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無実

 琥珀は向かいでお茶をすする田中を盗み見た。短く切った黒髪、鋭過ぎる三白眼。有人とは対照的な男性だ。

 記憶を辿った。至聖神殿には三百を越える聖職者と見習い、コルネのような下働きがいた。全員を把握していたわけではないが、大方は顔と名前が一致している。

「メラニー」

 コルネは指折り挙げた。

「スタン、レニー、ラッセル、ハリエット、ジェシカ」

「何を言っている?」

「下働きじゃないとすれば、アダム司祭、ライナス司教にフィオナ司祭、マリアンヌ助祭」

 心当たりを挙げるが田中の反応は芳しくない。むしろだんだん機嫌が悪くなっているような気がした。

「……ハイウェル?」

 途端、驚いたように田中は顔を上げた。次いで、ただでさえ鋭い目に怒りを宿す。その中に混じる失望に似た痛みの色。琥珀は自分が地雷を踏んだことを悟らざるをえなかった。

「二度とその名で俺を呼ぶな」

 低く唸るような、押し殺した声音だった。琥珀は戦慄した。今までの比じゃない怖さだった。

「申し訳ございません」

 前世の自分の名前にそこまで嫌悪感を示すとは、よほど嫌な目に遭ったようだ。

 ハイウェルはどんな最期だったのだろう。後で有人に訊こうと琥珀は思った。

「それで、何を知りたいんだ」

「神獣が死んだというのは、本当ですか」

 有人から聞いたものの、にわかには信じがたい。地上最強の獣。レギア〈恩寵〉をその身に宿し、神の名を冠する獣が、たかが人間にごときに殺されるとは。

「気になるか?」

「そりゃあ気になりますよ。そもそも私は神獣を殺すつもりなんてなかった」

「だろうな」

 田中はあっさりと肯定した。

「カリは毒性のある薬草だが、それはあくまでも人間に対してだけだ。神獣には全く影響しない。世話をしていたお前がそれを知らないはずはねえ」

 むしろ当時の神獣にとってカリは好物だった。神獣が生まれ育った山に群生する草。独特の匂いがあり、虫除けなどにも用いられていた。だから、供物に混ぜたら匂いですぐさま発覚した。

「だがお前は毒を盛ったかどで罪に問われた。弁明もしなかったそうだな」

 神獣の生態を調べるのは禁忌だ。長年神獣を管理している至聖神殿にすら観察記録は一つもない。当代の神獣を知るのは世話役に任命された者だけ。

 コルネとハイウェルだけが知っていた。カリが神獣の好物であることも、カリは神獣にとって毒にはなりえないことも。

「何故だ」

 田中が鋭く問う。

「何故、無意味な毒を盛った。何のためにお前は死んだ」

 神獣に毒を盛るしか方法がなかったから。

 建前はそうだ。しかし本音は違う。

 何もかもを捨てて逃げるという手は残されていた。本当に生き抜く意志があったのなら、貫き通す覚悟があったのなら、そうしただろう。なりふり構わず逃げなかったのは、そこまでして生きる意志がコルネにはなかったからだ。

 コルネ=ナイトレイの生を願う者は、誰もいなかった。

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