筑紫娘子の、行旅に贈りし歌
筑紫娘子の、行旅に贈りし歌一首 娘子、字を児島と曰ふ
家思ふと 心進むな 風まもり よくしていませ 荒しその道
(巻3-381)
家を恋しがって、そんなに大急ぎしないでください。
風向きを、しっかりと見ていただきたいのです。
大和への海路は荒く危険なのですから。
作者の筑紫娘子は、遊行女婦。
おそらく大宰府官人たちの帰京を見送る時の歌。高位の官僚は陸路使用を義務付けられていたため、坂上郎女を送った時とも言われている。
天平二年十二月に大伴旅人が筑紫から大和に帰京する際にも、同じ児島という女性が、送別の歌を贈っている。
交代でまた新しい官人が来ると言っても、慣れ親しんだ官人が去るのは寂しい。
また、都までの危険な旅路は用心して、欲しい。
怪我や命を落とすことがないように、慎重にとの心を歌う。
定例的な送別言葉と言ってしまえば、それまでだけれど。お互いに「気持ち」が全くなかったとは、思いたくない。
人間のと人間の心は、情が移るものであるし、辞令が出たから「はい、それでは」と気持ちを切り替えるような杓子定規には、進まない。