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stage1.出色



 その日の天気は、いつになくぐずついていた。

 どこにでもある住宅が立ち並ぶ町並みの中、とても広大な敷地内にある一際目立つ大きな建物がある。

 一見、中世ヨーロッパのイメージを彷彿とさせる、その立派な建物は“聖ヴェルニカ大学病院”と呼ばれていた。


 その一室では、生前理解ある人が自ら提供したその死体を使用して、手術の練習が行われていた。

 集まっている大学生達の手には皆、教科書が開かれている。


「図3のように、肋骨を縦に切り分けてから、切った肋骨を左右に開くことで、心臓の前面、縦隔、に到達する。肋骨は最後にワイヤーで閉じるのだが……」


 ここまで教授は言うと、集まっている生徒達を軽く見渡した。

 内心、まだ手術に慣れていない生徒達は自分が指名されないようにと、祈る。

 しかしその中で、全く動じることなく死体の胸部が開かれている箇所を、凝視している生徒がいた。


「では響咲(きょうさく)、君がやってみたまえ」


 そう医学教授、滝沢征二(たきざわせいじ)は十人の生徒たちの中でも後ろの方にいた、一人の背の高い青年を名指しした。


 指名されて静かに前へ進み出たその青年は、その艶やかな黒髪から純粋な日本人に見えそうだが、夏の青空を思わせる蒼い瞳、凹凸ある整った目鼻立ち。

 黄色系の日本人の肌よりも、どちらかというと白い肌色は、やや日本人離れの容姿である事を明確とする。

 少し長めの襟足を一つにまとめ、どこか物静かな雰囲気を漂わせる彼の名は、響咲久遠(きょうさくくおん)


 西欧人の母を持つ久遠は18歳まで西欧で母と二人暮らしをしていたのだが、母の虐待に耐え切れなくなり父が日本人であった縁で二年前、たった一人で日本へとやって来た。

 久遠が生まれる前から既に両親が離婚していた為、父親とはこれっぽちも面識がなかったがだからと言って、実父恋しさに会いたいとは微塵も思いはしなかった。

 子供嫌いを理由にいとも簡単に自分と母を見捨てた男だ。

 寧ろ下手に顔を合わせれば自分が実父である男に、何をしでかすか分からない事の方が問題だ。


 久遠は、迷うことなく置いてあったメスを手にすると、滝沢の先ほどの教えに従うように手術の実習に取り掛かっていった。

 ただひたすらに、黙々と……。



 ――「あー参った参った! まさかマジで午前中の内に実習させられるとは思いもしなかったぜ! 大概ああいう事は午後に行うものだろうに。昼食前にさせられるもんだから見ろ。実習に参加した生徒のほとんどが食堂に来ちゃいない。そりゃ人間の血みどろの内臓を触れた後じゃあ普通、飯が咽喉を通るわけないよなぁ~……って、例外な奴がここに一人いるけど」


 病院の敷地内に隣接する大学の食堂で、ショートの髪をカフェブラウン色に染めた青年が、テーブルの向かいで黙々と昼食中の自分の友人に少々呆れ顔で、言葉を投げかける。


「フン。大体、将来医者を目指そう奴が血塗れの内臓くらいで飯も食えんようじゃあ、どっちが医者か患者か分からんものだ」


 友人の早川友樹(はやかわともき)からの指摘に、久遠はさらりと言い捨てる。


「ったく。ホンットお前って冷めてると言うか逞しいと言うか。お前見てるとある意味勇気づきそうだよ。将来有望だし、人切り刻むくらい朝飯前もしくは昼飯前、そこまで平然としてりゃあきっとお前には今後も、怖いもんねーかもなぁ」


「自分でもそう思う」


「そうだろう、そうだろうとも」


 友樹は大きく何度も首肯してみせる。


「そんな俺を見て勇気づくんならそろそろ飯も咽喉を通るだろう。チョコケーキとオレンジジュースが口にできてるんだから。大体それなりに大人の男が甘いもん口にしながら、血みどろとか内臓とか人切り刻むなどの言葉をペラペラ言っているお前の方が、俺にとってはよっぽど奇妙に見えるがな」


「何を言う! 今時は男が意外そうに甘いもんを食うのが、密かな女子達の彼氏にしたい男ランキングにだなぁ!」


 そんな二人のやり取りの中に、割って入ってくる者が現れた。


「おや。随分賑やかにランチをとっているようだな。響咲、早川」


 突然声をかけられ、二人はそちらへと顔を向けた。



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