87/1385
見えずとも誰恋ひざらめ
満誓沙弥の月の歌一首
見えずとも 誰恋ひざらめ 山の端に いさよふ月を 外に見てしか
(巻3-393)
たとえ その姿が見えなくても 誰が恋しく思わないだろうか。
山の端に、ためらいがちに姿をあらわす月は、遠くからでも見たいものなのだから。
噂では聞いているけれど、姿を見ていない人に恋をしてしまった。
その姿を、たとえ遠くからでも見たいと思う。
その気持ちを、山の端に出る月を待ち続ける心に、たとえて詠んでいる。
月の出るのを待ち続ける、そういう感性は、果たして現代人にあるのだろうか。
ただ忙しい、余裕などない、自分のことで精いっぱい。
確かに、そういう時もあるかもしれない。
でも、それだけの人生など、なんと空しいものなのではないだろうか。
花鳥風月と言うけれど、それを感じ取れない、感じ取らない生活に、何の楽しみがあるのだろうか。