前世
証拠はない。理由の説明を求められても答えられない。しかし琥珀は自分の前世が何だったのかを理解した。
二度目だったのだ。
コルネ=ナイトレイとしての生を終えた自分は、夜光琴音として転生し、そして死んだ。コルネの後に死んで転生したはずの有人が琥珀よりも歳上であることをずっと不思議に思っていたが、何のことはない。有人はまだ一度目だったというだけだ。
「み、宮野さん?」
琥珀はその場に崩れ落ちた。制服に土がつくことも今はどうでもよかった。認識はしていても『夜光琴音』としての記憶は全くと言っていいほどない。衝撃が過ぎ去れば、次に過ぎるのは疑念だ。
有人は何故黙っていたのだろうか。
「大丈夫? 保健室にーー」
「どうされました?」
聞き覚えのある声に琥珀は身震いした。俯いた顔を上げることができない。
「夜光先生」服部が少しの安堵を滲ませて呼ぶ「急に具合が悪くなったようで」
「立ちくらみですか」
凝視していた地面に影が落ちる。肩に手が置かれた。
「宮野さん、大丈夫ですか」
違う。琥珀は首を横に振った。宮野琥珀でもコルネ=ナイトレイでもない。自分は有人の姉だった。この世界で唯一の、姉弟だった。
「ひとまず、保健室に連れて行きますね。すみませんが服部さんは一年二組の担任に連絡していただけますか?」
そつなく指示して有人は琥珀の前に背中を向けてしゃがんだ。おぶっていくつもりだ。心配している服部の手前、嫌だと駄々をこねることもできなかった。琥珀はぎこちなく有人の肩に手を置いて、しがみついた。
「重くない?」
「正直に答えたらセクハラになりますから」笑い混じりに有人は答えた「嘘ですよ。重くないです」
有人は中庭を散歩するかのようにゆっくりと歩いた。足取りもしっかりしている。
「自分で歩くよ」
幸助含む追手に見られたら有人まで巻き込まれてしまう。が、有人はどこ吹く風だ。咎めるように琥珀は「夜光先生」と強めの口調で呼んだ。
「……思い出したのですね、前世のこと」
「死んだ時のこととかあんまり詳しくは思い出せないけど」
でも自分が夜光琴音で有人の姉だったことはわかっている。
「全く覚えていないようだったので伏せていました。自分が死んだ時の記憶なんてあまり思い出したくはないでしょうし」
案の定、琥珀は前後不覚になった。しかし有人の気遣いを素直に受け入れることはできなかった。
「私はどうして死んだの?」
今ならわかる。今際の記憶。「おいていくのか」と責める声。悲痛に歪む顔。あれはコルネ=ナイトレイの最期ではなく、夜光琴音の最期だ。
おかしいとは思っていた。コルネは処刑された。見物はされても誰かに看取られてはいない。ましてや、死にゆく自分にすがりついて嘆いてくれる人は誰もいなかった。