生徒達の言葉に耳を傾けた有人は、小さく首を傾げる素振りをした。

「いまいち要領は得ませんが、大変個性的な方のようですね」

「今までで一番」

「アキバならいんじゃねーの? ああいうの」

「えーさすがにないよ」

 今日は授業の度に転校生の話題がのぼるのだろう。琥珀が内心辟易しているとチャイムが鳴った。

 日直の号令で終礼をする。次回の授業で小テストをすることを宣言し、生徒達に悲鳴をあげさせてから有人は教材一式をまとめた。

 退室しようとした有人を真紀達女子生徒数人が呼び止める。新任教師と遜色ない若さの有人の授業は、わかりやすいと評判だ。穏やかな物腰が特に女子生徒達に人気だった。

「ここがわからなくて」

 おそらく塾の宿題だろう。真紀はテキストを広げて、有人に見せる。学校とは違う塾のことだろうと担当違いの漢文だろうと有人は嫌な顔一つせず親切に対応する。

 変わってないなあ。琥珀は自分の頬が緩むのを感じた。

 前世でもそうだった。すこぶる優秀で、かといってそれをひけらかすような真似はしなかった。自分の得た知識や技術を仲間にも惜しみなく教えていた。

 真紀達に漢文の解読方法を丁寧に教えて、有人は今度こそ退室しようとした。教材を小脇に抱えたところで、こちらに視線を流す。さり気なさを装いつつ有人は素早く指を動かした。指文字だ。前世から染みついた習性で、琥珀はその意味を正確に読み取った。

 ひるやすみ。じゅんびしつ。

 琥珀は了承の意味を込めて親指を立てた。有人は微かに頷く。前世からの仲だ。意思疎通はスムーズだ。

 教室を出て行く有人の背中を見送り、琥珀は腕を伸ばして大きく伸びをした。残念ながら、裏庭に新しく植えられた木の正体を調べる暇はなさそうだった。

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