表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/42

コルネの日記

 神獣を一度も見たことがないのに世話をするのは、患者を診ずに病を判断するのに等しい。だからまず、コルネは神獣に会うことにした。手っ取り早く神獣の住処に足を運んで、様子を見ればいいーーのだが、ここでも神獣であるが故の問題があった。

 神獣の住処である〈アニスの微睡〉は聖域だ。長く人が留まることは許されないのだという。ハイウェルからそのことを教えられたコルネは考えて、結論に至った。至極簡単なことだ。

『隠れる』

 聖地に足を踏み入れて怒るのはアニス教徒だけ。神獣は怒らない。少なくとも〈アニスの微睡〉に入っただけでは襲いかかってこない。

 コルネは食料と毛布など必要最低限の物だけ用意して、恐れ多くも聖地へと侵入した。

 幸いにもアニス神の怒りに触れてはいなかったようだ。天からの雷に打たれることはなく、いきなり神獣に喰い殺されることもなかった。そもそも神獣は人間を食べないのだとハイウェルが教えてくれた。至聖神アニスの命があるからなのか理由はわかっていないが、神獣が襲うのは獲物かオルカ〈黄泉の魔物〉か自分に敵意を向けたものだけだ。

 まず川の場所を確認し、それから周囲の散策を始めた。故郷の山に似ているようで違う森は、コルネの興味をひいた。生えている草も花も違う。ここにはアコルの木もなかった。

〈アニスの微睡〉に潜むこと五日目、コルネはようやく神獣への拝謁がかなった。とはいえ、物語のような仰々しい出会いではなかった。コルネが朝起きて川辺で水を飲んでいたら、のっそりと黒い影が現れたのだった。

 常人ならば悲鳴をあげるところだが、声を発することのできないコルネは腰を抜かすだけで終わった。

 黒い獅子だった。体格は人間と同じかやや小さい、思っていたよりも小柄だ。半年前に熊を一撃で倒したとはにわかには信じがたい。

 当代の神獣は代替わりをしてまだ二年とのことだったので若いのだろう。しなやかな体つきをしている。厚めの瞼に鋭い目、手入れのほどこされたたてがみは黒光りし、大変凛々しい神獣だった。

 傍らで絶句している人間にはまるで頓着せずに、神獣は川の水を舌で舐める。喉を潤したら満足してさっさと森の奥へ行ってしまった。

 それが、あまりにもあっさりとした二度目の邂逅だった。


 記念すべき二回目の遭遇日からコルネは日記を書くことにした。神獣観察日誌を書くとアニス教徒達が禁忌だなんだとうるさいので、自分の日記に神獣のことを書いた。これならば文句はあるまい。

 日記を書き始めてすぐに気づいたが、当代の神獣は規則正しい生活を送っている。

 朝は日が出る前に寝ぐらを出て森の散歩。日が昇ってから昼過ぎまでは遠出をしている。おそらく至聖神殿の教徒達は誰も気づいていないが、神獣はよく聖地を抜け出して狩りをしている。猪や熊など、明かにこの周辺にはいないような獲物を咥えて意気揚々と帰ってきている。時折、川で喉を潤し、日向ぼっこをしたり木に登ったりと思ったよりも活発的だ。

 さらに観察を続けて、コルネは気づいた。この神獣は大変な人見知りである。毎朝の餌やりもとい供物の時間は息を潜め、人気がなくなると執拗に毛づくろいと爪とぎをし出す。その様は、興奮を抑えているようであり、苛立っているようにも見えた。

 コルネに対しても例に漏れず、好物だという干し肉を神獣にちらつかせてみたが近づいてきやしない。それどころか毛を逆立てて唸りだす始末。身の危険を感じたのでコルネは自分から神獣に近づくのはやめた。

 神獣は匂いに敏感だった。至聖神殿内で焚き物をしていると反応を示す。草花の香りをよく嗅いでいる。とある日なぞは川辺でもないのに突然姿を現したので何事かと思ったら、コルネが下げていた匂い袋に鼻を寄せて頬ずりした。神獣というより、獅子というより、猫のようだとコルネは思った。えらく気に入ったようだったので匂い袋は神獣に進呈した。

(変だなあ)

 ひと月近くの観察記録を読み返して、コルネは頭を捻った。神獣は普通の獣とそう変わらない。人見知りなだけで九人もの人間を喰い殺す猛獣にはとても思えなかった。

(神獣に問題がないとすれば)

 考えられる原因は、襲われた側だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ