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調査開始

 アミィとの再会は書庫の隅で果たされた。本棚の陰でこっそりと。誰かが来たらすぐ解散できるようハイウェルが見張りをした。たかが一下働きと修道女が会うのにも派閥争いのせいで人目を憚らなくてはならなかった。

「ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって」

 アミィがすまなさそうに言うが、彼女のせいではないことぐらいコルネにもわかった。

 久しぶりのアミィは半年前とそう変わらない。少しだけ背が高くなったような気がするくらいか。バートレット大司祭の取り計らいにより今度侍祭になるという。屈託のない笑顔はコルネの心を和ませた。

『領主との結婚話はその後、どう?』

「消えたわ」アミィは肩を落とした「縁談を取りまとめていたハンナム大司教様がお亡くなりになったから」

 願ったり叶ったりだが手放しで喜べない、といったところか。アミィの表情がこれ以上曇る前にとコルネは話題を変えた。

『アミィは神獣を見たことはあるの』

 予想に反してアミィは首を横に振った。

「通常ならばありえないことだが、神獣は滅多に姿を現さない。世話役の俺とて週に一度目撃するかしないかだ」

「危ないから近づくなとも言われているわ。ほとんどの人が見ていないんじゃないかしら」

 クラスター兄妹が口々に言う。

「コルネ、本当にいいの? あくまでも神獣はあなたを呼ぶ口実よ。お願いしたいお仕事は他にもたくさんあるわ」

 コルネとて神獣に食い殺されるのはごめん被る。しかし始める前からあきらめるのも気分が悪い。

『できるだけやってみるよ』

 ーーと意気込んで、翌朝再び〈アニスの微睡〉までやってきたのだが、結局神獣は姿を現さなかった。様子見と称して改革派のバートレット大司祭他の司教やら侍祭やらが立ち会ったくらい。それも徒労に終わる。

「新しい世話役か」

 バートレット大司祭がコルネに目を留める。

「言葉が話せないと聞いているが、問題はないのか」

「意思疎通はできますし、日常生活に支障はありません。下働き程度ならば十分こなせるでしょう。彼女は私の友人です。人柄と能力は保障いたします」

 コルネは内心首をひねった。アミィはともかくハイウェルの友人になった覚えはない。あえて自分の仲間だとアピールするような物言いだ。

「信じていいのだな?」

「はい。これ以上、神獣に殺させはしません」

 なんという強気の態度。コルネはものすごく嫌な予感がした。

 案の定、バートレット大司祭がいなくなるなり、ハイウェルは沈痛な面持ちで額に手を当てた。コルネはハイウェルの袖を引っ張った。

『ハッタリ?』

「自信がないとは言えんだろうが。サヘア司教にならまだしも」

 ここでも派閥問題。バートレット大司祭は一連の神獣騒動をサヘア司教の責任にしたがっているらしい。サヘア司教の部下であるハイウェルとしては防ぎたい事態だ。

『せいぜい私が十人目にならないよう守っておくれ』

「言われなくともそのつもりだ」

 ハイウェルは有言実行だ。朝の礼拝を終えると、早速コルネを自室に招いた。戸棚から分厚い書物を数冊取り出して、机の上に載せる。

「アニス教の教義から神獣の世話の方法まで教えてやる。一日で覚えろ。間違っても自分から襲われるような真似だけはするな」

 ハイウェルは十五という若さで執務室が与えられていた。サヘア司教が見込んだ優秀な侍祭で、彼を司祭にと推挙する声もあるという。

「世界の起源は?」

『至聖神アニスが〈黄泉〉から〈命〉を引き上げた』

 娼婦の娘という立場もあって礼拝にこそ出席していなかったが、一通りは教養として学んでいる。

「〈黄泉〉から引き上げた〈命〉で世界を造りあげた。それが我々が今住むこの世界だ。しかし〈黄泉〉を司る神イネルドは奪われた〈命〉を奪還しようと配下ーーオルカ〈黄泉の魔物〉を放った」

 オルカ〈黄泉の魔物〉を討ち滅ぼすべく至聖神アニスが遣わした破壊の神、それが〈神獣〉と言われている。ここまでは神話の範囲。コルネが知りたいのは遠い昔にあった出来事ではなく、今目の前にいる神獣のことだ。

「神獣は〈黄泉〉の匂いを酷く嫌う。過去に、似たような香りを纏った者が殺されたこともあるらしい」

 リアという花が〈黄泉〉の匂いに近いと言われいる。沼地に咲く花でこの辺りではあまり見かけない。匂いでオルカと勘違いされて襲われた説は、可能性が低そうだ。

『神獣の日誌はどこ?』

「獣が字を書くわけがないだろうが」

『観察日誌』

 コルネは丁寧に伝え直した。

『世話役なら神獣の様子を見ているはず。その記録を読みたい』

 ハイウェルは眉をひそめた。

「そんなものはない」

 コルネは聖典を開いたまま固まった。

「相手は獣とはいえ神だぞ。神の観察記録を作る奴があるか。神への冒涜として下手をすれば破門だ」

 もっともらしく言ってはいるが、その信仰心のせいで未だに原因すら解明されていないのではないか。

『先代の神獣の様子がわかるものはないの』

「神獣にまつわる逸話ならある」

 いわゆる御伽話という類の伝説だ。寝物語にしかならない。コルネの心中を読み取ったのだろう。ハイウェルが睨み、念押しした。

「日誌や記録の類は一切ない」

 コルネはため息をついた。神とはいえ獣だ。つまり人間と同じ生き物。病を治療するにあたって看護日誌は必須だろうに。

『わかった。あきらめる』

 代わりに二つほどハイウェルに頼みごとを聞いてもらう。

『神獣に殺された人のことを知りたい。特に襲われた時の状況。年齢や性別、趣味や役職、できれば好きな食べ物とかも』

 神獣の情報が全くと言っていいほどないのだから、これくらいは協力してもらってもいいだろう。

『それと手紙を出したい』

「アミィにか?」

 同じ神殿内にいる者に何故わざわざ手紙を書くのか。コルネは失笑した。真面目な顔で見当違いなことを言うハイウェルがおかしかった。

『母と弟に』

 なにせ、自分は明日死ぬかもしれないのだ。別れの手紙くらいはしたためたい。



 その翌日、いつもの通り供物を届けに行ったが、神獣は現れなかった。同時にコルネの姿も消えた。しかし、つい二日前に来たばかりの下働きのことで騒ぎ出す者は誰もいなかった。

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