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人の言い分

「何故、そのような……」

「単純にレギア〈恩寵〉を賜った時の差だと思われます。当代の神獣は成獣になってから選ばれましたから」

「先代の神獣は幼獣の時に代替わりしたな」

 サヘア司教がぼそりと呟く。

 先代の神獣がレギア〈恩寵〉を賜って代替わりしたのは、今からおよそ三十年ほど前と聞いている。先々代の神獣がオルカ〈黄泉の魔物〉との戦いで深傷を負い、衰えたから代替わりがなされた。次代の神獣はアニスの託宣によって教徒達に伝えられる。アニエス〈聖別されたもの〉同様、神獣の選抜基準は不明。神のみぞ知るところだ。

 ハイウェルは首肯した。

「おっしゃる通りです。巣立ちする前にアニス教の管理下に置かれて育てられたが故に、今までの神獣は食べ物は人間が与えるものと思い込んでいた。一種のすり込みです。だから我々の命令にも素直に従っていた」

 そもそも犬や猫、家畜ならばまだしも、神の獣が人間ごときの用意する肉を食し、自身の牙や爪を使わないというのもおかしな話だ。

「ではどう解決する。成獣となってしまっていては、もう一度産まれなおしでもしない限り、躾は不可能ではないか」

「好きにさせる他ないでしょう。コルネの話によれば、神獣が狩っているのは熊や猪、鹿といった野生動物です。念のため周辺の街や村を一通り調べましたが、神獣と思しき獣に家畜を襲われた事例はありません。さしあたって問題はないかと」

「大問題だ」

 ライナス司教がいきり立つ。

「聖所を護るべき神獣が毎日にように〈アニスの微睡〉を離れているのだぞ。立派な使命放棄ではないか」

「昼の数刻だろう。いかな神獣とて微睡む時間はある。そう目くじらを立てるほどのことではない」

 サヘア司教がこともなげに言った。

「聖所に異変があればレギア〈恩寵〉が反応し、神獣は戻る。オルカ〈黄泉の魔物〉が出現した際も然りだ。何も問題はあるまい」

 レギア〈恩寵〉は力の源であり、至聖神アニスとの契約だ。アニスが神獣に与えた使命は二つ。オルカ〈黄泉の魔物〉を討ち滅ぼすこと、そして聖域を護ることだ。レギアを胸に抱いている限り神獣は死なず、使命を果たす義務がある。

「しかし東の蛮族の襲撃や海賊の、」

「それは神獣には預かり知らないことです」

 ハイウェルは切り捨てた。

 呆れたことに至聖神殿はこれまで神獣を軍事的に利用したことが何度もある。他国との戦、果ては内戦にまで駆り出したという。何せ神の獣だ。その力は一騎当千。『最強の生物兵器』とまで呼ばしめる。神獣の力があるからこそ、王国としても聖地の街アニフィア〈アニスのかんばせ〉におけるアニス教の自治を認めていた。

 とはいえ神獣を本来の使命以外に利用することは、アニス教の教義に反している。

「ルフィニア王国はどうでも良いということか。人の世の平和を護るのも至聖神アニスの御心だろう」

 熱弁するライナス司教をハイウェルは冷めた目で見た。もっともらしく言っているが、要するに神獣を利用できなくなり、王家に対して優位に立てなくなることを恐れている。

「先の内戦で先代の神獣は力を使い果たした。本来はオルカ〈黄泉の魔物〉を討ち滅ぼすための力が、人の世の争いで失われては本末転倒だ」

「サヘア司教のおっしゃる通りですな」

 付随したのはアダム司祭だった。アニエス〈聖別さえたもの〉の中でも高齢で知識と経験が豊富。教徒からの信頼も厚く、いわゆるご意見番だった。

 バートレット大司祭派のアダム司祭が賛同したことにハイウェルは警戒心を強めた。

「神獣はオルカ〈黄泉の魔物〉を狩るために至聖神アニスが遣わしたもの。人間の都合など二の次です」

 アダム司祭の目が意地悪く輝く。

「しかし早急に解決すべき問題が残っているのをお忘れでは? 当代の神獣は人を襲っています。それも複数回。これは捨て置けません。至聖神アニスは人の死を望むお方ではないはずです」

 賛同するように見せかけて論点をすり替える。狡猾な手だとハイウェルは感心した。伊達に歳は食っていない。

「アダム司祭の言う通りです。人喰いの神獣を野放しにはしておけません。然るべき処置をすべきでは?」

「その問題に関しては解決策がございます」

 出鼻を挫かれたライナス司教は「な、なにぃ?」と間の抜けた声をあげた。

「先ほど申し上げました通り、コルネはひと月もの間〈アニスの微睡〉にいましたが神獣には襲われませんでした。それどころか神獣が自ら頬をすり寄せてきたこともあったとか」

「神獣は飼い慣らせないのではなかったのか?」

「はい。ですから飼い慣らしたのではなく、あくまでも対等な関係です。同郷のせいか神獣はコルネを気に入っています。彼女を世話役にして管理をさせれば、神獣も無駄な殺生はしないでしょう」

 ハイウェルはコルネを世話役に任命することの承認を求めた。

「馬鹿な。穢れた女の娘だぞ!」

「人とは違って、神獣は親の職業で他人を判断しませんから。無論、私もこれが最良策とは考えておりません。しかし他に有効な手立てがない以上、コルネを起用する他ないかと存じます」

 ハイウェルは口の端をつりあげた。

「それとも、どなたかひと月〈アニスの微睡〉で神獣と共に生活なさいますか?」

 お偉方は互いに顔を見合わせるだけで、誰一人として立候補する者はいなかった。これまでに九人の犠牲者が出たことを鑑みれば当然かもしれない。

 ただ、こうとも言える。

 アニス教徒の誰も、命をかけてまで神獣を理解しようとはしていないーーと。

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