晩餐
修道女が娼婦の家にいる。
帰宅する前にアミィには自分の母が娼婦であることは伝えた。アミィは気にした様子もなかったのでそのまま案内したのだが、神殿関係者が見たら卒倒しそうな光景だった。
当のアミィは至極当然のごとく真っ先に病で伏せている母に挨拶した。神殿で厳しく躾けられているようだ。母の体調を気遣って手短に済まして退室したものの、礼儀を尽くす姿勢には好感が持てた。
夕食にと用意していたかたいパンをスープに浸して二人で食べる。質素倹約を主義とするアニス教徒らしくアミィは不満を言うわけでもなく、むしろ感謝さえしていた。
「今朝まで断食していたの」
なるほど。さぞかし美味しく感じるだろう。しかし聖日でもないのに断食をするとは珍しい。コルネの心を見透かしたようにアミィは「今回は特別なのよ」と付け加えた。
「ひと月ほど前、偉大なる神アニス様から『啓示』を受けたの。私はいずれアニエス〈聖別された者〉となってアニス教徒達を束ねる者になる、と」
コルネはスプーンを落としそうになった。何でもないようにアミィは言うが、アニス教徒は大陸中にいる。このルフィニア王国の国教でもある。信徒の数は万を下らないだろう。一国に値する勢力の頂点に立つ。目の前の少女が。あまりにも荒唐無稽な話に、コルネはどう反応すればいいのかわからなかった。
『大聖女になるということ?』
「そうね。おそらく」
女性でもっとも位の高い聖職が大聖女だ。しかし全権を握っているのは大司教。大聖女は信仰の象徴で、いわゆるお飾りに過ぎない。布施を集めるために作られた職だと揶揄されることもある。
「啓示はそれだけじゃないわ。アニス様は次の巡礼日に私は、私の『運命』に出逢うとおっしゃったの」
抽象的な表現だ。『運命』と一言で言っても、人かもしれないし物かもしれないし、あるいは出来事かもしれない。
「嬉しかったわ。初めてアニス様の御声を聴くことができて。私、ベッドから飛び起きて司祭様にご報告したの。司祭様も喜んでくださって、巡礼日には神獣の聖地で祈りを捧げて『運命』を待つようにと言っていたのに」
アミィの唇が震える。寒さではなく、怒りによって。
「まさか、領主に会わせようとするなんて……っ!」
『どういうこと?』
「巡礼にかこつけて私を領主に引き合わせようとしていたの! 信じられる? 婚礼の日取りの相談までしていたのよ!」
神殿としては神獣の降誕地、すなわち聖地の領主とは密接に繋がっておきたい。アニス教では聖職者の結婚は禁じておらず、むしろ推奨している。アミィと領主の婚姻は神殿にとって利のあるものだ。
『それはすごい』
「酷いでしょう。ありえないわ」
領主の正確な年齢は把握していないが、少なくとも四十は超えていたはず。聞いた話では数年前二人目の妻と死別して以来、独り身だとか。
十代の娘に四十代の男。妻は若ければいいとは言うが、本人にしたらたまったものではない。
『それで脱走を?』
「肥太った豚との結婚が「運命」なら、そんなもの餌箱に入れてやるわ」
なんとも勇ましい修道女だ。アミィの『運命』と出逢う日ーーつまり今日一日逃げ切ることで婚姻話も白紙にする算段らしい。
「でも巡礼日だから、聖地で祈りは捧げたいの」
アミィは肩を落とした。神獣の降誕地は巡礼日以外、立ち入りを禁止されている。三年に一度の好機。アニス教徒としては逃したくない。
『警ら隊にさえ気をつければ、夜に山行けるよ』
「案内してくれる?」
期待に輝く目で見つめられる。コルネはパンを頬張った。咀嚼しながら考える。至聖神殿の修道女であるアミィには言えないが、実のところ聖地は警備されていない。聖地でありながら、この街はアニス教徒が少なく、力が弱いのだ。
山の中腹には立ち入り禁止の看板こそあるが、文字が読めずに奥に入ってしまう者もいるのが実情だ。わざわざ危険な夜に入るよりは、日が昇るを待って聖地に行った方が安全だし何より楽だ。
(でも、納得しない)
アミィにとっての『運命』の日に参拝するから意味があるのだ。コルネは右の人差し指を目蓋に当てた。
『夜目は利く方?』